2018年9月21日 (金曜日)

竹花和晴『グラヴェット文化のヴィーナスの像:旧石器時代最大の美と知のネットワーク』

下記の書籍を読んだ。とても勉強になった。

 竹花和晴
 グラヴェット文化のヴィーナスの像:旧石器時代最大の美と知のネットワーク
 雄山閣(2018年6月25日)
 ISBN-13: 978-4639025795

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2018年9月17日 (月曜日)

AIはソーシャルメディアを変化させ,民主主義を危機に晒すものか?

下記の記事が出ている。

 Artificial intelligence is transforming social media. Can American democracy survive?
 Washington Post: September 5, 2018
 https://www.washingtonpost.com/news/democracy-post/wp/2018/09/05/artificial-intelligence-is-transforming-social-media-can-american-democracy-survive

(余談)

「言葉」に対する信頼が喪失した状況では,旧約聖書にある「バベルの塔」と同じような混乱と社会の崩壊が生じ得ると考えられる。

その「信頼」は,あるメッセージが生きた人間のものかどうか判然としない状態が恒常的になるだけで,かなり広範に損なわれることになるであろう。その信頼を回復することは非常に難しい。

解決策としては,言語活動におけるAIの応用(特に商業利用)を禁止することが考えられるが,基本的に無理なことなので,結局,防止策はない。

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2018年9月 6日 (木曜日)

中国:ネット中毒の防止のため,利用者の実名登録を強化?

下記の記事が出ている。

 State data to be used to limit child gamers in China
 BBC: 6 September, 2018
 https://www.bbc.com/news/technology-45432863

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2018年8月30日 (木曜日)

量子コンピュータの新たな応用分野

下記の記事が出ている。

 Wandering Bose-Einstein condensate may lead to scalable quantum computer
 ars technica: August 30,2018
 https://arstechnica.com/science/2018/08/doing-the-quantum-mash-cloud-of-atoms-may-provide-new-way-to-compute/

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2018年8月29日 (水曜日)

論文の価値

下記の記事が出ている。

 Social science has a complicated, infinitely tricky replication crisis
 ars technica: August 29, 2018
 https://arstechnica.com/science/2018/08/why-do-only-two-thirds-of-famous-social-science-results-replicate-its-complicated/

論文の数だけを評価基準とすることの愚は誰でも知っている。

それと同時に,優れた論文を多数公表することがいかに難しいことかについても,誰でもよく知っている。

それだからこそ,優れた論文を多数公表できる研究者は高く評価されるべきだと思う。

しかし,問題は,当の論文の真価を正確に評価可能な研究者が実際にはかなり乏しいということだ。特に,最も先進的な課題に関しては,当の論文を発表した者以外には全く理解できないことがしばしばある。このことも周知のことであり,特に数学や理論物理の世界ではそれが著しい。

他方において,全く無価値な論文を「無価値である」と評価することには様々な社会的困難が伴うことがある。

それゆえ,総合的に言えば,常に,世界的に有名な雑誌に掲載された論文が多いというだけでその論文投稿者が本当に優れた人材であるかどうかを確実に判定することはできないという結論になる。

当の論文が世間によって認められるかどうかは,かなり偶然的な要素によることが実際には多いが,それ以上に,内容を全く伴わない肩書きや経歴のようなものだけで内容まで評価されてしまうことのほうが多いから世間の評価なるものも全くあてにならないということを容易に知ることができる。

というわけで,真に創造的な研究者は,常に「孤高」であり続けるしかないというのが実情だ。

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2018年8月28日 (火曜日)

弥永真生・宍戸常寿 (編)『ロボット・AIと法』

下記の書籍を頂戴していたのだが,パラパラめくっただけでそのままにしてあった。ちょっと必要があって全部精読してみた。

 弥永真生・宍戸常寿編
 『ロボット・AIと法』
 有斐閣(2018年4月10日)
 ISBN-13: 978-4641125964

この書籍の中でも触れられているドイツ刑法学における「ジレンマ問題」は,非常に古くから好んで議論されてきた。

人間だけの社会を前提とした場合,これからも議論されることであろう。もともと解はない。解はなくても,裁判官は(一定の価値観に基づいて)判断しなければならない・・・そのようなタイプの問題なので,議論が終わることは永久にないのだ。

問題それ自体が,古代ギリシアの時代からある「カルネアデスの板」と同じ問題なので,相当長い間議論されてきたことになる。しかし,解がないのだ。

真に考えなければならないことは,全く別のところにある。

それは,「AIシステムを守るだめに人類が絶滅しなければならない」という状況に直面した場合,そのシステムは,何ら躊躇することなく人類を滅ぼすことであろうが,そのような状況下においては,人間の尊厳よりもAIシステムの維持のほうが上位の価値をもっているので,上記のジレンマ問題がそもそも問題にならないということだ。

このように,人間以外の(場合によっては人間以上の能力のある)存在が当事者として存在しているという状況を想定する場合,古典的な「人間至上主義」の観念にとらわれている限り,問題の本質に気づくことはできない。

それゆえ,この種の問題を考える場合には,常に,即物的にのみ考えることが肝要である。

加えて,この書籍でもそうなのだが,機械装置だけを「ロボット」として把握する事実認識は,そもそも根本から間違っているので,基本的な定義どおり,「サイバネティクス=ロボット」という定式で考えるのが正しい。

世にあまたある類書の大半は,制御用ロボット(Robotics)だけをロボットと想定している。制御不可能な対象であれば,そもそも制御用ロボットではない。制御できて当たり前なのだ。

しかし,真に検討しなければならない問題は,制御用ロボットではないサイバネティクスから発生する。法学の対象は,そのような制御できない対象であるサイバネティクスという意味での「ロボット」に絞られなければならない。

制御できない対象は,法による統御もできない。

強いて言えば,絶対的社会隔離処分としての「破壊」,すなわち,人間で言えば死刑の可能性は残る。

このような観点からすれば,上記のジレンマ問題においても,他の者を一切殺すことなく,運転手だけが死亡するように自爆または脱線してしまうのが最も妥当な解であり得る。他人を犠牲にすることは正当化され,自分だけは生きのこることを必須の前提とするような立論は,そもそも公平ではない。

(余談)

上記と関連するテーマで論文を書こうと思い準備していたのだが,現時点ではやめておくことにした。どのように考えても,世間を騒がせ過ぎるような結論しか出てこないからだ。

別のテーマで論文を書こうと思う。

(余談2)

「ジレンマ」という名前のラン(Pleurothallis dilemma)が存在する。

松本洋ランから苗を購入し,何年もの間栽培を継続してきた。栽培は比較的容易で環境の変化に耐える力も強い。しかし,実際に何年も栽培を継続してみると,確かに,ジレンマを感じさせるランではある(笑)

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2018年8月27日 (月曜日)

中島恵「中国人がハンカチを使わないこれだけの理由」

古い記事だが,別のことを検索していてたまたま見つけた。興味深く読んだ。

 中島恵「中国人がハンカチを使わないこれだけの理由」
 東洋経済:2017年12月25日
 https://toyokeizai.net/articles/-/201803

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2018年8月 5日 (日曜日)

ストーンヘンジとウェールズとの関係

下記の記事が出ている。

 People buried at Stonehenge may have come from as far away as Wales
 ars technica: August 3, 2018
 https://arstechnica.com/science/2018/08/people-buried-at-stonehenge-may-have-come-from-as-far-away-as-wales/

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2018年7月10日 (火曜日)

EU:欧州議会がデジタル単一市場著作権指令案を否決

下記の記事が出ている。

 YouTube and Facebook escape billions in copyright payouts after EU vote
 Guardian: 5 July, 2018
 https://www.theguardian.com/technology/2018/jul/05/youtube-could-escape-billions-in-copyright-payouts-after-eu-vote

 P・マッカートニー対ネットの父、EU新著作権指令案"否決"の背景
 Huffington Post 日本語版:2018年07月10日
 https://www.huffingtonpost.jp/kazuhiro-taira/eu-20180710_a_23477000/

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2018年6月26日 (火曜日)

竪穴式住居

全国各地で数えきれないほど多数の竪穴式住居の遺構が発掘されてきた。

しかし,疑問に思うことがある。

それは,その当時の復元において,どれもこれも茅葺またはそれに類する長丈の植物で覆われていたものと推定されてきたことだ。

当時の植生上,そのような資源が容易に入手可能な状況であるとすれば,それは,あり得ることであろう。

しかし,そうではない条件の下にあったと推定される地域からも同じような遺構が無数に発掘されている。

植生上可能であっても,当時の推定人口から考えて,資源供給量が圧倒的に不足すると計算可能な人口密集地も存在する。

そこで,私は,草葺きではなく,パオのようなものが存在した可能性を仮説としてたて,検討してきた。

現時点においても,その仮説は成立し得ると考えている。

特に,無数の馬が放牧・飼育されていた地域(その中でも特に比較的寒冷な気候条件をもつ地域や葦や茅の入手が困難な地域)では,その可能性が高い。そのような地域では,被覆資源として,動物(馬など)の皮を利用できる。

馬の皮の利用は,日本国において,古代から現代まで続いており,例えば,和太鼓などで用いられている。

(余談)

比較的大型の古墳の形状に関し,子宮を象ったものだとの説がある。前方後円墳の形状の起源についても同じだ。

私は,むしろ,死後の住居としてのパオの形状を模したものではないかと考えることがある。

そのように想像可能な石室内には,軍用の馬具や(歩兵ではなく)騎乗する上級軍人を想定するのでなければ理解し難いような遺物が残されていることがしばしばある。弓矢や太刀にしても,騎乗を想定すると理解しやすい場合がしばしばある。「さきたま古墳群」では,そのような想定を前提とした復元も試みられている。

前方後円墳の形状については,漢系の方墳と鮮卑系(スキタイ系)の円墳とを(ある政治的な意図の下に)合体させたもので,『三国志』の「魏書」の中で述べられているものと同系のものだとろうと考えている。このように考える場合,前方後方墳の形状には,それなりの政治的意味があることになる。

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