2026年3月 9日 (月曜日)

感謝

法と情報研究会の第5回公開研究報告会を無事に終えることができた。

ご参集くださった方々には心から感謝申し上げる。

研究報告の後,花束を2つも頂戴した。とても嬉しい。

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法と情報研究会は,明治大学法学部の教員及び元教員を構成者(member)として,私が企画し,創始し,代表として運営してきた研究組織。

本質的には私が主宰する私的研究組織なのだが,明治大学法学部における情報法,サイバー法及び法情報学担当者の研究能力を更に高め,今後を担う良い人材を育成するという観点から,関連科目の担当教員に広く声をかけ,相互に協力しながら研究活動を継続してきた。
非公開の研究報告会として「話題提供会」という名称の小研究会を多数回開催すると同時に,公開の研究報告会も開催してきた。

法と情報雑誌は,法と情報研究会の研究活動を公表するための媒体となる学術雑誌であり,国立国会図書館に納本されている。
法と情報雑誌へのこれまでの寄稿者は,私以外には,丸橋透先生と小西知世先生。

私は,2026年3月31日で定年退職となる。その後についてあれこれ考えてきたが,今回,会員各氏(特に丸橋透先生及び金子敏哉先生)の協力によって第5回公開研究報告会及びその懇親会の準備が進められてきた経緯等に鑑み,そのような運営体制で今後も継続することにした。

会員からの十分な協力が得られないときは,研究組織として継続する意味がなくなるので,いったん解散した上で,別の構成者によって別の研究組織を企画し,創始するつもりでいた。

今回,会員からの十分な協力が得られたことには深く感謝する。

今後,私が蓄積してきた業績よりも多数のより優れた業績を公表する研究者が出現したときは,いつでも法と情報研究会の代表の立場を移転するつもりでいる。

私は,凡人の一員に過ぎない。凡人の一員に過ぎない私よりも優れた人材であれば,非常に容易に私の総業績を乗り越えることができるであろう。

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判事補当時の某任地において自動車運転免許を取得し,BMWを購入して運転するようになった。

法定または指定の速度制限を厳守して走行していた。現実には,速度制限を厳守すると逆に迷惑走行のようになってしまうため,制限速度を厳守して走行する自動車など滅多にいない。

当時,その様子を見て,「速度違反しない外車がいる」と評判になっていたらしい。私は全く知らなかった。

研究会の会場で,ある方と挨拶を交わした。その方とは初対面。その方は,私がその任地で勤務していた当時には中学生であり,そのように話題にしていたとのこと。

驚きだ!

世間は広いようで極めて狭い。

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元のゼミ生や大学院生等も多数参加してくれた。

いずれも社会人として大いに活躍していることを知り,とても嬉しく思った。

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懇親会の場では,私の後任となる佐野智也先生から挨拶があった。佐野先生は,今後,法と情報研究会の会員に加わることになる。

一般に,法情報学に関し,法情報の検索や法情報データベースの構築だけがその任務だと勝手に狭く思い込んでいる勉強不足の人々がかなり多数存在する。
しかし,それは,明らかに誤りだ。私の全業績を精読すれば,中学生以上の知能の持主である限り,誰でも容易にそのことを理解できる。

そもそも法情報の構造の解明,機能と作用の分類に関しては,私がパイオニア的な研究成果を出してきたとはいえ,まだまだ精錬されたものではないので,誰かが更に研究し,その研究成果を明らかにしなければならない。そのような検討が正確になされなければ,目的(政策等)と手段(法令等)との論理関係の整合性や仕組みとしての実効性・効率性・経済性・相当性などを計測できない。

加えて,私は,法令や判例のような典型的に法情報だと理解されている情報以外の情報に関しても,帰納法の観点と機能論の観点から,法情報としての位置づけを試み,その検討結果を明らかにしてきた。
このような作業を経なければ,法情報の真の効用が見えてこない。

佐野先生は,私がこれまでやってきたことと類似した視点から続々と極めて優れた研究成果を着々と公表されている。

明治大学の「法情報学」の未来はとても明るい。

2026年度の学生として在籍している明治大学学生の中で「とにかく勉強したい」と熱望している学生は,佐野先生の授業を受けるべきだと思う。
きっと,現代の情報社会を基盤として正しくものごとを考える力を得るきっかけと遭遇できることだろう。そして,それによって,GPTの安易な使用や濫用に起因する頭蓋骨内の空洞化を避けるための自分なりの方法論を得ることができることだろう。

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今後約2か月間にわたり,退職に伴う諸手続や研究室の原状回復などに忙殺されることになる。

それらが問題なく片付いたならば,(その時点における家庭内の状況次第ではあるけれども,もし可能であれば)2泊~3泊程度の国内旅行をしたいと思っている。

 

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2026年3月 8日 (日曜日)

法と情報研究会:第5回公開研究報告会

法と情報研究会の会員各氏(特に丸橋透先生及び金子敏哉先生)の協力により,研究報告会及び懇親会の準備が進められてきた公開研究報告会の開催日となった。

 法と情報研究会:第5回公開研究報告会
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/02/post-f83d25.html

懇親会にも多数の方の参加がある予定。

 法と情報研究会:第5回公開研究報告会の懇親会
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-ff8693.html

研究報告のためのレジュメや資料等は,ここからダウンロードできる。このネット公開のための作業に関しては,金子敏哉先生に大変お世話になった。

なお,報告者の研究報告には日本国著作権法及び関係各国の著作権法の適用がある。報告内容等の二次利用等に関しては関係する著作権法の条項に従わなければならない。

 

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2026年3月 7日 (土曜日)

明日は法と情報研究会公開研究報告会

法と情報研究会の会員各氏(特に丸橋透先生及び金子敏哉先生)の協力により,研究報告会及び懇親会の準備が進められている。まことにありがたいことだと思う。

 法と情報研究会:第5回公開研究報告会
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/02/post-f83d25.html

懇親会にも多数の方の参加がある予定なので,とても楽しみにしている。

 法と情報研究会:第5回公開研究報告会の懇親会
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-ff8693.html

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明日(2026年3月8日)に迫った研究報告の準備を終えることができた。

研究報告のためのレジュメや資料等は,ここからダウンロードできる。

このネット公開のための作業に関しては,金子敏哉先生に大変お世話になった。

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定年退職にあたり,明治大学法律論叢の古希記念論文集を辞退したので発行されていない。
このことについてある方から質問を受けた。
「古希ではない者に対して古希記念論文集を献呈するのは失礼にあたるのではないでしょうか?」と返答した。私は,まだ69歳であり,古希ではない。

最終講義を実施する予定がない。このことについてもある方から質問を受けた。
私は(奴隷となる)弟子というものをつくらなかった。ゼミの学生等に関し,私の考えと違っていても全く構わないし私に対して批判的であってもよいので,自分なりに調査し,検討し,考えることのできる人間を育てることを心掛けた。奴隷をつくって威張っていても少しも立派なことではない。
最終講義というものは,真に偉大な先生が退職のときには関係者が率先して設定し、お世話して実施するものなのでそれはそれで名誉なことだと思う。
しかし,そうではない場合もあり得る。
私の場合,単なる凡人の一員であり,「偉大な先生」であるはずがない。凡人に過ぎない私から最終講義の開催準備を誰かに頼むというような恥ずかしいことはしない。

ただし,EUの最新法令を素材とする法情報学の講義を続けてきたので,その総決算のような意味での小論考をまとめ,規則(EU) 2022/1925(デジタル市場法)の解説を書いた。

 規則(EU) 2022/1925(デジタル市場法) [参考訳]
 https://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/LawandInformationMag_No70A.pdf

「私の最終講義を聞きたかった」と思う人がもしあるのであれば,この参考訳の冒頭解説部分を精読し,その中で示されている関連サイトのコンテンツを読んで欲しい。

その解説の内容の一部は,法とコンピュータ学会の講演でも紹介したとおり。

 法とコンピュータ学会第50回記念大会
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-ed950c.html

 

 

 

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2026年3月 3日 (火曜日)

法と情報研究会:第5回公開研究報告会の懇親会

法と情報研究会の会員各氏(特に丸橋透先生及び金子敏哉先生)の協力により,研究報告会及び懇親会の準備が進められている。まことにありがたいことだと思う。

 法と情報研究会:第5回公開研究報告会
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/02/post-f83d25.html

私自身は,3月31日に迫った定年退職と関係する諸手続き及び諸々の雑事や引越業者関連の手続等に加え,確定申告の手続などもしなければならず,さっぱり何の準備もできない状態が続いている。

ただし,研究報告内容と密接に関係する事項について定めている規則(EU) 2021/694に関し,同規則の極めて重要な法改正を踏まえて内容を再検討し,また,今後の動向予測を可能とするための最新の法案等の説明を付加することによって,同規則の参考訳・改訂版を作成し,公表することができたので,一応,最低の質を確保することは可能だろうと勝手に自己評価している。

 法と情報雑誌74号
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-e666a5.html

新保史生先生が作成してくださったリストを検討し,(守秘義務があるために)私だけが知っている翻訳文等を加えて再計算してみたところ,これまでの人生で総計約600本の海外法令(主に米法及びEU法)の翻訳文を作成したことになることを改めて自己認識した。実は,正確な数を知らなかった。

私は,特に能力が優れているわけではなく,凡人であり,決めた勉強を粘り強く続けることくらいしかできないのだが,これだけの数であれば,世間に対して何らかの貢献をしていることにはなるのではないかと思う。

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金子敏哉先生が管理している懇親会参加者のリストを読むことができた。30名以上の人々が参加予定のようだ。

その中には,かつての学部のゼミ生やかつて大学院で指導した学生等の名も多数確認できる。
私のようなつまらない人間のためにかつての学生諸氏にも参加してもらえることを知り,とても嬉しい。感涙という状態になる。

過去数年間,私自身の老化による劣化のために体力が大幅に減退していることに配慮し,また,家庭内の事情(老親の介護等)に伴う問題の発生を避けるため,様々な会合の後の懇親会への参加を極力避けてきた。

しかし,今回は,懐かしい人々との懇親のため,想定されるリスクを考慮に入れた万全の態勢で,第5回公開研究報告会の懇親会に参加しようと思う。

なお,懇親会場の参加登録が2026年3月6日まで延長されたとの連絡を受けている。

 

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2026年2月12日 (木曜日)

法と情報研究会:第5回公開研究報告会

新型コロナの関係及び諸般の事情のため,法と情報研究会の公開研究会を開催できない状態が続いていたが,丸橋透先生をはじめ会員各位の協力により開催準備が進められ,2026年3月8日に第5回公開研究報告会を開催できることとなった。

私も研究報告することになった。雑駁な内容のものしか準備できないが,『ネットワーク社会の文化と法』の中で提示した幾つかの仮説が,仮説提示後30年を経過した現在,全部正しかったということが事実によって証明されたことを宣言し,かつ,これからの法学は何をすべきなのかに関する私見を提示する内容の研究報告としたいと思う。

開催要領は,下記のところで入手できる。

 第5回公開研究報告会
 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/LawandInformation_5thConference.pdf

 

追記:2026年3月5日

懇親会の参加申し込み期限は,2026年3月6日まで延長されている。

 

 

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2025年11月30日 (日曜日)

法とコンピュータ学会第50回記念大会

昨日(2025年11月19日),早稲田大学小野記念講堂において,「法とコンピュータ研究 半世紀の歩み」と題する記念大会が開催された。

私自身は,ビル・ゲイツとほぼ同年齢であり,30歳の頃からコンピュータによるデータ処理という法的課題と取組み,裁判官在任中から多数の論文を書き,主として判例タイムズ誌上において公表した。そのことに関しては,故倉田卓次氏に大きな恩がある。そして,1993年にそれらの論文をまとめた『裁判実務とコンピュータ』を刊行した。
約40年間,このような法的課題と付き合ってきたと言える。

法とコンピュータ学会は,既に退会している。その原因は,非常に親しいごく数名の方しか知らない。
当時理事長だった野村豊弘先生からは随分と慰留されたが翻意しなかった。
野村豊弘先生には大変お世話になっており,特に,フランスにおける伝統的な民法教育がどういうものであったかということ,そして,動植物における系統分類学の基本に精通することが法学研究の基礎であるということを教えていただいたという学恩がありながら,誠に申し訳ないことしたと思っている。

さて,今回の研究大会では,法とコンピュータ学会の会員ではないけれども元理事も担当した研究者として招待講演という位置づけにより,丸橋透教授との対談形式により講演を行った。

与えられたテーマは,「プラットフォームと法-誰のための?」。

丸橋透先生から依頼を受け,もし断ったらどういうことになるかという説明を聞いた上で,受諾することにした。
丸橋透先生には様々なことで大変お世話になったので,基本的に断ることができない。

この講演内容の記録化に関しては,事前に事務局からビデオを公開して良いかという問合せがあったので,録音内容からの文字起こしのために使用することは許諾するが,それ以外の目的のために使用することは許諾しないと回答してある。

AIにより(様々な違法な目的のために)改変された内容の画像,動画,音声等があっという間に流通してしまう時代なので,どの組織・団体においても,そもそも録画・録音を禁止することが重要であり,万が一にも録画・録音の類が流通した場合には,当該流通させた者を業務妨害罪により長期間服役させるような仕組みを整えることが重要だと考える。基本的に禁止されているのであれば,録画・録音の類が流通しているというだけで,直ちに,その違法性が推定されることになる。

何でもかんでもネットで流通させることは「知識の窃盗集団」を利するだけなので,良くない。

この講演内容は,後日,整理・推敲した上で,法とコンピュータ誌上で掲載されることになる。

対談の中で,丸橋透先生から「誰のための?」という副題の種明かしをするように示唆を受けたが,明確な種明かしはせずに実質にそれに相当する説明を行った。
その種明かしは,下記のところでより明瞭に示唆されている。

 スパイに身も心も捧げる行為
 Cyberlawブログ:2025年11月18日
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-fd22ee.html

対談の中では,最近のEU,米国,カナダの立法動向に関する話題にも触れた。
米国の現大統領の動静や中国政府の動向等が非常に流動的な状態にあるので,来月には全く別の政治的・経済的状況になっている可能性がないわけではないけれども,丸橋透先生と共に,現時点におけるベストの見解を示すことができたと思う。
丸橋透先生から質問があったので,(特に若年の)児童に対するSNS及びGPTの禁止・抑制に関する世界動向とその理由についても述べた。

インフラとしてのプラットフォームが独占的地位を確立すると,人類全体に対する最大の脆弱性要素となってしまうので,全人類によるリスク管理が必要になる。つい最近の事例も含め,その例証となり得るような大事故が連続して起きている。

結局のところ,かつて,IBMによる極端な独占と集中の弊害が非難され,MicrosoftやAppleのような超分散型のスタンドアロンPCや業務用の中規模ネットワークとワークステーションが台頭したけれども,それらの企業が離合集散を繰り返しながら,結局は,かつてのIBMと同じような立場を確保してしまっているので,結局のところ,初期の頃にMicrosoftやAppleからIBMに対して発された非難がそのままMicrosoftやAppleに妥当するような状況となっている。

野心と欲望を全面的に是認すると,誰がどのようにやっても,結局同じことになるという「性悪説」が基本的に正しいということを,人類は,約50年かけて実証してきたのだと言い得るかもしれない。

EUの規則(EU) 2022/1925(デジタル市場法)に関しては,細かな解説をしている時間的な余裕はないと判断していたので,その参考訳の解説の中で事前にやや詳しく解説を書き,EUの関連法令及び日本国の関連法令との対応表のようなものを作成して収録しておいた。講演の中では,基本的には,その対応表を読んでほしいということだけを述べた。

 法と情報雑誌70号(第1分冊)
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-24085c.html

いずれにしても,(会場に参加していた各分野の方々の顔に泥を塗るような話題や表現は,私の認知症の症状によるものとして,全部ぬるぬると避けた上で)言うべきことは一応全部言ったと判断した。

この大会を実行するに際し尽力のあった事務局の方々には深く御礼申し上げる。

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現在の私は,サイバー分野におけるEU法の読解と参考訳の作成にかなり多くの時間を割いている。かつて椙山敬士先生から御教示を受けたことが契機となり,EU法の読解と可能な限り精密・正確な訳文の作成に真面目に取り組むようになった。
この講演の中でも椙山敬士先生に御礼を述べた。

一般に,学者は,誰か先人からの示唆によって啓発され,先人の業績に敬意を表しつつそれを理解し,新たに自分自身の脳機能構造を構築し,誰にも負けない脳神経回路網を創生することによって生きている。
それは,全く符号化されておらず,符号化されることもない経験の一種として記憶されている部分を含むので,AIによって模倣できない。エンジニアが模倣できたと思ったとしても,そのエンジニアが馬鹿だからそう思うというだけのことであり,原理的にその模倣は不可能なことだ。

私は,自分自身の重大な転機の原因となる示唆を与えてくださった先人には敬意を表する。

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あくまでも一般論として,AI関連のエンジニアの中には,基本的な教養が十分に具備されていない者が存在する。それらの者は,創生の本質を全く知らない。それゆえ,先人の努力や貴重な成果に対して敬意を表する必要性も理解できない。

そのような無教養なエンジニアやCEOが存在することそれ自体が,人類全体に対して敵対的な状態になっていることさえある。

だから,そのような者のほぼ全員が,大規模かつ自動化されたパイレーツマシンとしてのLLMを基礎とするAIシステムの開発に従事・関与することによって巨額の報酬を得ようとする傾向がある。それは,必然であるとも言える。

彼らは,仏教でいうところの餓鬼の世界の中に居住している。

 

 

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2023年12月10日 (日曜日)

情報ネットワーク法学会第23回研究大会の講演を終えて

昨日の講演を無事に終えることができた。

とても大勢の方が来場しており,びっくりした。

来場者の中には若い方もたくさん含まれていた。丁寧にメモをとったり,考えたりしている方が多かった。勉強熱心なのだと思う。
私の講演内容は,既に過去の人間となってしまっている老人の回顧または戯言のようなものに過ぎないものではあるが,そのような若い方が,私の過去の思索の残骸の中から何らかのヒントを得て,そこから,今後の新たな学術を生長させることに寄与できたとすれば,少しは世間のために役立ったのではないかと思う。

講演会場では,これまでの研究生活の中で深く関わりのあった方々とも本当に久しぶりにお会いできた。よかった。

講演の最中は,PPTの画面切替等について,予定外で某先生に操作のお願いをすることができ,そのおかげでスムーズに講演を進めることができた。心から感謝する。

そして,会場の設営や運営その他の仕事を担当していた方々からとても親切にしていただいた。心から御礼を述べる。

講演を終えた後,諸般の事情のため,JRの電車で帰宅した。かなり疲れていたらしく,帰路の電車の中では到着駅のすぐ手前の駅になるまで熟睡してしまった。あやうく乗り過ごすところ・・・

悲しいことではあるが,老化による劣化には勝てない。

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講演終了直後,結構多くの方から挨拶を受け,また,直接に質問等も受けた。

その中には法解釈学の専門家ではない方もあり,論文を書いても法学者になかなか読んでもらえないとのことだった。

その場で回答できることとそうでないこととがあるので,必要に応じて自分なりに最善と思われる対応をした。

ここで,あくまでも一般論として,このことについてちょっと付言しておきたいと思う。

例えば,工学系の研究者等の書いた論文が法解釈学を専門とする法学者になかなか読んでもらえないことがあるというのは事実だと思う。

それは,実に様々な原因による。その全てのパターンを解説することは無理なことなので,代表的と思われる2つのパターンについてだけ述べることにする。

ここでは,仮にその工学系の専門家の論文のテーマが具体的な事象Aであり,依拠する自然科学上の理論がXだと仮定する。

(パターン1)

一般的な法学者は,事象Aを含む種々雑多な要素事実集合を前提として法学理論を調査,研究,構築するのであり,特定の限定的な現象に過ぎない事象Aだけを対象として適用可能な法令を研究する法学者は,基本的に存在しない。

例えば,ある種類に属する工作機械の仕様や性能と関係する行政規制に関する法令が存在する場合,そのような工作機械全部を含む特定のグループの工作機械に関する規制法令に関する法学研究は存在し得るが,たぶん稀であり,普通は,種々雑多な工作機械全部を想定した行政規制一般について「法規範」(=当為≠存在)の調査研究をするのが法解釈の主流である。ここでは,個々具体的な工作機械の特性やその特性を基礎付けている物理法則や工業上の技術仕様等は全て捨象される。「どうあるべきか」という当為が問題なのであり,当該個別具体的な工作機械がどうして動作するのかという工学的側面は法解釈学上の調査研究の対象とはならない。

だから,一般的な法解釈論を前提とする限り,当該工学系の専門家の書いた論文を引用する必然性と遭遇することがない。特に,特定の法学理論を公理として,演繹法により応用理論を展開するだけのタイプの法学者では,ほぼ100%の確率でそうなる。

同じ理由により,事象Aに触れる必要のない研究テーマで法学論文を書こうとする法学研究者は,事象Aと関連する先行研究を調査・検討する必要がなく,当該先行研究が根拠とする理論Xについて考察する必要もないので,特に意図的に無視しているのではなくても,当該工学系の研究者の専門家の論文に触れる必要性がない。

このことは逆から考えてみても同じであり,例えば,極めて特殊な特定の種類の工作機械の振動特性というような事象を研究テーマとし,精密な測定を基礎とする実験結果を論証のための根拠とし,その論証が成立するための論証として工学上の極めて特殊な理論に依拠して研究論文を作成しようとする場合,民法の意思表示の到達と関連する極めて特殊な法学専門論文を参照する必要性は全くないし,引用すべきでもない。

このことは,当該工学系の専門論文の対象が専門的なものであれば専門的なものであるほど発生し得ることである。

では,そのようなタイプの工学系の専門論文が法学者にとって全く無用のものであるかと言えば,それは場合によるとしか言いようがない。

例外的に,当該の法学研究者が演繹法ではなく帰納法を重視し,時間がかかっても網羅的に関連論文を全て読み理解しようとするタイプの研究者である場合には,少しでも何らかの関係があると推測できれば,ここで述べているような意味での工学系の特殊分野の専門論文であっても読むし,それを理解するためにその分野の基礎を独学により大急ぎで完全にマスターするだろう。そのようなタイプの法学研究者の場合,工学系の専門論文であっても法学論文の中で参照・引用されることはあり得ると考えられる。
ただし,現実にそのようなことが発生する確率は,極めて小さい。それだけの極めて高度な能力をもった法学研究者は,かなり稀にしか存在しない。私は,明治大学の講義の中で,穂積陳重と牧野栄一の代表的な著作には一応目を通し,自分なりに考えてみるように指示しているのだが,例年,その指示どおりに大学図書館に通い,熱心に精読する学生は1~2名程度となっている。

他方において,当該分野について正確なところはよくわからないけれども,先見性のある優れた論文であるかどうかを見分ける能力をもつ極めて優れた人々は,どの分野にも存在する。
もし(偶然であっても)そのような人の目にとまり,高評価を得ることができれば,何らかの幸運が拓ける可能性はあるのではないかと思う。
ただし,どんなに有能な人でも万能者ではないし,誰に対しても親切に扱うべき義務を負っているわけではないし,自由に使える時間が限られているので,著書や論文を献本しても,何らかの見返りや幸運があると期待してはならない。

一般に,人生は,実力だけで勝ち取ることが難しい。コネや金(賄賂)だけでうまくいくとも限らない。努力の積み重ねが必ず報われるという保証はない。

天(運)が助けてくれるのでなければどうにもならないことが実際には非常に多い。

しかし,努力の蓄積がなく,実力が醸成されていない者に対しては,誰も尊敬の気持ちをもつことはなく,最悪の場合でも利用価値のある人物だと評価されることはない。

(地球上で1000年に1人のレベルの天才でもない限り)とにかく地道な努力を継続し,基礎教養を可能な限り豊富に蓄積して自分自身のための肥料とし,真の実力を高めることは,人生にとって必須の要件であり,これなしには始まらない。

(剽窃や強奪や侵略のような場合を除き)「無」から「有」を生み出すような便利な方法は存在しない。

過去に存在した便利な方法や手段は既に剽窃・模倣し尽くされ,受験予備校等で徹底的に暗記させられるものなので,簡単に言えば完全に陳腐化しており,それを身につけたからといって特に優位にたてる手段となるわけではない。
一般に,既に誰でも知っていることは,相対的優位または差別化のための手段とはならない。

以上のこと全てを踏まえた上で,まともな社会であり,かつ,まともな人間である限り,努力を積み重ね,自分なりに学術と真摯に向き合い続け,そして,天恵が与えられるのであれば,新たな人生が拓けることもある。

なお,以上の事柄に関しては以前も書いたことがあるのだが,全然読まれていないし,理解されてもいないようなので,あえて書くことにした。

(パターン2)

学術研究の中には,当該研究領域の特定の事象に関して直接に研究する場合と,当該研究領域の過去の研究史を研究する場合とがあり,後者は,歴史学の一種に属する。

例えば,法学の分野においては,具体的な法令の法解釈を直接の研究対象としている法解釈学に従事する法学研究者が大部分を占めている。
これに対し,基本的に歴史学そのものであるか,または,法学上のカテゴリとして歴史学を構成要素とするものとして分類可能な領域の研究を見渡してみると,過去の法学研究史(法学理論史)や法思想史または法哲学の分野がそれに該当し得るが,この分野に属する専門研究者は極めて少ない。
そもそもポストがほとんどない。

ところで,「プライバシー」や「個人データ」のような特殊な法概念に関して研究する法学研究者は,それ自体としては,それほど少ないわけではなく,憲法学や行政法学を専門とする研究者であれば,それらの学問領域を成立させている基礎的な構成要素の一部として,これらの法概念について研究をし,それぞれ自分なりの理解を得る。

ただし,そのようにして基礎的な研究を尽くした者であっても,その分野の辞書をつくろうとする語学研究者ではない。それゆえ,理論としての骨格と理論史上の流れを知り,理解し,現時点における法解釈学上の影響を考察できるレベルに達することができればそれで足り,そのような点に関する自分の検討過程等をあえて論文にして公表することがかなり少ない。
無論,「プライバシー」や「個人データ」をテーマとする極めて優れた研究書が(内外で)既に多数公刊されており,最上級審レベルのものに限定したとしても関連する判例法が数えきれないほど多数存在する。それらの先行研究や判例法の判決理由と重複する内容のものを論文として公表しても,学術上の価値はほとんどない。

そして,本来の研究テーマの基礎となる必須の事柄であっても,本来の研究テーマそのものではない事項の調査研究にあまりこだわり続けると,本来の研究テーマと直接向き合うことがいつまでたってもできなくなってしまうという(研究者にとっての)極めて深刻な問題が生ずる。
このこともまた,過去の研究史のような歴史学に属する調査レポートや小論文のようなものが実際にはあまり存在しないことの原因の1つとなっている。しかし,公表されているものが皆無または乏しいということは,かなり多くの人々がそのような分野に属する事象について研究していないということを全く意味しない。

ところで,法解釈学と歴史学の領域に含まれる法学関連の研究との明確な区別やそれぞれの分野の法学研究者の基本的な研究姿勢・研究手法を知らない理系の研究者が,(圧倒的多数の法解釈学ではなく)歴史学の領域に含まれる法学関連のテーマについて極めて綿密な調査結果を論文にまとめて公表したとしても,(パターンAの場合と同様)当該歴史学の領域に含まれるようなタイプの論文が参照・引用され得るような必然性や必要性を生じさせないこととなる。

既に研究し尽くしているけれども自分自身の直接の研究テーマではない法学研究者にとっては,それが既知の事柄しか書いていない論文であるとすれば,「だからどうなのだ」と呟いて終わりということになる。

更に付言すると,時間をかけて研究している間に,過去のある時点で特定の見解を示していた研究者が自らの研究成果に顧みて別の見解をとるという方向で変遷していることが多々あるし,そもそも「個人データ」にしても「プライバシー」にしても,それ自体としては単なる符号列に過ぎず,意味内容を全く伴わず,それぞれの特定の時点においてそれらの語が指し示している現実の事象と,当該の語を使用する者の脳内の経年的に蓄積されたバイアスによって恣意的に利用される用法との相互作用としてそれらの語の「使用」という社会現象が発生しているだけなので,長年の調査を終えて研究成果をまとめるとう段になると,そもそも対象それ自体がすっかり変化してしまっており,ただ,自分だけがそれに気づいていないというようなことが発生し得ることには十分に留意すべきだと思う。

物理学の基本理論とは若干異なるかもしれないが,観察者と被観察対象は,双方とも変化し続けているので,本当は固定的に理論化することそれ自体が不能事に属する。

そして,過去2000年以上の人類史の中で,歴史書として残されてきた偉大な古典は,それなりの普遍的価値や歴史的価値を含むがゆえにそうなっていること,また,極めて稀な天才でなければそのような業績を残すことがそもそも難しいのだということを知るという意味での謙虚さを維持することも大事なことだろうと思う。

(考えられる解決策)

情報ネットワーク法学会は,デジタル化された社会そしてネットワーク化された社会において生ずる様々な事象の中で,法的検討課題としてとらえることのできる事象に関し,法学の研究者であるか否かを問わず,専門分野の別を問わず,特に学際的な研究を実施しようとする研究者である限り,そのための適切な場を提供することを目的として存在している。

法学の専門家であれ,そうではない分野に生きる人々であれ,どのような立場の人々から提出されるものであっても,ある具体的なテーマの研究の今後の進展に寄与する可能性のある要素を大量に含む研究業績であれば歓迎されることになるだろう。

好意的な評価を受けるためには,そのような意味でのTPOをわきまわることが肝要であり,そのようなTPOをわきまえてタイミングよく提出された研究業績であれば,優れた研究論文として歓迎されることになるだろうと思う。

情報ネットワーク法学会に所属して大きな研究成果をあげてきた著名な研究者各位は,そのようにして,非常にシビアな学術の世界を生き続け,綿密な調査検討を踏まえたタイムリーな著作を公表することによって,人々の尊敬を得てきたのだろうと思う。

無論,尊敬を得たとしても大きな収入に結びつくわけではないし,権力や社会的地位を得るわけでもないし,法学研究者として生きるためのシビアさが解消されるわけでもない。

しかし,要するに,その研究分野が好きなので,いつまでも好きなことをやり続けることができていることの幸運を天や神仏や(無神論者の場合には)幸運に感謝しつつ,更に研究し続け,その調査研究結果がまとまれば論文として体裁を整えた上で公表するということを続けているということなのだろうと思う。

それゆえ,自分なりによく考えた上で,可能な限り多くの人々の実際の研究テーマと関係しそうな表題及び内容の論文として仕立てることのできる適切な文書作成の技法を習得できれば,上記のようなタイプの悩める工学系の専門分野の研究者が容易に導入可能な解決策を自ら見出すことができるだろうと考える。
どの学術領域においても,その領域に適した表現手法や書式のようなものが必ず存在する。

そして,当該専門領域を主たる活動分野としていない人々にとっては,当該分野で使用される特殊な語彙や約束事を知ることが困難なことが多いので,せっかく書いた論文が「判読」または「読解」の段階における障壁によって読まれないということは,しばしばある。それゆえ,学際的な分野における専門論文では,関係するどの分野に属する読者であっても比較的容易に意味内容を獲得できるようにするための工夫と努力を重ねる必要性がある。
「これくらいわかるだろう」は,必ずしも間違っているわけではないのだけれども,そのような姿勢で書かれた論文を好んで読む読者がどれだけいるかはよくわからない。

なお,誤解のないように付言しておくと,私は,当該研究成果が唯我独尊のものであっても構わないと思っている。
それは,(例えば,テロ行為の扇動のような)あからさまに社会秩序に反することを内容とするものではない限り,まさに学問の自由・表現の自由の一部であり得る。
しかし,唯我独尊タイプの研究成果の場合,その研究成果を支持する者が誰も出てこないことはむしろ当たり前のことなので,人々から賛同を得ることや,まして,賞賛を得ることは最初から完全に諦め,逆に,無視されて当然,批判には耐えなければならないということを100%覚悟した上で,自分の研究成果を公表すべきだろうと思う。
もしそのようにして孤立し,無視され続けても嘆いてはならない。唯我独尊で生きるといことは,そのような人生を引き受け得るということをも意味している。

 

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2023年12月 9日 (土曜日)

情報ネットワーク法学会第23回研究大会

第23回研究大会が開催される。

 https://inlaw.jp/cf/23/

丸橋透先生から講演を依頼されたので応諾した。ただし,家庭の事情により講演を実施できるかどうか不確定要素が多く,もしダメになったときには講演原稿を代読してもらって済ませる手はずを整えておいた。

幸いにも講演を実施できることになった。

ただし,やはり家庭の事情により,講演を終えたならば速やかに帰宅し,懇親会等には参加しない予定。

 

 

 

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2023年4月25日 (火曜日)

ENISA AI Cybersecurity Conference

下記のとおり広報されている。

 ENISA AI Cybersecurity Conference
 7th of June, 09:00 -17:00
 https://www.enisa.europa.eu/events/ai-cybersecurity-conference

 

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2022年4月 5日 (火曜日)

Ukrinform主催のオンライン会議「War and Sanctions」

下記の記事が出ている。安全保障理事会が機能しない以上,別の方法を模索するしかない。その1つとして理解できる。

 Online press conference: How can Ukrainians join in imposing sanctions on organizers of war
 ukrinform: 4 March, 2022
 https://www.ukrinform.net/rubric-ato/3448524-online-press-conference-how-can-ukrainians-join-in-imposing-sanctions-on-organizers-of-war.html

以前,プラトンと関連する記事でも触れたことだが,一般に,古代のペロぺネソス戦争等の推移を知ること,それと関連するプラトンの著作を理解することは,国際政治というものの本質を知る上で非常に有用である。

 

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より以前の記事一覧