2026年8月14日 (金曜日)

AIが裁判官や医師になれない致命的な理由に関する記事

本日,たまたま下記のブログ記事を読んだ。

 【技術史コラム】AIが「2003年」と冤罪をかけてくる時:裁判官や医師になれない致命的な理由
 週末は古墳めぐり:2026年8月14日
 https://kofunmeguri.hatenablog.com/entry/2026/08/14/000000

一つの見解だと思う。

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AIを離れて,一般に,「我」と「汝」を識別することは,必ずしも容易なことではない。

「我」を観測地点とする前提で考察しても,その場合の「汝」は既に「我」の主観の中に取り込まれ,記憶として再構成された「汝」なのであり,「汝」そのものではないからだ。その再構成の過程では,「我」による価値判断や評価に伴う「創生」が含まれる。「創生」された後の「汝」と,ある特定の歴史的時点で存在したと仮定される「汝」そのものとは本質的に異なるものだ。

相対性理論の場合と同じであり,常に確定できない問題の一つではある。

このようなことを踏まえて考えなければならないのだが,脳の耐性が弱いと発狂する危険性があるため,明治大学法学部教授として在職中においては,この点に関し,非常に頭脳明晰であり,脳に耐性があり,かつ,このような問題に関して強い好奇心を持っている学生にだけ細かい点まで説明し,様々な能力と個性をもつ多数の学生が混在している講義の中ではあまり触れなかった。

 

 

 

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2026年8月10日 (月曜日)

妄想スパイラル

下記の記事が出ている。

 AIとの会話から「新興宗教」が誕生、AIチャットボットがユーザーの妄想を増幅する「妄想スパイラル」とは?
 GIGAZINE:2026年8月10日
 https://gigazine.net/news/20260810-ai-religion-spiralism/

頭の悪い者に対してAIサービスを提供した事業者またはそのような企業の事実上の支配者に対しては,(人類の存在と尊厳を破壊する行為であるので)死刑とする法制度を世界レベルで確立すべきだと思う。

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過去数か月の間,法律分野に限らず,実に様々な分野における実際のAI導入を見てきた。

どの現場においても,例外なく,自信に満ちていた。私が生成AIに対して批判的だということを知っている担当者は,私に対して,終始「どや顔」を見せているような状態だった。しかし,どの事例においても,例外なく,根拠のない自信の一種だと確信できた。

要するに,ものごとの本質を何もわかっていない。

たぶん,生まれながらにしてものごとの本質を理解できる遺伝子をもっていないのだろうと推測されるので,非難または批判できない。それが当の本人の知的能力の限界なのだ。

いずれにしても,一般に,生成AIの導入によって多数の企業の従業者がどんどん白痴化している。救いようがない。

大規模自然災害や某国の大型ミサイルによる核攻撃等による大規模停電等によって,AIを利用できなくなり,人間による手作業が必要になっても,誰も手作業による事業継続性の維持を確保できないということを知ってからやっと,馬鹿な経営者は,自分の企業の従業者が本当は馬鹿ばかりだったということ及び自分自身も馬鹿だったということを思い知ることになるだろう。

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現場において,「本当はこういうことなのだ・・・」と説明したくなることがある。

しかし,大概は守秘義務の対象事項となっているので,一切合切,何も説明できない。

辛い・・・

あと数年,「単なる老人」の生活を続ければ守秘義務とも無関係な人間になれそうだということに期待したいのだが・・・・単なる期待に終わることになるかもしれない。

 

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2026年8月 3日 (月曜日)

法と情報雑誌79号

法と情報雑誌79号を作成し,Web上で公表した。

 法と情報雑誌79号
 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/LawandInformationMag_No79.pdf

この号には「規則(EU) 2021/1134 [参考訳] 」が含まれている。

 

[追記:2026年8月13日]

誤りが発見されたので,修正版と置き換えた。

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2026年7月21日 (火曜日)

法と情報雑誌78号

法と情報雑誌78号を作成し,Web上で公表した。

 法と情報雑誌78号
 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/LawandInformationMag_No78.pdf

この号には「コーネル大学探訪記 [再録] 」が含まれている。

[追記:2026年2月23日]

誤記等が発見されたので,修正版と置き換えた。

[追記:2026年2月27日]

誤記等が発見されたので,修正版と置き換えた。

 

 

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2026年7月17日 (金曜日)

Offloading

下記の論説が出ている。

 How AI is reshaping human skills and thinking
 American Psychological Association: July 1, 2026
 https://www.apa.org/monitor/2026/07-08/ai-job-skills-thinking

 

 

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2026年7月15日 (水曜日)

EUの「AI法」

EUの規則(EU) 2024/1689の表題の末尾には「 (AI Act)」と書かれている。

この括弧書きの部分は,正式の立法手続を経て定められた法定の公式略称を示すもので,EUの構成国の各国語版の表題ではそれぞれの構成国の公用語による略称が付されている。
それゆえ,法令の参照のために略称を使用するときは,この略称を使用しなければならず,例えば,英語では「AI Act」を用いなければならない。

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日本国はEUの構成国(Member State)ではない。日本語は,EUの公用語ではないので,EUの法令の公式の日本語版はない。

「AI Act」を日本語で表現するときは,EU法に含まれるどの分野の法令であっても齟齬のないように,整合性と一貫性を貫徹した翻訳が必要になる。

これまでのEUの法令の参考訳の作成作業の中で試行錯誤はあったが,EUの法令の略称の呼称に関し,「Act」は「法」と訳すべきであり,「Code」は「法典」と訳すべきだという理解に到達した。

略称ではなく,EUの法令それ自体の種類という意味での法形式としての「Regulation」は「規則」と訳すべきものであることに異論はない。

EUの「Regulation」を「規制」と訳す者は,「無知」と冷笑されることになる。
例えば,GoogleのAI概要は「EUの「AI規制法(AI Act)」は、人工知能(AI)に関する世界初の包括的な法的枠組みです」と表示されるのだが(2026年7月15日2:20現在),この表示内容は,明らかに「馬鹿」のレベルの誤りに満ちたものだ。もしこれが答案であるとすれば0点として評価するしかない。
生成AIを使用する人間がどんどん馬鹿になってしまうのは,このことにもよる。

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ところで,「規則(Regulation)」という法形式に「法(Act)」という法形式の略称が付されていることについて違和感をもつ人がいるだろうと想像される。

私の理解としては,現在のEUの基本条約(TEU,TFEU)を基礎とするEUの国家体制の下においては,基本的には「規則(Regulation)」と「指令(Directive)」という法形式を用いて立法が行われ,これらの法令の実装・適用のための細則に関しては,通常は「決定(Decision)」という法形式を用いた委任立法が行われる。しかし,EUの国家体制における統合性が更に進化し,米国と同じレベルで連邦政府及び連邦議会の権能が整ってくると,連邦政府としての立法の形式として「法(Act)」と「法典(Code)」が必要になるので,その意欲を示すものとして,現時点から「Act」と「Code」が使用されているのだろうと推察している。

いずれにしても,EUの規則(EU) 2024/1689の公式の略称は「AI法(AI Act)」なので,この規則の略称としては「AI法(AI Act)」以外の略称を使用しないというのが正しい。

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目下,過去に作成して公表したEU法の参考訳の改訂作業を進めている。情報法の分野における物理層に近い部分を制御するための法令の体系である通信法や大規模ITシステム関連法を優先的な分野としてその作業を進めている。情報法の物理層に関しては「情報社会の素描」の中で書いたとおりであり,そこで示した見解を改める必要性を全く感じていない。

その作業の中においても,一貫性と整合性を更に貫徹することを基本姿勢としている。

その一貫性と整合性の貫徹のための基本原則を文書化するとEU法の概説書になるだろうと思う。ただし,現在のところ,そのような概説書を書く余力はない。

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現在の日本国の大学におけるEU法の講義の大半は,実際の内容としては,国際法の亜流であってEU法ではない。

現在の日本国の大学におけるEU法プロバーの講義であっても,EUの憲法(Constitution)に相当するTEUとTFEUの内容を説明するだけの講義が主流ではないかと思う。

しかし,例えば,日本国法が憲法だけではなく,主要法令だけでも「六法」と表現される複数の法令(憲法,民法,商法,刑法,民事訴訟法,刑事訴訟法)で構成されており,これらの法令全部だけではなく更に多数の関連法令を正確に理解していないと日本国法を理解しているとはいえないのと同じく,EU法においても,基本条約(TEUとTFEU)だけではなく,主要な民事法,刑事法,民事手続法及び刑事手続法の全てに精通していないとEU法を理解しているとは言えない。

EU法の理解における一貫性と整合性は,そのような意味での主要な法領域全部に関する網羅的かつ正確な理解を基礎としてのみ成立する。

憲法は憲法だけで成立しているわけではなく,憲法に掲げられた基本原則を実際に実装・運用するためには,より具体的な行政法,行政手続法,民事法,民事手続法,刑事法,刑事手続法全部を理解する必要がある。
そうでなければ,国家の基本原則が実際にはどのようにして実現されることになっているのかを知らないまま,空理空論だけ述べていることになる。

主要な法領域全部の理解を得ることが必須であることは,法学研究の場だけではなく法律実務においても同じであり,例えば,日本国の司法試験においてどの試験問題に関しても満点またはほぼ満点の成績で合格することを目標にしていないと,単に「試験に合格しただけ」の人間に堕してしまうことになる。
そして,将来のことを考え,満点またはほぼ満点の成績で合格することを目標にし,それを達成できている者が優先的に重要な仕事のある職に採用されているという事実からも理解されることだろうと思う。

当の目標を達成した本人からそのような当たり前の事実が述べられることは,滅多にないまたは皆無に近い。それは,賢い人であれば誰でも「自慢している」と非難されることを避けようと考えるからだ。

あくまでも一般論だが,日本国では,「当たり前のこと」を述べると叩くというタイプの誹謗中傷があり得るため,公の場では正しいことを言えないことが少なくない。

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以上のような理解を前提とした上で,私は,これまで,基本的に全ての法分野に属するEUの重要法令を研究し,必要に応じて参考訳を作成・公表してきた。

明治大学法学部の教員であった当時における担当科目は「法情報学」だった。全ての法分野において一貫性及び整合性を維持して妥当する理論を探求するのでなければ,法情報学を専攻しているとは言えない。

それゆえ,大学教員を定年退官して「単なる老人」の一員となった後である今後においても,全法分野を対象とし,かつ,一貫性と整合性を貫徹するという姿勢を維持して調査研究活動を続行するつもりだ。

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EUのAI法(規則(EU) 2024/1689)に関しては,つい先日欧州議会が賛成の議決(立場表明)をした一部改正後の条文がEU官報によって公示され,間違い等が修正された時点以降にAI法の参考訳の改訂版の作成にかかる予定にしている。

ただし,老化による劣化が著しいため,確約はできない。実際問題として,私の最盛期の仕事の処理量と比較すると,現在の私は100分の1くらいの仕事しかこなせない。残念なことではあるが,事実を直視し,事実を踏まえて仕事をするしかない。

 

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2026年7月10日 (金曜日)

空理空論

サイバー法の分野には幾つかの流儀がある。

私は,物理層の重要性に着目し続けてきたので,「アシモフの原則の終焉」で提唱したように,サイバネティクスの本来的な意義に立ち戻り,生物と非生物を包摂する領域における法現象を考察する学問としてサイバー法を再構築すべきだと考え,そのようにしてきた。

法理論しか頭の中になく,ぺんぺん草もドジョウも触ったことのない無知・無教養・不勉強なタイプの職業法律家には無論理解できない世界ということになるのだが,「小が大を兼ねることはない」ので,仕方がないことだと思っている。

電子的な出来事に限って考察する場合であっても,例えば,電子データの自動処理やAIシステムの運用といったような出来事に関し「物理層が最も大事だ」ということを知らないと,「空理空論しか言えない阿呆」ということになってしまいかねない。

比喩として,企業経営で説明すると,経営者が世界最高峰のAIシステムを導入したとしても,その経営者が「その会社建物等の施設が物理的にどうなっているか」を全く知らないと,可愛らしい女性のような顔をしたAIエージェントと会話を楽しんでいる間に,白昼堂々,その会社の機器や備品等を全部盗まれてしまうというようなことになりかねない。

よりITに近い例で説明すると,例えば,石油の供給が停止するとICチップの製造・流通が困難になり,データセンターの運用も難しくなるので,それらの物体が正常に機能することを必須の大前提としているAIシステムも運用できなくなる。
そのような石油の供給が犯罪行為によって停止となった場合,処罰による対処を考えることも重要になってくるが,サイバー法や情報法の研究者の多くはそのような非電子的なまたはレガシーな犯罪のことをあまり考えない。
その結果として,犯罪行為による法益侵害を包括的に考察しないことに起因して,その罪数論が支離滅裂となることを避けられなくなる。
それが職業法学者であるのであれば,使用者から依願退職を勧奨されても仕方がないレベルのことかもしれない・・・

石油に関しては既に別のブログ記事を書いたし,イラン情勢やウクライナ情勢と関連する報道によって,そのような物理層の問題がいかに重要であるかを誰でも理解できるようになっていることだろう。

同様のことは,最もプリミティブな窃盗行為についても言える。例えば,下記の記事から何を連想できるかによって,真の意味でのサイバー法のセンスがあるかどうかを自己診断することができるであろう。

 窃盗団はデータセンターの「材料」に目をつけた。被害額は2億円超
 Business Insider:Jul 10, 2026
 https://www.businessinsider.jp/article/2607-cargo-thieves-stole-million-of-data-center-supplies-sheriff-says/

このような問題は,日本国においても既に多数存在している。ただし,刑法学者もマスコミも私が言うように理解し問題を把握しようとしないのだが,物理層を攻撃対象とする犯罪に適切に対処できないのであれば,上物である知財管理,情報処理,データ処理またはAIの領域の基盤部分を法的に(特に刑事法によって)保護していないというまるで間抜けな話しとなる。

親亀がこければ全部こけるので,物理層を守ることができないのであれば,情報財としての特許や著作権をいかに保護してもほぼ無意味な空理空論であることになる。このことは,AI法でも宇宙法でも同じ。

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以上に述べたことは,情報セキュリティの分野の専門家であれば容易に賛同できることだと思う。

情報セキュリティの分野においては,物理層の防護がいかに重要であるかを誰でも知っている。

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日本国の刑法の中で定められている窃盗罪,詐欺罪,横領罪には法定刑として死刑が定められていない。しかし,近隣の特定国のように,または,近隣の特定国の刑法を見習い,これらの犯罪に関しても死刑を定め,どんどん死刑判決を下し,その死刑判決を執行するようにしないと問題を解決することは無理だろうと思う。
もし近隣の特定国に親和的な法学者がこれまで死刑廃止を叫んでいたのであれば,初心に帰って勉強し直し,死刑推進論にならないと当該近隣の特定国の支配政党から(国の根幹となる政策を批判する者であるとして)敵視されることになるかもしれないということ,少なくとも友好的な者ではないとして扱われるようになることは覚悟しておいた方が良いと思う。

これらのこと全てを統一的に理解し,総合的に考察し,全体を包摂する政策論を提示できないのであれば,サイバー法や情報法のセンスが全くないと言えるので,今後,別分野で仕事をするように人生設計を変更した方が良いと思う。

私は既に退職者であり,単なる老人の一員に過ぎないのだが,凡人は凡人なりに死ぬまで勉強を続けるつもりなので,自戒をこめて・・・

 

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日暮れて・・・

『史記』の伍子胥列伝にある「吾日莫途遠」は復讐鬼の独白として解釈すべきものだと考えるが,それとは別の俗流解釈が日本国における一般的な用例においては基礎となっている。

さて,この私だが,無駄に年齢だけ重ね,少しも優秀になれなかった。相変わらず凡人のままだ。

しかし,凡人のままで,死ぬまで勉学を重ねたいと思う。それは,勉学が楽しくてならないからだ。

日が暮れようと暮れまいと,私には関係がない。

 

 

 

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2026年7月 5日 (日曜日)

cognitive surrender

下記の記事が出ている。

 AIの誤情報を疑うことなくそのまま受け入れる「認知的降伏」という状態に多数の人が陥っていることが明らかに、1372名の参加者と9000回以上の実験で
 GIGAZINE:2026年04月06日
 https://gigazine.net/news/20260406-cognitive-surrender/  

 意思決定をAIに委ねる人々…「認知的降伏」に専門家が警鐘
 Business Insider:July 5, 2026
 https://www.businessinsider.jp/article/2606-ai-reliance-decision-making-life-advice-cognitive-surrender/

そのとおりだと思う。

生成AIとSNSによって,人間はどんどん馬鹿になる。それらは,可及的速やかに禁止されなければならない。

 

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2026年6月26日 (金曜日)

AIは今回も何の役にも立たなかった

ここ数日,非常に大きな地震が連続的に発生している。震源地が近かったので,凄い上下振動があった。青森沖の大地震の際には気持ちの悪い大きな横揺れが続いた。

地震予測に関してもAIの応用が有効だという主張があり,それ相応の予算が計上されてきたようだ。

しかし,AIは地震予測には何の役にも立たなかった。

より正確に言うと,地震予測のような問題に関してAIが役立つことは最初からあり得ないことなのだが,そのことの証拠がまた一つ積み上げられたことになる。

今後も,AIは,地震を予測できない。

この分野のAIの応用に関しては,いくら予算を積んでも,全て浪費となる。

AIが成果をあげることができるのは,例えば,数学のような,完全に人工的な「閉じた世界」の出来事だけだ。完全な規則が存在する閉じた世界の中における数値計算であれば,計算可能なので,AIがその性能を発揮できる場合が多い。

しかし,データの探索に関しては,もし探索対象となるべきデータが本当は世界中に全く存在しないときは,何も計算できない。

未来に発生する「事実」に関するデータは,現時点では世界中のどこにも存在しないデータの一部だ。

そのような「事実」は,探索によっては発見できない。

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地震の微弱な振動等をキャッチするために日本国の沿岸の海底に設置されているセンサーは,そろそろ耐用年数が切れる頃ではないかと思う。

そのようなセンサーの群れによって組成される物理インフラなしには,どのような計算システムも「単なる箱」だ。そのような計算システムは,情報機関や警察組織等の神経組織的な構成要素を全くもたない政府と同じようなものであり,無力であるしかない。

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人間は,自分の身の回りのことでさえ何も知らないことが多い。その分野の専門家を標榜する者でさえ,実は何も知らないことが多い。

例えば,知的財産権分野の法学者の中でその人自身が音楽演奏家や美術・工芸品の作者としても名高い人(=芸術の本質を体現できる人)はどれだけいるだろうか?

環境法分野の法学者の中で道端の草や虫の名と生態を正確に知っており,それらの動植物の生態を理解し,それらの動植物を含む生態系全体を理解しようとしている人(=木を見て森も見る人)はどれだけいるだろうか?

無論,例外的な優れた学者は存在する。
しかしながら,一般的には,法の適用対象となる「事実」についてはほぼ無知であり何も知らないのに,単に符号列に過ぎない法理論や条文を暗記しているということだけで,自分のことを法学の専門家だと誤解してしまっている者の方が圧倒的に多い。

一般に,美術の本質を知らずに著作権を論じたり,現実に生きている動植物のことを知らないのに自然保護を論ずることが社会的にはどういうことなのかを冷静に考えてみるべきだと思う。

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無論,理屈いじりだけに終始するタイプの理論法学は成立し得る。

しかし,過去70年にわたる私の人生の中で見てきた内外の法学者に関する限り,「そのような理屈いじりに終始しているのに過ぎない」ということを自覚していない者,または,「そのような符合いじりだけは何も生み出さない」ということを自覚できていない者が決して少なくなかった。

これに対し,それを自覚できている法学者の場合,法の適用対象となる事実それ自体を知るための工夫と努力を重ねている人が非常に多かったし,そのような真摯な努力の中で生きている人間の存在それ自体も直視しようとしているので,教育者としても優れている人が多かった。

私は,そのような優れた人材を手本にしながら生きてきた。

私自身は,自分自身のことを「単なる凡人」に過ぎないと自覚している。

「単なる凡人」であっても,自分の職業上の専門分野と関係する限り,電子技術それ自体と直接に取組み,コンピュータプログラムを書いてきたし,また,音楽や美術に打ち込み,あるいは,野山を散策してどのような動植物のことでもほぼ全部頭に入っているようにすべきだと思い,そのようにしてきた。

そのようにして,「単なる凡人」なりにやれる限りの努力を尽くしてきた。

そして,「口先だけ」または「一人の人間でそんなことできるはずがない」との難癖や誹謗中傷を避けるため,見聞してきた結果を個人ブログに書き,公表してきた。
無論,神ではない人間のやることなので,間違い,誤解,錯覚等は生じ得るが,それを自覚する度に勉強し直し,観察し直し,訪問し直し,思考し直し,必要に応じて当該個人ブログ記事の誤りを訂正してきた。

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現在の私は,職業法学者ではなく,老いた年金生活者の一員に過ぎない。しかも,あとどれだけ生きられるか分からない。

しかし,趣味人は無敵だ。

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尊敬するニコラウス・アーノンクールは,その晩年において老いてますます燃え上がる情熱をこめて数々の楽曲を演奏し,その演奏を録音した。

アーノンクールは,もともと非常に優れた演奏家であったのだが,個々の楽曲が作曲された当時のように演奏すべきだという考えをもち,ありとあらゆる努力を尽くした。その影響は極めて大きい。かつてLPで購入した際に聴取したときには,「どうしてこのように演奏するのだろうか?」と疑問に思った部分もそれから何十年間かの人生経験を経て聴き直してみると,「なるほどそうだったのか!」と理解できるようになることがある。

アーノンクールは,モーツアルトの後期3大交響曲が全体として1個の器楽によるオラトリオ作品なのだという信念をもち,そのように演奏し,そのCD(Sony SICC 40279-80)を残してくれた。そのように理解することに関し,アーノンクールが「全体を知らなければ部分を理解できない」と述べていたというようなことが解説の中に書いてあった。そのとおりだと思う。

そのようなCDを可能な範囲内で順次購入し,じっと聴取する。

昨日は,2000年に録音されたJ.S.バッハの『マタイ受難曲』の全曲演奏のCD(Teldec WPCS-16198/200)を聴取した。ヴァイオリンの独奏が美しいメロディを奏でる第2部第10曲では,聴いていて涙がこぼれそうになった。

 

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