2017年11月14日 (火曜日)

コピペ

ネット上のコンテンツ等からコピペを検出する実用的なサービスは既に存在する。

そして,例えば,Google Booksのような網羅的なデータベースを用いて自動的にコピペ率を計算するシステムは容易に構築することができそうだ。例えば,東大の情報学環や慶應大学のSFCあたりで予算をとって構築すれば,あっという間にそのようなシステムを構築することができることだろう。

この場合,例えば,IBMのワトソンのようなシステムの機能を駆使すれば,かなり精度の高いコピペ検出が可能となるだけではなく,その手法の自動解析及び自動的な類型化も可能となることだろう。

従来のシステムでは,単純なマッチングによるものが多かったので,公正な引用の場合もコピペと誤認されてしまう危険性が常にあった。しかし,パターン認識により,公正な引用の場合と,不適切なコピペの場合とを自動的に識別することが可能となる。

このようなシステムは,例えば,ノーベル賞候補者の論文の正当性を自動的に調べることにも寄与することになるだろう。

数年も待たない間に,コピペ率の高い似非論文の出現頻度によって大学の世界的な格付けが決定される時代が来る。

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旧弊

かつて,新たな法律が制定されたり,従来の法律が改正されたりすると,その立法作業と関連する資料が特定の大学の特定の分野の教授だけに交付され,その資料に基づいて,あたかもその教授の学説であるかの如き内容の体裁に整えられた解説書が作成・出版され,その学説が通説として取り扱われ,その教授が当該分野における権威とされることが普通であった。

大日本帝国憲法下の時代,特に明治時代の西欧の法制を導入することが急務であった時代においては,そうせざるを得ない合理的な理由があったかもしれない。

しかし,現代の日本は,日本国憲法の下にある。

特定の公務員が特定の教授だけに立法資料を提供することは,日本国憲法に定める公平原則に明らかに反する行為であるので,公務員の憲法遵守義務にも明らかに反する行為となる。これらの立法資料は,常に,可及的速やかに公開され,オープンデータとされるべきものである。

そのようにすれば,その資料の作成者及び出典を誰でも確認することができる。

公開可能な文書をオープンデータとしてネット上で提供する利点については,EUのオープンデータに関する関連法令でも明確に示されているところであり,とりわけ,「法へのアクセス報告書」でそのことが明らかにされている。「法へのアクセス報告書」の参考訳は,法と情報雑誌上で提供している。

また,このようにして立法資料が一般に公開されると,本当は学説ではなく資料に過ぎないものを学説として誤解する弊を避けることができる。

それによって,本当は優秀でも何でもなく,単に編集能力またはコピペ能力に優れた単純秀才型人間に過ぎない者を偉大な教授であると誤解するような弊を避けることもできる。

そして,そのような立法資料に過ぎないものが通説として扱われる弊を避けることができる。現実には,様々な分野において,「通説」なるものの実質がそのようなものである実例が多々認められ,容易に立証可能な状態にあることから,このことは,特に重要である。

これらは,人事評価や学術上の業績審査との関係においてのみならず,これから大学に進学し,特定の教授から高度な学問を学びたいと真剣に考えている若者達がその人生を誤らないためにも重要なことである。高校生に過ぎない学生やその親権者達は,自力でものごとを判断し自力で人生を獲得できる非常に優れた人々である場合を除き,どうしても当該教授の肩書きや経歴で判断せざるを得ないことが多いから,このことは特に重要なことである。このような文脈において,日本国における将来有望な若者の人生をそのスタート地点において誤らせることは,その若者の人間としての尊厳を踏みにじる行為となり得るものであることは自明であるが,それだけではなく,大量観察的には,日本国の国益にも大いに反するものである。それと同じ理由により,日本国の産業界とその将来に与える負の影響も著しく大きなものである。

このような立法資料をオープンデータとして公開すれば,一般に,学術上特に優れた業績ではなく単なる立法資料の受け売りまたはコピペに過ぎないものを用いた欺瞞的な商売の横行を避けることができる。そのような欺瞞的な商品に過ぎない書籍等を刊行する行為は,理論的には,表示と内容とに極度の相違があるという意味で誤認を招く商品表示に該当し得る行為であり,関連法令により厳しい制裁が下されるべき場合がある。また,要するに「まがいもの商品」の一種ということになるので,消費者訴訟により,少なくともその代金に相当する額全額の無条件の返還請求が認められるべき場合があり得る。加えて,そのような刊行行為は,不公正な取引行為にも該当し得る場合がある。

そのような書籍等の刊行について,著作権法の適用の関係,科研費等の公費の使途の会計監査との関係でも大きな問題があることは言うまでもない。

以上の諸点から,日本国において制定または改正される法律に関する限り,特別の事情により情報公開の対象としないことに合憲性・合理性・相当性がある特定の資料を除き,その全ての立法資料について,個々の国民が個々に情報公開請求をしなくても,オープンデータとして,政府のWebサイト上で可及的速やかに公開され,誰でも無償で迅速に入手できるものとされなければならない。

旧弊は,改められなければならない。

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2017年11月13日 (月曜日)

裁判所の電子化

名古屋大学で開催された情報ネットワーク法学会のパネルセッションでは,笠原先生及び町村先生らによる裁判所の電子化に関するものを傍聴した。

長かったと思う。精力的に調査と研究を尽くしたのに,ことこの分野に関する限り10年以上も塩漬け状態にされてしまった笠原先生及び町村先生は,本当に御気の毒だったと思う(そのようになってしまった原因については推測可能な要素を幾つか思い浮かべることができるけれども,推測に過ぎないので,具体的な言及を控える。)。ほんのわずかとはいえ,現実の法制の整備の動きにつながってきたことになるので,その苦心がやっと報われたということになるのだろう。

このような法制整備の動きを受け,私も,あくまでも私的に,関連するEU及びEFTAの法制を全訳し,法と情報雑誌で公表し,関連各方面に配布した。

日本国の国情及び関連団体の財政負担能力,更には,実務法曹界における深刻なイデオロギー対立等を併せ考えると,そう簡単にものごとが動くとは思われないが,それでも,陰ながら,この私も自分のできることを尽し,今後も笠原先生や町村先生のお仕事を支援しようと思う。

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2017年11月12日 (日曜日)

法の情報学は存在しないか?

名古屋大学で開催された情報ネットワーク法学会の基調講演は,まことに粗雑なものであった。名古屋大学の若い優れた研究者が気の毒でならない。

まず,講演者は,情報学の定義を全く知らないようだ。

無論,その定義の中に含まれているサイバネティクスについても全く知らないようだ。

ネット上で読める定義関連の文献としては,下記のものがあるのだが,これも読んでいないのではないかと疑いたくなる。

 萩谷昌己「情報学を定義する-情報学分野の参照基準」情報処理55巻7号734~743頁 (2014)
 https://www.ipsj.or.jp/magazine/9faeag000000hkfv-att/5507-kai.pdf

次に,述べる理論が古すぎて,誰も使っていない。調査手法も,この分野の研究者であれば誰も知っていることであり,自慢できるようなものではない・・・ということを知らないのは本人だけかもしれないと思った。

そして,全精力を傾けて遂行したSHIPプロジェクトの研究と,それから派生した情報ネットワーク法学会の法情報部門やライバル心に燃えて猛烈な勢いでLegal XMLの研究と実装のために人生を賭けてきた多数の研究者のことを全く知らない。名古屋大学法学部の若手研究者のこれまでの苦心と努力を全く顧みていない。

指宿先生の『法情報学の世界』,そして,加賀山先生がほとんど全部を書いたはずの『法情報学』に対する言及は,一言もなかった。

普通は,お世辞として,そういう実績の一端にいくばくかは触れるものだし,そうできるようにするために綿密な調査をした上で基調講演に臨むものではないかと思う。

明らかに,人選の誤りがある。

この分野の研究者であれば,以上の私見に反対する者は(当の本人を除き)誰もいないのではないかと思う。

総じて,オフィスオートメーションによる省力化のことばかり述べられている。これは,30年以上前の発想だ。現在では,AIの弊害について真剣に論じられるレベルをベースとし,それ以上の内容を盛り込んだ知見を示すものでなければ失当と言える。とりわけ,翻訳を例にあげたが,「翻訳は成立しない」という(本当に多数の翻訳をやったことのある人であれば誰でも知っている)簡単な論理を知らない。翻訳作業は,自分の理解を確認し,不足している部分を検出するために存在するのであり.誰にでも通用する汎用の翻訳文など存在するはずがない。翻訳文は,シンボルに対する自己の知性の投影物なので,翻訳者の知性(特に,和訳の場合,日本語能力や日本語及び漢文(漢籍)の語彙の豊富さ)の程度が露骨に反映される。だから,私は,あくまでも「参考訳」として現状の訳文を提供することにしている。

とまれ,来年度の研究大会では,このような大失策がないように,理事会に対して強く要望する。

それはさておき,多種多様な個別報告が多数あり,全部聴講することはできなかったけれども,報告者の意見に対する賛否は別として,チャレンジ精神という点ではとても良かった。失敗を恐れてばかりいれば,学術の発展などあり得ない。

学説というものは,それまでの学説(特に通説)を破壊し,乗り越え,あらたな思索の体系を構築するためにある。

一般に,そのことを「ブレークスルー」という。

同じ系の中から抜け出ようとしない限り,その系の中における応用しか生み出されない。

応用は応用に過ぎず,何か全く新しいものを産み出しているのではない。

過去に存在した要素の組み合わせという意味での応用であれば,いずれ,IBMのワトソンでもできるようになるだろう。

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高木浩光「宇賀克也「個人情報保護法の逐条解説」第5版を読む・中編(保護法改正はどうなった その9)」

名古屋で開催中の情報ネットワーク法学会の会場で高木浩光氏と会い,話題となったので,早速読んでみた。

 高木浩光
 宇賀克也「個人情報保護法の逐条解説」第5版を読む・中編(保護法改正はどうなった その9)
 https://takagi-hiromitsu.jp/diary/20171022.html

個人情報保護法と関連する仕事または研究をしている人は,必読だと思う。

(余談)

あくまでも一般論だが,単に資料を並べ替えただけで,特に新たな学術的思想が加えられたわけではないのものは,資料の編集物に過ぎないので,全体として,論説ではなく資料になる。

その編集物の編集方法が特に創作性をもつ場合には,場合によっては,データベースの著作物としての性質をもつことがあり得る。

しかし,そのいずれの場合でも,学術上の論説の範疇にあるものとは到底認め難い。

ちなみに,これもあくまでも一般論であるが,資料に過ぎないものについて,新たな知見を含むものとして有償で頒布した場合,景品表示法違反になるか否かについては,これまで論じられたことがないのではないかと思う。

(余談2)

資料の出典が明示されていない場合,様々な問題が生ずる。

当該資料集のような書籍を引用しても,公正な引用が行われているとは認められないからだ。

正しくは,当該資料集のような書籍が依拠した原資料を調査・確定し,原資料を原資料として引用しなければならない。

また,当該資料集のような書籍は,学説または学術上の創作性のある思想を示すものではないので,「通説」等として引用することが許されない。

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2017年11月10日 (金曜日)

COM/2016/0593 final

下記のところで公表されている。

 COM/2016/0593 final
 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52016PC0593

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2017年11月 8日 (水曜日)

COM/2016/0450 final

下記のところで公表されている。非常に興味深い。

 COM/2016/0450 final
 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52016PC0450

関連する文書は、下記のところで公表されている。

 CON/2016/49
 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex:52016AB0049

 SWD/2016/0223 final
 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52016SC0223

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2017年11月 6日 (月曜日)

EU:COM(2017) 479 final

下記のところで公表されている。

 COM(2017) 479 final
 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/en/TXT/?uri=CELEX:52017DC0479

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2017年11月 3日 (金曜日)

オーストラリア:サイバーセキュリティ法案の動き

下記の記事が出ている。

 Australia likely to get its own GDPR
 ZDNet: November 3, 2017
 http://www.zdnet.com/article/australia-likely-to-get-its-own-gdpr/

(余談)

EUのGDPRでも明確に定めていることなのだが,個人データの保護法益であるプライバシーの利益は,法令に基づく規制や制裁によっても保護されるが,それと同時に,情報セキュリティに関連する技術的手段によっても保護されなければならない。

つまり,法規制と情報セキュリティとは常に一体として存在している。

仄聞するところによれば,「プライバシー法は情報セキュリティとは関係がない」と豪語する研究者がいるとかいないとか。電子情報と全く無関係な古典的な対象のみを研究する者である場合を除き,法学研究の世界を去るべき者だと思う。少なくとも,現代の情報社会におけるプライバシー法を研究する能力の重要部分に決定的な欠如がある。

以上を踏まえて考えてみると,オーストラリアにおける立法の動きは,ごく自然のことであると思われる。

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法と情報雑誌第2巻の正誤

法と情報雑誌第2巻の正誤表を更新した。

正誤表は,下記のサイトの一番下にある。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/index2.html

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より以前の記事一覧