2019年4月18日 (木曜日)

清水克行『耳鼻削ぎの日本史』

下記の書籍が出ているのを見つけ,早速購入して読んだ。私は読んでいなかったのだが,2015年に別の体裁で出ていたものの実質的な増補・改訂版になる。非常に興味深い書籍であり,法を学ぶ全ての学生に一読を勧める。

 清水克行
 耳鼻削ぎの日本史
 文藝春秋 (2019/4/10)
 ISBN-13: 978-4168130809

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2019年4月14日 (日曜日)

EU: 人間中心のAIへの信頼を構築する委員会通知COM/2019/168 final

下記のところで公表されている。

 COM/2019/168 final
 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52019DC0168

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欧州評議会・サイバー犯罪条約(ETS No.185)の説明書の参考訳をWeb公開

かつて作成して公表した欧州評議会サイバー犯罪条約(ETS No.185)の説明書の実質的な改訂版にあたる参考訳を作成し,2016年12月に法と情報雑誌1巻6号に掲載して公表した。

なにぶんにも全部私1人だけでやっていることなので,誤訳,誤記,訳漏れ等が残存している可能性はあるが,昨今の状況に鑑み,Web公開の必要があると判断したので,Web公開することにした。

 Explanatory Report to the Convention on Cybercrime (Budapest, 23.XI.2001)
 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/Cybercrime%20Convention%20Explanatory%20Report%20Translation%20ver%202.pdf

ただし,参考訳作成の際の法解釈及び訳語等は2016年12月時点におけるものであり,現時点における法解釈や訳語等とは異なる部分があり、また、今後、関連法令の改廃や今後の研究の進展に伴い,何らかの改訂が加えられる可能性がある。後に誤記や誤訳等が発見された場合も同様である。それゆえ,この参考訳を利用する場合には,各自の責任において行い,かつ,必ず原文にあたって検討することを要する。無思慮にコピーして利用した場合の責任は,全てその利用者自身にある。

この参考訳は,以上のような意味での制約のある専門家向けの参考資料の一種であり,公式訳ではない。

法律上の制限に関しては,著作権法及び関連法令が定めるところに従うものとする。

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2019年4月12日 (金曜日)

ETIAS 規則(EU) 2018/1240の参考訳をWeb公開

EUの対外国境警備の分野におけるEUの現行の基本法令である規則(EU) 2018/1240の参考訳を作成し,2019年3月に法と情報雑誌4巻3号に掲載して公表した。

なにぶんにも全部私1人だけでやっていることなので,誤訳,誤記,訳漏れ等が残存している可能性はあるが,Web公開の必要があると判断したので,Web公開することにした。

  Regulation (EU) 2018/1240
  http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/EU%20Regulation%202018%201240%20Translation%20ver%201.pdf

ただし,この参考訳の冒頭部分に明記してあるとおり,翻訳の大前提となる法解釈等は現時点におけるものであり,今後の研究の進展に伴い,将来,何らかの改訂が加えられる可能性がある。後に誤記や誤訳等が発見された場合も同様である。それゆえ,この参考訳を利用する場合には,各自の責任において行い,かつ,必ず原文にあたって検討することを要する。無思慮にコピーして利用した場合の責任は,全てその利用者自身にある。

また,今回のWeb公開にあたり,原稿を見直したところ,誤りのある部分を発見した。今回のWeb公開のために,正誤表を公表した上で,原稿に修正を加えた結果,法と情報雑誌上で公表した印刷版とは若干頁数が異なっている部分が生じた。それゆえ,このファイルの内容を引用する場合には,「Web公開版」の参考訳である旨を明記する必要がある。

この参考訳は,以上のような意味での制約のある専門家向けの参考資料の一種であり,確定訳でも公式訳でもない。

法律上の制限に関しては,著作権法及び関連法令が定めるところに従うものとする。

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2019年4月 8日 (月曜日)

AIの倫理委員会?

下記の記事が出ている。

 Google scraps AI ethics council after backlash: 'Back to the drawing board'
 Guardian: 5 April, 2019
 https://www.theguardian.com/technology/2019/apr/04/google-ai-ethics-council-backlash 

誰から見ても「倫理的な人」が本当に存在するのだろうか?

 

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2019年4月 1日 (月曜日)

太平御覽:人事部一百三十三

「齊書曰 江謐 字令和 濟陽考城人也 為長沙內史 行湘州事 政治苛刻 僧道人與謐情款 隨蒞郡 犯小事 餓系獄 裂二衣食之」とある。

なお、全唐詩卷二百七十三・和汴州李相公勉人日喜春は以下のとおり。作者は戴叔倫(732年~789年)とされ、日本国では天平の頃の人である。

 年來日日春光好 今日春光好更新
 獨獻菜羹憐應節 遍傳金勝喜逢人
 煙添柳色看猶淺 鳥踏梅花落已頻
 東合此時聞一曲 翻令和者不勝春

また、唐の玄宗李隆基作とされる春日出苑遊矚は以下のとおり。

 三陽麗景早芳辰 四序佳園物候新
 梅花百樹障去路 垂柳千條暗回津
 鳥飛直為驚風葉 魚沒都由怯岸人
 惟願聖主南山壽 何愁不賞萬年春

当時における文芸のテンプレートのようなものであり、万葉集の梅花の歌もそれにならうものと思われる。

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2019年3月29日 (金曜日)

EU: EDPB Opinon 5/2019

下記のところで公表されている。

 Opinion 5/2019 on the interplay between the ePrivacy Directive and the GDPR, in particular regarding the competence, tasks and powers of data protection authorities
 EDPB: 12 March, 2019
 https://edpb.europa.eu/sites/edpb/files/files/file1/201905_edpb_opinion_eprivacydir_gdpr_interplay_en_0.pdf

日本国の個人情報保護法制の下ではほとんど無視されているのも同然だが,今後,明らかに,DPOの役割と存在価値が高まる。

少なくとも,EU域内で事業を営む日本企業は,明確なポリシーと組織構成を構築し,正確に対応しなければならないだろう。

 

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2019年3月28日 (木曜日)

公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団編『古墳人、現る-金井東裏遺跡の奇跡』

荷物が届いているはずの時刻(午前11時頃)に届いていなかったので,三省堂本店まで出かけてぶらぶらしていたら,下記の書籍が刊行されているのを見付け,早速読んだ。非常にわかりやすく,写真も鮮明で,2時間ほどで精読できた。

 公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団編
 古墳人、現る-金井東裏遺跡の奇跡
 上毛新聞社出版部 (2019年3月28日)
 ISBN-13: 978-4863522312

良い本だと思う。これ以上詳しいものを読みたければ専門家向けの正規報告書を読むしかない。

何度か書いてきたとおりなのだが,日本国の古代史は根本的なところで全部書き換えられるべきだと思う。特に唯物史観は良くない。

ちなみに,当の荷物は16:00頃に到着した。やれやれという感じなのだが,転勤や異動の季節なので混んでいたのだろう。

 

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2019年3月26日 (火曜日)

pacta sunt servanda

「pacta sunt servanda」は、ローマ法の格言の1つであり、法理論の基礎をなすものである。日本国の大学法学部においては基本的な概念として必ず習得しなければならない概念の1つであり、それを修得していない者は法学を学んだとは全く認められない。


この概念は、政治学における契約説を採用する場合においても重要である。とりわけ、EUは、諸条約により、政治学上の契約説を必須の前提として統治組織と統治の基本原理を定めており、それらがEUの基盤理念、すなわち、「共通の価値観」を構成している。逆から言えば、「pacta sunt servanda」を知らない国、または、それを無視する国は、EUと基本的な価値観を共有できない国であることになる。


このことは、アメリカ合衆国においても基本的には同じである。アメリカ合衆国の独立宣言及び憲法は、そのことを明確に示している。これらの事項は、日本国の法学部または政治学部においては基本的な概念として必ず習得しなければならないものの1つであり、それを修得していない者は法学または政治学を学んだとは全く認められない。


かつて、上記のような意味における共通の価値観を共有できない国または人々のことを西欧人は「蛮族」と呼んだ。とりわけ、約束または契約の拘束力を知らない人々は、「蛮族」として扱われた。


では、日本国は、明治維新の折、どうして「蛮族」として扱われることを免れることができたのであろうか。


それは、仮に内容的に不条理なものであっても国際的な約束を遵守し、債務があれば、自助努力によってその債務を完済したからにほかならない。そして、そのようなことに精励できた精神的背景としては、「決まったことは決まったことだ」と認識して受容する精神的風土が存在していたからだと考える。


そのような精神的風土は、江戸時代以降の朱子学の影響としても理解可能かもしれないが、少なくとも『古事記』や『日本書紀』や『続日本紀』を読む限り、遅くとも律令制が確立された時代にはそのような観念がかなり広範に存在していたと考える。それが成立した背景事情に関しては諸説あり得るであろう。私見としては、朝廷の軍事組織による攻略と屯田という歴史が存在したからそうなったのだと考えている。


極めて繁忙な仕事の合間に、長い年月をかけ、全国各地の遺跡(特に古墳)を実際に見て回り、その遺跡発掘記録や調査報告書の類を精読してきた。もしかすると例外が存在するかもしれないが、大型古墳からは、(遺物が残存しているときは)必ず、太刀(直刀)等の刀剣類、兜、冑、弓矢等の武器・防具、馬具、支配地(屯田)の耕作に使用したと推定される農具、そして、(残存しているときは)男性の遺骨等が発掘されている。それらは、細部の相違はあるかもしれないが、基本的には、ほぼ同じ時代のものについては類似点の多い(または、全く同じ)特徴をもっている。非常に身分の高い者のものと推定される古墳から出土する極めて高価な素材を用いた装飾品の例は結構多数あるが、そのようなものを除くと、一般的には、現代では司令官クラスまたは部隊長クラスに相当する武人の墓であると推定すべきものが圧倒的に多い。これらは、土着の豪族が成長し、武器・防具等を朝廷から下賜されたものと推定するよりは、征服者である武人が駐屯(屯田)し、その地の征服後の初代の支配者となった証として保有していた(または、子孫に伝承された)ものと推定するほうが合理的である。つまり、遅くとも歴史時代の日本国(倭国)は、最初から武家社会として存在していたと考えるのが正しい。神武天皇の事績に関する神話は、そのことを象徴化するものであると言える。神武天皇の事績は、武力により征服し、征服地の統治を確立したということに尽きる。『常陸國風土記』にあるヤマトタケルの伝説もそうであり、それ以外の『風土記』にある天皇親征の事績も全て同じである。正史『三国志』にある邪馬台国に関する記述も基本的には同じ構造をもっている。その点において、唯物史観は全面的に排除されるべきである。


そのような歴史的背景があるとはいえ、GHQによる支配下において徹底した非武装化及び民主化が進められた後、現代に至るまで、「決まったことは決まったことだ」という基本観念は維持されていると考える。


そのような素朴なレベルにおける基本観念として、「pacta sunt servanda」を知らない国、または、それを無視する国は、現在の日本国との関係においても、基本的な価値観を共有できない国または人々であると理解すべきであろう。


(余談)


かつて高名な某教授は、法学部の期末試験問題として、「契約を破る自由」について論じさせる出題をしたことがある。


私としては、「契約を破る自由はない」と書けば良いと理解している。無論、これだけでは十分とは言えないが、その理由をきちんと述べることができれば、当然、合格答案となる。すなわち、「pacta sunt servanda」である。

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2019年3月20日 (水曜日)

東京には大型の前方後円墳が多数存在した可能性があるか?

別のことを調べていて,たまたま下記の記事を読んだ。非常に興味深い。私見としては,関東地方のほうが近畿地方よりも圧倒的に多数の前方後円墳が存在したと推定している。何しろ立地条件が全く問題にならないくらい異なる。関東地方は広大であり、古墳時代当時において海または内海または湿地だった地域を最大限除外して考えたとしても、近畿地方と比較して、牧畜にも、農耕にも、墳墓の造営にも適した地が圧倒的に多い。
南武蔵勢力の本拠地は東京都心?
落合道人 Ochiai-Dojin:2015-04-24
https://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2015-04-24
「百八塚」の面影を多摩川段丘に見る。
落合道人 Ochiai-Dojin:2014-09-05
https://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2014-09-05
古代の下落合に「大王」はいたか?
落合道人 Ochiai-Dojin:2009-03-28
なお、この関連で、ときどき訪問している「しばやんの日々」の関連記事も読んだ。
世界最大級の墳墓である「仁徳天皇陵」が誰の陵墓か分からなくなった経緯
一般に、山川の日本史教科書だけではなく、事実を事実として認めると自己の学術上の存在理由が完全否定されてしまうと考えるようなタイプの人々は、事実を事実として認めるわけにはいかないので、こういうことになるのだろう。
科学または学術というものは、本来、将来の新たな知見によって否定されるために存在しているようなものなので、それを絶対不可侵の完全な知識のように信じ込むようなことは異常心理の一種として理解されるべきなのだが、現実にはそうなっていない。なぜなら、非常に人間的な様々な欲望や利権と密接に結びついていることや、自己承認欲求の強すぎる人々が少なくないからだ。
それゆえ、これから学術を極めようとする若い人々は、権威、経歴、地位、資金力等によって当該学者の価値を判断してはならない。当該学者の学術の成果としての論文や作品それ自体から評価し、自己の人生を決定すべきだ。


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