2018年4月18日 (水曜日)

ちょっと驚き

明治大学では,情報関連の講義を担当するほか,「法と情報コース」のコース主任としてコース科目の企画・運営の仕事もしている。

2018年度は,法学部の情報関連科目の受講希望者の数が例年よりもかなり多く,驚いている。

原因はよくわからない。

しかし,更に気合を入れてコース運営に努めたいと思う。

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受講者の数が多い場合,当然のことながら,受講者の資質・性格・能力等にかなりのばらつきが出てくることになる。

私が伝えたいと思う内容を受容する能力や程度にも相違があることだろう。

しかし,可能な限り,受講してよかったと思ってもらえる講義としたい。

例年よりも力を入れてレジュメも作成し,提供しようと思う。

理想的には,レジュメなしに,講義内容を受講者が自分の頭でまとめてノートをつくるのが最も良く,大学4年間にそのようなノート作成の努力を積み重ねていれば,就職活動においても,就職した後においても,基本的に困ることがほとんどないはずだ。けれども,現実には全ての学生にそれを期待できない状況にあることは否定できないので,レジュメを作成する。

受験予備校の授業のように余りにも丁寧過ぎる授業は,受講者のサバイバル能力を大幅に劣化させてしまう最大の原因になるので,私は,基本的に反対だ。社会人になると,誰も丁寧に教えてくれることなどあり得ない。自分の責任で,自分の力で生きていかなければならない。だから,彼らに対してサバイバルのための考え方の基本を教え,彼らが社会人になったときに生きるためのノウハウを少しでも伝授することも教員としての大事な仕事の1つだと考えている。

一般的には,講義内容が分からなければ積極的に質問し,決して安くはない学費を1円でも回収しようとガツガツする学生が好ましい。ただし,良い質問をするためにはそれなりにしっかりと予習し考えておかないといけないので,単なる思い付きだけでは良い質問をすることもできない。

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大学院では,今年の5月25日に適用(施行)されるEUのGDPRの解説・比較法的検討・関連法情報の入手を骨子とする講義科目も提供している。

今年は,社会人の聴講希望者もあるので,目いっぱい気合を入れて授業と取り組みたいと思う。

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2018年4月13日 (金曜日)

SOFTIC:判例ゼミ2018

SOFTICにおいて,下記のとおり,一般向けセミナーが開催される。

 SOFTIC:判例ゼミ2018
 http://www.softic.or.jp/semi/index.html

SOFTICの関係の諸先生方とはかねて(公私にわたり)交際があるので,講師陣の質が非常に高いということを保証できる。

ただし,過日,SOFTICで講演をした際には,椙山敬士先生から飲みに誘われていたのだが,たまたま多忙のためお断りするという失礼をしたままになっている。そのお詫びのしるしに,いずれ,こちらからお誘いしようかと思っている。

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2018年3月11日 (日曜日)

大野幸夫先生最終講義

既にお知らせしていることではあるが,法と情報研究会の公開研究報告会と一緒に,この3月で退職される大野幸夫先生の最終講義を実施する。

この最終講義は,昨年9月ころから企画を開始し,10月頃には関係者に周知を始め,12月頃から公式に公表しながら細かな準備を進めてきたものだ。日程は既に決まっていたけれども,大学内の所定の審査等を経て,正式に教室の使用が認められたので,2018年1月以降には,順次具体的な内容を示して広報してきた。

大野先生には公私ともに大変お世話になったので,きちんとやりたいと思うし,また,法と情報研究会の会員として一緒に研究を行ってきた方々の協力を得ることもできた。

その最終講義のテーマが一応決まったので下記のところで広報している。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/index2.html

内容的には,現在,世間でかなり問題となっているいわゆる「仮想通貨」の取引と関係するものだ。

ところが,大野先生は,一見すると強面のように見えることもあるが,実はかなり遠慮深い方でもあり,大野先生ご自身ではゼミ卒業生や元の同僚等の関係者に対して積極的に周知をされないようだということを知った。

それゆえ,ややくどいかもしれないが,このブログで再度広報したいと思う。

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2018年1月16日 (火曜日)

夏井高人「医疾令の本草」

明治大学法学部の紀要である法律論叢に下記の論文が掲載された。

 夏井高人
 医疾令の本草
 法律論叢90巻2・3号317~369頁(2018年1月)

この論文を書くために3年ほどの時間をかけた。しかし,この程度のものしか書けなかった。自分の実力のなさを嘆く。

この論文の目次構成は,以下のとおり。

***

1 はじめに
2 医疾令施行当時に利用可能な本草書
 2.1 本草書の存在
 2.2 『本草集注』に収録されている主要な草の類
3 木簡史料との照合
4 医疾令施行当時に生きた植物として実在可能な本草
 4.1 植物種の同定
 4.2 植物種の同定からの示唆
5 正倉院保存資料の検討
 5.1 「種々薬帳」に記載された本草名
 5.2 現代における調査結果
6 考察
 6.1 薬用ではない植物
 6.2 中国からの輸入書籍の写本と推定すべき木簡
 6.2.1 木簡①について
 6.2.2 木簡②について
 6.2.3 木簡③について
 6.2.4 木簡④について
 6.2.5 木簡⑤について
 6.3 荷札と推定される木簡の評価
7 まとめに代えて-検討結果による示唆

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2018年1月12日 (金曜日)

Eurofound, Long-term unemployed youth: Characteristics and policy responses

下記の報告書が出ていたので読んだ。

 Eurofound, Long-term unemployed youth: Characteristics and policy responses
 https://www.eurofound.europa.eu/sites/default/files/ef_publication/field_ef_document/
ef1729en.pdf

一般論として,「高学歴=高収入」という図式は既に崩壊している。

かつては,「高学歴=高収入」という図式が成立していた。それは,かつての大学においては,相当の資産家の子弟であるか,または,相当に優秀な者でなければ大学に進学できなかったからだ。ここでいう「相当に優秀な者」とは,遊んでいても常に成績トップのような者,あるいは,予備校や家庭教師等一切なしで独力でどんな学問でもすぐに修得してしまうような者のことを指す。つまり,当時においては,もともと成功する可能性の高い素地をもっている者が主として大学に進学したと言える。

しかし,その後,大学の進学率が大幅に高くなった。その結果,普通の学生が大量に大学に進学するようになった。そして,その結果として,大学卒業生の多くは,普通の仕事に就くことになった。

それが良いことであるか悪いことであるかは,後世の歴史家が考えるべきことだろう。

しかし,実際には普通の学生に過ぎないのに観念だけ過剰に注入され,しかも,学生の間に良い師と巡り合うことができず,シビアな社会の中で生き抜くための基本的な考え方や自己訓練方法のようなものを伝授してもらえなかった学生は,大学を卒業しても,途方に暮れることになる。なにしろ,現実の社会の中には「正解」というものがない。正解や解法を暗記してそれを口で述べるだけで済むようなものでは全くない。これは,大学受験までの予備校等の授業方法とは全く異なるものだ。

世界規模でそのようなことが拡大しているのだろうと思う。

しかも,ロボットやAIの導入促進は,普通の学生が就くべき仕事(職業)をどんどん消滅させてしまっている。これが元に戻ることはない。

世界規模で,非常に大きな転換点にさしかかっているのだと思う。

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2017年12月27日 (水曜日)

英国:個人データ保護のため,学校の生徒の試験結果の公表を禁止の方向へ?

下記の記事が出ている。

 EU data protection rules to BAN schools from posting students’ exam results
 Express: December 16, 2017
 https://www.express.co.uk/news/uk/893163/eu-data-protection-rules-ban-schools-publishing-results-data-protection-bill-uk-2017

成績公表の「同意」を学校入学の条件とすることはGDPRによって禁止されていると解されることから,不可避の議論となる。

日本国の学校等にも影響がないわけではない。

少なくとも,留学生の受入れを予定している学校では明らかにそうで,入学の要件の再検討が必須となる。

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2017年12月 5日 (火曜日)

翻訳的コピペ

法学に限らず,様々な分野において,外国で出版された著作物を日本語に訳し,一部修正しただけのようなものを自著として出版する例が多々見られる。

そのようなものは,著作権法に定める翻訳権及び翻案権の侵害になり得ることが明白であり,説明を要しない。

法学の分野の中では比較法関連の著作の中にしばしばみられるとの見解もある。

私自身は,翻訳は翻訳であるので,「論文」ではなく(法と情報雑誌等の中で)「資料」として公表することにしており,その原文の出典について可能な限り明確に表示し,かつ,オープンデータのように二次利用が認められているものについてはその利用条件に従い,オープンデータではないものに関しては関係各機関または著者自身から許諾を受けた上で翻訳をしている。場合によってはひどく手間がかかることがあるけれども,後になって,翻訳権等に関するいかなる批判にも耐えられるような(バイデザイン及びバイデフォルトの)手配だけはしておくべきだとの考えに基づく。

私がこれまで様々な資料を調べた中では,超有名大学の法学博士論文の中にもそのような例がみられる。しかも,まだ若くて世間をよく知らない大学院生ではなく,非常に著名な学者の代表論文とされているようなものの中にも存在することに驚く。これ以上詳しく批判するとその者が特定されてしまうのでやめておくが,当該超有名大学は,当該教授(または元教授)が関与している関連学会を含め,いったん自主解散し,リセットしてしまわないと根源的な病根を断つことができないのではないかと思う。

明治時代以来の大学という組織のあり方それ自体が,根本的なところで問われていると考える。それと同時に,自分自身が考えたこととそうでないものとを明確に峻別し,それを明示することができないような反社会的な人々を大学から排除しなければならない時が迫ってきているとも言える。

自浄できないのであれば,後に,海外の大きな権利管理団体やローファームの餌食となる可能性がある。特に国立・公立の大学の場合,損害賠償請求の勝訴判決に基づく差押えの源資が必ず確保されるといううまみのようなものがあることにも留意しなければならない。

このことは図書館も無関係ではない。外国の他人の著作物の単なる翻訳物または翻案物に過ぎないものであるのに日本国の学者による自著として刊行されているような書籍は,違法な書籍であるので,少なくとも書架からは除却する準備を進める必要がある。

私が批判すると否とを問わず,急速かつ高度に進化しつつある情報技術は,そのようなまがいもの論文を自動的に検出し,自動的に解析し,自動的に評価した上で,まがいもの作者ブラックリストを自動生成することが可能なレベルにまで達しつつある。このブラックリストは,近未来の著作権管理団体やそれと提携しているファームにとって,損害賠償請求訴訟による収入を得るための貴重な情報源となることであろう。

仮に私が突然死んでしまい批判することがなくなったとしても,そのような技術の進化が止まることはない。

(余談)

法学論文の中で,例えば,「***に関する考察-AAAの『BBB』を中心として-」というようなものを見つけることができることがある。

そのような論文の中には非常に優れたものもある。

しかし,内容的にみて,AAA作の『BBB』の紹介だけに終始し,著者自身の「考察」と評価可能な部分がただの1行も含まれていないようなものが存在することも事実だ。

他の研究者の思索や著作を尊重すべきことは当然のことだ。しかし,それを素材としながら自己の思索を深め,その結果を公表するのが学術論文の使命なので,自己の思索を全く含まないようなものは,とても恥ずかしい。

それを恥ずかしいと感じないようであれば,そのことのみによっても,「学者としては失格だ」と評価することができる。

もし翻訳する能力しかもっておらず,自己固有の思索の能力はもちあわせていないというのであれば,学者をやめて翻訳家の下請業に転職すれば良い。日本国憲法は,職業選択の自由を認めているので,転職は自由だ。しかし,学問し,その結果を公表すべきことを債務の本旨とするような大学との間の雇用契約に基づく場合,その債務を信義誠実の原則に基づいて履行できないのであれば,それは,単なる債務不履行の一種に過ぎないので,雇用契約の解除原因となり得る。なお,本当は,翻訳業の世界においても,必死になって関連知識を収集し,考察し続けるのでなければ1流としての座を維持することができない。それゆえ,何ら努力することなく,単に機械的に翻訳するだけならば,その者は翻訳家の下請業の域を出ることができない。そして,そのような単純で機械的な業務は,近未来においては,情報処理システムによって取って代わられる可能性がある。

一般に,学術論文のような表現物のことを「作品(works)」と呼ぶ。それは,作品でなければならないし,まさに「work」の結果でなければならない。その「work」とは,当該作品の作者による創作によるものであることを要するから,単なるコピペまたはそれに類するものを含まない。

一般に,他人の作品の翻訳物または翻案物に過ぎないものを自己のオリジナルの作品として公表する剽窃行為は,大学教授としての著しい非行行為と判断され,当該大学の人事権に基づく懲戒解雇を免れない場合が多い。

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2017年11月23日 (木曜日)

法と情報研究会第2回公開研究報告会の企画

2017年3月に第1回の公開研究報告会を開催した。

開催予算の目途がたったので,2018年3月に第2回研究報告会を開催すべく準備を開始した。

第2回研究報告会の内容の詳細はまだ未定だが,関連情報は,順次,下記のサイト上で公表する予定。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/index2.html

なお,当日は,残部(僅少)の範囲内で,法と情報雑誌のバックナンバー等を会場配布する予定。

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2017年11月20日 (月曜日)

ドイツ:子どもが通う学校の授業内容をリモートで聴取するために親がスマートウォッチを買い与える行為を禁止

下記の記事が出ている。

 Germany bans children's 'smart' watches over surveillance concerns
 Guardian: 18 November, 2017
 https://www.theguardian.com/technology/2017/nov/18/germany-bans-childrens-smart-watches-over-surveillance-concerns

 Germany bans children's smartwatches
 BBC: 17 November, 2017
 http://www.bbc.com/news/technology-42030109

授業内容それ自体が著作権法によって保護される著作物を構成する場合,スマートフォン等を用いて外部にその内容を伝達する行為や他人のために録音・録画する行為が著作権法違反行為となり得ることは,既に述べたとおりだ。

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2017年8月13日 (日曜日)

首都圏私大の学生定員制限問題

どんな「有識者」が考えたのか全く知らないが,因果律というものを全く理解しない政策であることは,(政府部内を含め)ほぼ全ての人々が認めていることだ。

地方の特定私大と癒着のある誰かが決めたことなのだろうと思う。それゆえ,この政策に積極的に賛成する者は,原則として,癒着という違法行為者の張本人との推定を受けかねない・・・かもしれない。

それはさておき,私は,この政策は,必ず失敗する政策だと断言する。

いわゆる「ゆとり教育」のときにも反対し,当時,さんざんな目に遭った。

しかし,結果は既に誰でも知っているとおりだ。特定の企業との癒着が産んだ政策なので,成功するはずがない。その当の責任者は,当然,責任をとるべきだと今でも考えている。何万人もの若者をダメにした責任がある。しかし,平然と生きている。

今回の首都圏私大の定員抑制策も同じだ。

私の予測では,この政策を断行すると,地方の疲弊を更に急激に悪化させることになる。これは,誰の目にも明かなことだ。

それでも,この政策は断行されることになる。

その結果,首都圏の私大は,きっと,逆に強くなる。

その結果,相対的に,地方はますますもって苦しい立場となることだろう。

そもそも,今後,就労可能な世代の人口が大規模に減少する可能性が高いので,地方の過疎化が現在よりも何倍も急激に進む可能性があることも十分に考えに入れなければならない。

この問題について,政府は外国人労働者で補おうという政策を採用するかもしれない。

しかし,そのような政策は,結局,日本国の国家財政の破綻を加速するだけのことだし,地方の教育機関において通常の日本語による普通の教育が全く成立しなくなってしまうことを加速することになるだけだ。そして,長期的には,例えば,日本国が中国の属領になってしまうことを加速することになる。

そもそも,「日本に来れば日本人と日本の文化に馴染むだろう」と安易に考えるのだとすれば,それは,単純に,無知と偏見に基づく軽薄な差別主義的発想の一種であるというしかない。

一般に,どの国の国民も,自己の国の文化と言語に誇りをもっているものだ。

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