2026年7月20日 (月曜日)

リスト ピアノソナタ ロ短調

夕方になって少し涼しくなってから庭の草むしりをしていたら,指にちょっと怪我をしてしまった。

仕事は休憩にし,音楽鑑賞。

ホロビッツの演奏(1976年11月21日のセントルイスにおけるライブ録音 RCA SICC 1794)のCDを聴いた。

高名なピアニストの多くがこの曲の演奏を録音している。

ホロビッツの演奏は,非常に独特だと思うし,信じがたいほど情熱的であり,かつ,瞑想的な演奏だ。

この演奏が録音された当時の実際のホロビッツの年齢とは全く関係なく,未熟ではあっても理想に満ちた若者が美しい女性に恋する感情のようなものを感じさせる。天才的な演奏家というものは死ぬまで若者の心を持ち続けているのかもしれない。
それと同時に,この演奏は,誰であっても,人生というものが「いつか終わる」ということを理解している演奏家でなければ実現できないような演奏であるかもしれない。

この曲をどのように理解し,どのように演奏するかは,演奏者の自由だと思う。

しかし,楽曲それ自体が極めて優れており,そのために誰がどのように演奏しても素晴らしい曲だということを認識させるような力をもっている。

私は,リストが生きた時代のピアノ作品の中では,シューベルトのさすらい人幻想曲,シューマンの交響的練習曲,そして,リストのピアノソナタ ロ短調が好きで,様々な演奏者による多数のLPとCDをもっており,ときどき聴いている。

どの曲も,真の天才でなければつくり出せないものだ。

生成AIにはできない。

 

 

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2026年7月 7日 (火曜日)

シューマンのピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲

WARNER CLASSICSから販売されているアーノンクール+ヨーロッパ室内管弦楽団のボックスセット(5021732967138)を購入した。

その中のCD25は,1992年にライブ録音されたマルタ・アルゲリッチのピアノ独奏によるシューマンのピアノ協奏曲と1994年にライブ録音されたギドン・クレーメルのヴァイオリン独奏によるシューマンのヴァイオリン協奏曲を収録したアルバムのCD版。

どちらも極めて優れた演奏。推奨できる。

アルゲリッチのピアノは,少し早目のテンポ。アーノンクールの解釈に基づく小規模オーケストラの演奏であるのにもかかわらず,これまで聴いたこの曲のどの演奏よりもロマン派的な演奏の録音なのではないかと思った。

作品それ自体が素晴らしく,ロマン派のピアノ協奏曲の中でも最高峰なのだろう。

ヴァイオリン協奏曲におけるギドン・クレーメルの演奏は,とてもゆったりしたもので前衛的な雰囲気は全くない。それにも拘わらず,その演奏は,この作品それ自体のもつ前衛性を極めて鮮やかに描き出した演奏ではないかと思った。
ギドン・クレーメルは,ある種の天才の一員なのだろうと想像する。

このヴァイオリン協奏曲に関しては,ワーグナーの半音階和声を先取りしているとの見解が存在するが,私は,例えば,プロコフィエフの作品のような意味での現代音楽を先取りしているというような印象を受けた。

素晴らしい!

 

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2026年6月26日 (金曜日)

AIは今回も何の役にも立たなかった

ここ数日,非常に大きな地震が連続的に発生している。震源地が近かったので,凄い上下振動があった。青森沖の大地震の際には気持ちの悪い大きな横揺れが続いた。

地震予測に関してもAIの応用が有効だという主張があり,それ相応の予算が計上されてきたようだ。

しかし,AIは地震予測には何の役にも立たなかった。

より正確に言うと,地震予測のような問題に関してAIが役立つことは最初からあり得ないことなのだが,そのことの証拠がまた一つ積み上げられたことになる。

今後も,AIは,地震を予測できない。

この分野のAIの応用に関しては,いくら予算を積んでも,全て浪費となる。

AIが成果をあげることができるのは,例えば,数学のような,完全に人工的な「閉じた世界」の出来事だけだ。完全な規則が存在する閉じた世界の中における数値計算であれば,計算可能なので,AIがその性能を発揮できる場合が多い。

しかし,データの探索に関しては,もし探索対象となるべきデータが本当は世界中に全く存在しないときは,何も計算できない。

未来に発生する「事実」に関するデータは,現時点では世界中のどこにも存在しないデータの一部だ。

そのような「事実」は,探索によっては発見できない。

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地震の微弱な振動等をキャッチするために日本国の沿岸の海底に設置されているセンサーは,そろそろ耐用年数が切れる頃ではないかと思う。

そのようなセンサーの群れによって組成される物理インフラなしには,どのような計算システムも「単なる箱」だ。そのような計算システムは,情報機関や警察組織等の神経組織的な構成要素を全くもたない政府と同じようなものであり,無力であるしかない。

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人間は,自分の身の回りのことでさえ何も知らないことが多い。その分野の専門家を標榜する者でさえ,実は何も知らないことが多い。

例えば,知的財産権分野の法学者の中でその人自身が音楽演奏家や美術・工芸品の作者としても名高い人(=芸術の本質を体現できる人)はどれだけいるだろうか?

環境法分野の法学者の中で道端の草や虫の名と生態を正確に知っており,それらの動植物の生態を理解し,それらの動植物を含む生態系全体を理解しようとしている人(=木を見て森も見る人)はどれだけいるだろうか?

無論,例外的な優れた学者は存在する。
しかしながら,一般的には,法の適用対象となる「事実」についてはほぼ無知であり何も知らないのに,単に符号列に過ぎない法理論や条文を暗記しているということだけで,自分のことを法学の専門家だと誤解してしまっている者の方が圧倒的に多い。

一般に,美術の本質を知らずに著作権を論じたり,現実に生きている動植物のことを知らないのに自然保護を論ずることが社会的にはどういうことなのかを冷静に考えてみるべきだと思う。

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無論,理屈いじりだけに終始するタイプの理論法学は成立し得る。

しかし,過去70年にわたる私の人生の中で見てきた内外の法学者に関する限り,「そのような理屈いじりに終始しているのに過ぎない」ということを自覚していない者,または,「そのような符合いじりだけは何も生み出さない」ということを自覚できていない者が決して少なくなかった。

これに対し,それを自覚できている法学者の場合,法の適用対象となる事実それ自体を知るための工夫と努力を重ねている人が非常に多かったし,そのような真摯な努力の中で生きている人間の存在それ自体も直視しようとしているので,教育者としても優れている人が多かった。

私は,そのような優れた人材を手本にしながら生きてきた。

私自身は,自分自身のことを「単なる凡人」に過ぎないと自覚している。

「単なる凡人」であっても,自分の職業上の専門分野と関係する限り,電子技術それ自体と直接に取組み,コンピュータプログラムを書いてきたし,また,音楽や美術に打ち込み,あるいは,野山を散策してどのような動植物のことでもほぼ全部頭に入っているようにすべきだと思い,そのようにしてきた。

そのようにして,「単なる凡人」なりにやれる限りの努力を尽くしてきた。

そして,「口先だけ」または「一人の人間でそんなことできるはずがない」との難癖や誹謗中傷を避けるため,見聞してきた結果を個人ブログに書き,公表してきた。
無論,神ではない人間のやることなので,間違い,誤解,錯覚等は生じ得るが,それを自覚する度に勉強し直し,観察し直し,訪問し直し,思考し直し,必要に応じて当該個人ブログ記事の誤りを訂正してきた。

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現在の私は,職業法学者ではなく,老いた年金生活者の一員に過ぎない。しかも,あとどれだけ生きられるか分からない。

しかし,趣味人は無敵だ。

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尊敬するニコラウス・アーノンクールは,その晩年において老いてますます燃え上がる情熱をこめて数々の楽曲を演奏し,その演奏を録音した。

アーノンクールは,もともと非常に優れた演奏家であったのだが,個々の楽曲が作曲された当時のように演奏すべきだという考えをもち,ありとあらゆる努力を尽くした。その影響は極めて大きい。かつてLPで購入した際に聴取したときには,「どうしてこのように演奏するのだろうか?」と疑問に思った部分もそれから何十年間かの人生経験を経て聴き直してみると,「なるほどそうだったのか!」と理解できるようになることがある。

アーノンクールは,モーツアルトの後期3大交響曲が全体として1個の器楽によるオラトリオ作品なのだという信念をもち,そのように演奏し,そのCD(Sony SICC 40279-80)を残してくれた。そのように理解することに関し,アーノンクールが「全体を知らなければ部分を理解できない」と述べていたというようなことが解説の中に書いてあった。そのとおりだと思う。

そのようなCDを可能な範囲内で順次購入し,じっと聴取する。

昨日は,2000年に録音されたJ.S.バッハの『マタイ受難曲』の全曲演奏のCD(Teldec WPCS-16198/200)を聴取した。ヴァイオリンの独奏が美しいメロディを奏でる第2部第10曲では,聴いていて涙がこぼれそうになった。

 

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2026年3月24日 (火曜日)

フローレンス・プライスのヴァイオリン協奏曲

昨日,研究室からの荷物が自宅に届き,明治大学法学部からの物理的な退去を完了。

本日は,幾つかの残務をこなすために法学部事務室を訪問した。短時間で完了。

そのあと,神田近辺などを幾つかの場所の寺社を訪問した。御礼の気持ちをこめて一礼。

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自宅に帰宅後,一休みし,ランドル・グーズビー(Randall Goosby)のヴァイオリン独奏,ヤニック=ネゼ・セガン(Yannick Nézet-Séguin)指揮フィラデルフィア管弦楽団演奏によるフローレンス・プライス(Florence Beatrice Price)のヴァイオリン協奏曲第1番及び第2番を収録したCD(DCCA, 2023)を聴いた。

叙情豊かな楽曲の非常に優れた演奏。

心が安らぐ。

フローレンス・プライスは,米国初の黒人系女性作曲家として知られている。その父はアフリカ人混血の歯科医,母は音楽教師。

実は,比較的最近までフローレンス・プライスのことをよく知らなかった。作品の演奏を収録したLPやCDも皆無に近かったのではないかと思う。
2009年に作品の楽譜が大量に発見されて以来,演奏される機会が次第に増えてきた。現在購入可能なCDは一応全種類購入できたのではないかと思っている。

***

一般に,米国の文化及び芸術は本質的に混血的なものだ。

例えば,米国の音楽史において最高の作曲家だと考えられるジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin)の数々の名作もまた,本質的に混血的なものであり,特にガーシュウィンの最大の傑作と考えられる『ポーギーとベス(Porgy and Bess)』もそうだ。エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの演奏による歴史的名盤をときどき聴いている。

米国と関係する最も欧州的な古典音楽作品と考えられるドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」と弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」は,欧州で確立された古典音楽の伝統,特にドイツの古典音楽の基盤を受け継ぐものであると同時にボヘミアの伝統音楽と当時のアメリカにおける民衆音楽の影響を強く受けている。

現在,米国の精神面・文化面におけるそのような最も良質の部分がほぼ全面的に破壊され続けている。

 

 Afrocentric Voices in "Classical" Music: Florence Price Biography
 https://afrovoices.com/florence-price-biography/

 

 

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2025年8月26日 (火曜日)

サヴァール指揮によるブルックナー交響曲第0番

サヴァール指揮によるブルックナーの交響曲0番の演奏を収録したCD(AliaVox AVSA 9963)を購入し,繰り返して何度か聴いた。

この演奏それ自体は別の機会に既に聴いており,とんでもなく素晴らしいものだと思っていた。

購入したCDを異なる何種類かの条件で再生してみて,やはり素晴らしい演奏だと思った。

私見では,交響曲第0番は,それ自体としては,やはり完成度の低い作品だと思う。ここから出発して何曲もの交響曲を書き,その経験に基づいて,第7番~第9番という誰にも真似できない至高の作品を産みだすことができたのだと思う。地道な努力の蓄積がなければ,そのような素晴らしい結末に至ることはできない。

サヴァールの演奏を収録したCDは結構たくさんもっており,どれも興味深いものばかりだ。

このブルックナーの交響曲0番の演奏を聴いてみて,(かつてのアーノンクールがそうであったような)ある種の転機が来ているのではないかと思った。

ちなみに,CDに附属しているブックレットは極めて高い価値のあるものだと思う。

 

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2025年8月24日 (日曜日)

U2:Where the Streets Have No Name

かなり久しぶりでU2の「Where the Streets Have No Name」を聴いた。

素晴らしいの一言に尽きる。

かつて聴いたときとは異なり,演奏の細部の完璧さを理解できるようになった。

そして,歌詞の内容がもつ普遍性を理解できるようになった。

 

 

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2025年8月18日 (月曜日)

プロコフィエフ「賭博者」

先日,NHK-FMオペラ・ファンタスティカというラジオ番組を聴いていたら,ドストエフスキー原作でプロコフィエフが作曲したオペラ作品「賭博者」という作品の演奏が流れた。2024年のザルツブルグ音楽祭における演奏なのだそうだ。

不勉強にして,このようなオペラ作品があるということをこれまで全く知らなかった。初めて聴く作品。

内容も演奏も素晴らしいの一言に尽きる。

この作品のストーリーでは,トランプの賭博に狂う人々のことが描かれているのだが,トランプを仮想通貨(暗号資産)の投機(投資)に置き換えてもそのまま完全に意味が通じるという意味で,その内容において普遍的な価値をもっている。

素晴らしい。

 

 

 

 

 

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2024年6月15日 (土曜日)

シューベルトのさすらい人幻想曲(リスト編曲版)

シューベルトの「さすらい人幻想曲」op.15, D.760は私の大好きな楽曲の一つだ。

以前,NHK FMの音楽番組の中で紹介されていたので,リスト編曲によるピアノ独奏+管弦楽伴奏版があると知った。

さんざん探した結果、MUZA Rubackyteのピアノ独奏,リトアニア管弦楽団によるライブ演奏を録音したCD(DORON DRC 3077)があることを知り,そのCDを購入した。

とても良い演奏だと思う。

曲それ自体に関しては,変奏曲の最終曲(フーガ)は,原曲とそんなに変わらない。世紀の大天才であるリストでさえ,原曲の作者であるシューベルトに対して敬意を表するしかないほどの完成度の高い楽曲なのだと思う。

このCDには,MUZA Rubackyteの独奏によるバルトークのピアノ協奏曲第3番も収録されている。これもとても素晴らしい演奏だと思う。

この作品それ自体は,バルトークの苦悩を素直に表現した作品なのではないかと思う。その意味で,(別の評価もあるかもしれないが)人間としてのバルトークの内面の表出度が高い作品・・・というのが私自身の主観的評価だ。

 

 

 

 

 

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2024年3月30日 (土曜日)

テネシー州:Elvis Act

下記のとおり公報されている。

 Gov. Lee Signs ELVIS Act Into Law - Tennessee First in the Nation to Address AI Impact on Music Industry
 Office of Governor: March 21, 2024
 https://www.tn.gov/governor/news/2024/3/21/photos--gov--lee-signs-elvis-act-into-law.html

 

 

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2023年10月24日 (火曜日)

ホルツバウアーの交響曲集

ホルツバウアー(Ignaz Holzbauer)の交響曲の演奏を収録したCD(CPO 999-585-2 )を購入し,繰り返し聴いた。

極めて素晴らしい演奏だと思う。

ヴィヴァルディの音楽からハイドンやモーツアルトの音楽へどのように進化したのかに興味をもつ者にとっては,非常にありがたいCDだと思う。特に,ヴィヴァルディの合奏協奏曲の全てに精通していれば,「この時代に一体何が起きたのか?」を即座に推察することができる。

 

 

 

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