2019年4月 1日 (月曜日)

太平御覽:人事部一百三十三

「齊書曰 江謐 字令和 濟陽考城人也 為長沙內史 行湘州事 政治苛刻 僧道人與謐情款 隨蒞郡 犯小事 餓系獄 裂二衣食之」とある。

なお、全唐詩卷二百七十三・和汴州李相公勉人日喜春は以下のとおり。作者は戴叔倫(732年~789年)とされ、日本国では天平の頃の人である。

 年來日日春光好 今日春光好更新
 獨獻菜羹憐應節 遍傳金勝喜逢人
 煙添柳色看猶淺 鳥踏梅花落已頻
 東合此時聞一曲 翻令和者不勝春

また、唐の玄宗李隆基作とされる春日出苑遊矚は以下のとおり。

 三陽麗景早芳辰 四序佳園物候新
 梅花百樹障去路 垂柳千條暗回津
 鳥飛直為驚風葉 魚沒都由怯岸人
 惟願聖主南山壽 何愁不賞萬年春

当時における文芸のテンプレートのようなものであり、万葉集の梅花の歌もそれにならうものと思われる。

| | コメント (0)

2019年3月28日 (木曜日)

公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団編『古墳人、現る-金井東裏遺跡の奇跡』

荷物が届いているはずの時刻(午前11時頃)に届いていなかったので,三省堂本店まで出かけてぶらぶらしていたら,下記の書籍が刊行されているのを見付け,早速読んだ。非常にわかりやすく,写真も鮮明で,2時間ほどで精読できた。

 公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団編
 古墳人、現る-金井東裏遺跡の奇跡
 上毛新聞社出版部 (2019年3月28日)
 ISBN-13: 978-4863522312

良い本だと思う。これ以上詳しいものを読みたければ専門家向けの正規報告書を読むしかない。

何度か書いてきたとおりなのだが,日本国の古代史は根本的なところで全部書き換えられるべきだと思う。特に唯物史観は良くない。

ちなみに,当の荷物は16:00頃に到着した。やれやれという感じなのだが,転勤や異動の季節なので混んでいたのだろう。

 

| | コメント (0)

2019年3月26日 (火曜日)

pacta sunt servanda

「pacta sunt servanda」は、ローマ法の格言の1つであり、法理論の基礎をなすものである。日本国の大学法学部においては基本的な概念として必ず習得しなければならない概念の1つであり、それを修得していない者は法学を学んだとは全く認められない。


この概念は、政治学における契約説を採用する場合においても重要である。とりわけ、EUは、諸条約により、政治学上の契約説を必須の前提として統治組織と統治の基本原理を定めており、それらがEUの基盤理念、すなわち、「共通の価値観」を構成している。逆から言えば、「pacta sunt servanda」を知らない国、または、それを無視する国は、EUと基本的な価値観を共有できない国であることになる。


このことは、アメリカ合衆国においても基本的には同じである。アメリカ合衆国の独立宣言及び憲法は、そのことを明確に示している。これらの事項は、日本国の法学部または政治学部においては基本的な概念として必ず習得しなければならないものの1つであり、それを修得していない者は法学または政治学を学んだとは全く認められない。


かつて、上記のような意味における共通の価値観を共有できない国または人々のことを西欧人は「蛮族」と呼んだ。とりわけ、約束または契約の拘束力を知らない人々は、「蛮族」として扱われた。


では、日本国は、明治維新の折、どうして「蛮族」として扱われることを免れることができたのであろうか。


それは、仮に内容的に不条理なものであっても国際的な約束を遵守し、債務があれば、自助努力によってその債務を完済したからにほかならない。そして、そのようなことに精励できた精神的背景としては、「決まったことは決まったことだ」と認識して受容する精神的風土が存在していたからだと考える。


そのような精神的風土は、江戸時代以降の朱子学の影響としても理解可能かもしれないが、少なくとも『古事記』や『日本書紀』や『続日本紀』を読む限り、遅くとも律令制が確立された時代にはそのような観念がかなり広範に存在していたと考える。それが成立した背景事情に関しては諸説あり得るであろう。私見としては、朝廷の軍事組織による攻略と屯田という歴史が存在したからそうなったのだと考えている。


極めて繁忙な仕事の合間に、長い年月をかけ、全国各地の遺跡(特に古墳)を実際に見て回り、その遺跡発掘記録や調査報告書の類を精読してきた。もしかすると例外が存在するかもしれないが、大型古墳からは、(遺物が残存しているときは)必ず、太刀(直刀)等の刀剣類、兜、冑、弓矢等の武器・防具、馬具、支配地(屯田)の耕作に使用したと推定される農具、そして、(残存しているときは)男性の遺骨等が発掘されている。それらは、細部の相違はあるかもしれないが、基本的には、ほぼ同じ時代のものについては類似点の多い(または、全く同じ)特徴をもっている。非常に身分の高い者のものと推定される古墳から出土する極めて高価な素材を用いた装飾品の例は結構多数あるが、そのようなものを除くと、一般的には、現代では司令官クラスまたは部隊長クラスに相当する武人の墓であると推定すべきものが圧倒的に多い。これらは、土着の豪族が成長し、武器・防具等を朝廷から下賜されたものと推定するよりは、征服者である武人が駐屯(屯田)し、その地の征服後の初代の支配者となった証として保有していた(または、子孫に伝承された)ものと推定するほうが合理的である。つまり、遅くとも歴史時代の日本国(倭国)は、最初から武家社会として存在していたと考えるのが正しい。神武天皇の事績に関する神話は、そのことを象徴化するものであると言える。神武天皇の事績は、武力により征服し、征服地の統治を確立したということに尽きる。『常陸國風土記』にあるヤマトタケルの伝説もそうであり、それ以外の『風土記』にある天皇親征の事績も全て同じである。正史『三国志』にある邪馬台国に関する記述も基本的には同じ構造をもっている。その点において、唯物史観は全面的に排除されるべきである。


そのような歴史的背景があるとはいえ、GHQによる支配下において徹底した非武装化及び民主化が進められた後、現代に至るまで、「決まったことは決まったことだ」という基本観念は維持されていると考える。


そのような素朴なレベルにおける基本観念として、「pacta sunt servanda」を知らない国、または、それを無視する国は、現在の日本国との関係においても、基本的な価値観を共有できない国または人々であると理解すべきであろう。


(余談)


かつて高名な某教授は、法学部の期末試験問題として、「契約を破る自由」について論じさせる出題をしたことがある。


私としては、「契約を破る自由はない」と書けば良いと理解している。無論、これだけでは十分とは言えないが、その理由をきちんと述べることができれば、当然、合格答案となる。すなわち、「pacta sunt servanda」である。

| | コメント (0)

2019年3月20日 (水曜日)

ココログの仕様が変更になったのだが

かなり使いにくくなった。改悪と言える。
元に戻してほしいと思う。

| | コメント (0)

2019年2月25日 (月曜日)

チャールズ・マックファーレン(渡辺惣樹訳)『日本1852 ペリー遠征計画の基礎資料』

下記の書籍を見つけて購入し,読んでみた。

 日本1852 ペリー遠征計画の基礎資料
 チャールズ・マックファーレン(渡辺惣樹訳)
 草思社文庫(2016/8/8)
 ISBN-13: 978-4794222206
 http://www.bunsobunko.net/soshisha/detail/978-4-7942-2220-6.jsp

なかなか考えさせられるところが多い。

本題からは外れるが,このような書物に書かれている内容が高校の歴史教科書に反映されることはほとんどない。

残念なことだと思う。

なお,ときどき訪問している「しばやんの日々」の過去記事の中にも関連記事がある。

 GHQが日本人に封印した歴史を読む~~ペリー来航
 しばやんの日々:2012.02.23
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-157.html

 GHQが日本人に封印した歴史を読む~~イギリスとインド・中国
 しばやんの日々:2012.02.18
 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-156.html

| | コメント (0)

2019年2月23日 (土曜日)

ゼミ生の論文が優秀賞

大学が経費を全額負担する交換留学生としてスウェーデンの大学に留学していたゼミ学生が所期の学業を修め,無事に帰国し,ゼミに復帰した後,卒業論文を書きたいというので指導していた。卒業論文は,義務ではないのだが,希望する学生には指導することにしている。

そうしている間に,その論文原稿を明治大学の法学会誌に投稿したいというので,その指導もした。テーマが非常に難易度の高いものであったため,正直に言えば「どこまでやれるだろうか・・・?」という心配はあったし,本人もかなり悩み,苦労しながらも,徹底的に調査し,考察して自分自身の論文を仕上げた。留学していた関係で9月卒業となり,変則ではあったけれども投稿資格はあるので,完成した論文を読んで検討した上で,法学会誌に投稿することを承認した。

先日の教授会において,この論文が優秀賞として選定され,法学会誌に掲載されることの承認の議決が行われた。

  須藤美有
  「金融機関の投資勧誘における説明義務と投資助言-MiFID IIとの比較法的観点から -」

この学生は,4月から某セキュリティ企業に就職することが決まっているけれども,学問への情熱はあるので,将来が楽しみだ。

私にしても丸橋透先生にしてもそうなのだが,社会において人一倍仕事をしながら学問のための時間をつくり,勉強を重ねるというタイプの人間にはそれなりの生き方というものがあり,学術の多様化のためには良いことではないかと思っている。

この学生が,学問への熱意を失わず,仕事を人一倍こなしながら,オンジョブでなければ得ることのできない利点を最大限活かしながら生きるための自分なりの生き方をみつけてもらいたいものだと願っている。

一般に,現代の社会は学歴や資格や肩書き等とは無関係に,その個人の実質的な能力が問われる方向へとどんどん移行している。

そのような時代環境の中に生き残れるか否かは,本人の努力によって良い方向へとベクトルを修正するための工夫を重ねるか否かによって大きく影響を受ける。

| | コメント (0)

2019年2月12日 (火曜日)

運輸

昨日,会議の後,某先生と一緒に食事をしながら意見交換をした。

EUの運輸政策も話題に出た。私なりの意見を述べたが,その詳細は省略。

帰宅してから,関連資料をざっと読み,自分の考えを整理してみた。

幾つかメモしておこうと思う。私の残りの人生で研究し尽くせるものではないので,若い世代の研究者が取り組むことに期待する。

1)海上輸送,陸上輸送,航空輸送,宇宙輸送の区別なく,シームレスに輸送をとらえるべき時代が到来するので,現在では物理的な輸送手段や場所毎に分かれている法制を全部一元化する必要がある。

2)1のような状況は,貨物のインテリジェント化によって促進される。すなわち,現在では,人間または企業が個々の貨物(コンテナまたはユニット)を識別し,運送手段等を手配する。しかし,AIの応用技術が高度に発展した近未来においては,人間ではなく機械装置であるコンテナまたはユニットが,自律的に,最適な輸送手段と所要の人間を選択し,予約等の手配を自動実行し,輸送手段や所要の人間の交換等の処理を自動実行する。

3)2の結果,輸送手段を支配することによって成立している輸送業界の勢力図が変化し,インテリジェント化したコンテナまたはユニットを供給または維持管理できる企業が優勢となる。簡単に言えば,輸送手段を提供し運用する企業は下請け的な存在となり,そこで働く人間は,そのようなコンテナまたはユニットを供給または維持管理できる企業の孫請け的な存在または全体としてのシステムの付属品的な存在へと転落する。

4)以上の結果,どのタイミングをとらえて課税するかという基準点の根本的な発想及び基本理論それ自体の変更も必要となる。全ての政府は,全ての物流情報を共有することまでは不可能ではないが,それを前提にして一元的に定められた課税の基準点の奪い合いが発生し,混乱が生ずる結果,政府の地位は逆に大幅に低下し,インテリジェントなコンテナまたはユニットを供給または維持管理する企業だけが一方的に利益を得る状況が発生する。

5)4を避けるための方法は,全ての国が論理的な国境を越える時点で常に多重に課税できるという基本方針に同意することである。これにより物流コストは異常に高まると考えられるが,国家の存続を最優先とする場合には,そのような方策しかあり得ない。

6)5とは反対に,コストの最小化及び利益の最大化を最優先にすると,おそらく,ほとんど全ての国家が財政破綻して滅びる。その結果,治安の維持が不可能となってしまうことから,上記のようなインテリジェントな物流も成立しなくなり,結果的にそのような企業も滅びる。結局,当該企業だけが利益を得るという構図は,長期的には成立しない。それゆえ,企業の存続のための保険の一種として理解した上で,当該企業は,国を保険者として税方式により所定の金額を支払うという意味において,可能な限り多くの税金を可能な限り多くの国において支払い続けるべきである。

7)現在の経済学者の多くが上記のように考えないのは事実であるが,それは,「治安のコスト」をゼロと算定する(=「治安のコスト」を企業に負担させない)という暗黙の前提を必須的に採用しているからである。このことは,数理的な理論においても社会運動的な理論においても変わることがない。ケインズ流の理論でも,実際の応用においては,そのような側面が無視されてしまうのが普通である。それゆえ,そのようなタイプの経済理論は,全て,ほぼ虚構である。私は,そのようなタイプの理論を「キセル乗車型」と呼び,侮蔑している。

以上の諸点は、(経済的または社会的には)国際的な運輸に伴うグローバルな決済と同一の問題の一部であるので,近未来的には,決済と関連する法令も一元化され統合されなければならない。

| | コメント (0)

2019年2月11日 (月曜日)

丸橋透・松嶋隆弘編著『資金決済法の理論と実務』

丸橋透先生から下記の書籍の寄贈を受けたので,早速読んでみた。

 丸橋透・松嶋隆弘編著
 資金決済法の理論と実務
 勁草書房 (2019/2/20)
 ISBN-13: 978-4326403615
 http://www.keisoshobo.co.jp/book/b427793.html

概説書的な部分とトピックス別の記述の部分とが混在しているので,読み方に工夫が必要かもしれないし,また,フォントの不統一を含め体裁上の若干の問題もあるが(←これらの点に関しては,出版社の編集担当者に全責任がある。),それらの点をさておくと,全体としては,理解しやすくするための各種の工夫が試みられている書籍だと思う。

一般に,この分野においては各国の法制の変転が激しく,本書が扱っている日本国の法令は,明らかに立法上の間違いと断言できる部分も含め,世界的には標準的なものであるとは言えないが,それが日本国の法律であることには間違いがないので,日本国内でビジネスを営む者である以上はその理解が必須のものであることは疑いようがない。

なお,この分野の研究に関して付言しておくと,EUの関連法令の研究が著しく乏しい。正確な比較法研究と認めることのできる十分なレベルの書籍等も存在しない。これからの若い研究者には是非ともチャレンジしてもらいたいものだと思う。

特に,今後は,ICTの更なる発展により,金融分野を含め,決済処理が単一化する傾向が更に強まると予測される。法体系全体(=行政上の所管)の全面的な見直しを避けて通ることは不可能である。

過去の学術は過去の学術として一応大事にした上で,それらとは全く関係のない新たな発想により,事実を直視し,全く新たな方法論による研究が推進され,理論体系が構築されなければならない。

このことは,経営学や会計学等の中で電子決済処理と関連する分野においても基本的には同じである。過去の理論はいったん全部忘れ,ゼロから全てを見直す努力が必要である。

| | コメント (0)

2019年2月10日 (日曜日)

信義則

民法の基礎として習う事項の1つだ。

しかし,初歩的な概念ではなく,無数の事例を知り,人生の中で苦楽を味わい,それからやっとわかる概念だ。

だからこそ,基礎的な概念の1つであると言える。

「基礎的である」ということは「幼稚である」とか「初歩的である」という概念とは根本的に矛盾するものだ。それゆえ,どんな職業のいかなるプロでも,常に「基礎」を理解し,体得するための鍛錬を欠かすことがない。逆に「基礎」の重要性を感じ取ることのできない者は,どのような分野においても必ず破綻する。

「信義則」は,英語の表現で「good faith」という法概念と同じまたは近いと理解されている。たぶんそうだろうと思う。

日本国において,明治維新の頃にそのような概念が輸入された際,日本国には武士道があった。だから,比較的容易に導入できたのではないかと思う。

そうではない文化をもつ領域では,そもそも全く理解されないかもしれない。

「風土」に関する和辻哲郎の見解は,細部の例証の部分はさておき,基本的には正しい。

| | コメント (0)

2019年2月 2日 (土曜日)

鈴木正朝先生の「情報法ノート」

2018年末から鈴木正朝先生の新しいブログ「情報法ノート」が開始となったようだ。

 情報法ノート
 https://note.mu/rompal/n/n097189b2f2fe

私との古い対談の転載もあり,懐かしく読んだ。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧