2025年11月30日 (日曜日)

法とコンピュータ学会第50回記念大会

昨日(2025年11月19日),早稲田大学小野記念講堂において,「法とコンピュータ研究 半世紀の歩み」と題する記念大会が開催された。

私自身は,ビル・ゲイツとほぼ同年齢であり,30歳の頃からコンピュータによるデータ処理という法的課題と取組み,裁判官在任中から多数の論文を書き,主として判例タイムズ誌上において公表した。そのことに関しては,故倉田卓次氏に大きな恩がある。そして,1993年にそれらの論文をまとめた『裁判実務とコンピュータ』を刊行した。
約40年間,このような法的課題と付き合ってきたと言える。

法とコンピュータ学会は,既に退会している。その原因は,非常に親しいごく数名の方しか知らない。
当時理事長だった野村豊弘先生からは随分と慰留されたが翻意しなかった。
野村豊弘先生には大変お世話になっており,特に,フランスにおける伝統的な民法教育がどういうものであったかということ,そして,動植物における系統分類学の基本に精通することが法学研究の基礎であるということを教えていただいたという学恩がありながら,誠に申し訳ないことしたと思っている。

さて,今回の研究大会では,法とコンピュータ学会の会員ではないけれども元理事も担当した研究者として招待講演という位置づけにより,丸橋透教授との対談形式により講演を行った。

与えられたテーマは,「プラットフォームと法-誰のための?」。

丸橋透先生から依頼を受け,もし断ったらどういうことになるかという説明を聞いた上で,受諾することにした。
丸橋透先生には様々なことで大変お世話になったので,基本的に断ることができない。

この講演内容の記録化に関しては,事前に事務局からビデオを公開して良いかという問合せがあったので,録音内容からの文字起こしのために使用することは許諾するが,それ以外の目的のために使用することは許諾しないと回答してある。

AIにより(様々な違法な目的のために)改変された内容の画像,動画,音声等があっという間に流通してしまう時代なので,どの組織・団体においても,そもそも録画・録音を禁止することが重要であり,万が一にも録画・録音の類が流通した場合には,当該流通させた者を業務妨害罪により長期間服役させるような仕組みを整えることが重要だと考える。基本的に禁止されているのであれば,録画・録音の類が流通しているというだけで,直ちに,その違法性が推定されることになる。

何でもかんでもネットで流通させることは「知識の窃盗集団」を利するだけなので,良くない。

この講演内容は,後日,整理・推敲した上で,法とコンピュータ誌上で掲載されることになる。

対談の中で,丸橋透先生から「誰のための?」という副題の種明かしをするように示唆を受けたが,明確な種明かしはせずに実質にそれに相当する説明を行った。
その種明かしは,下記のところでより明瞭に示唆されている。

 スパイに身も心も捧げる行為
 Cyberlawブログ:2025年11月18日
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-fd22ee.html

対談の中では,最近のEU,米国,カナダの立法動向に関する話題にも触れた。
米国の現大統領の動静や中国政府の動向等が非常に流動的な状態にあるので,来月には全く別の政治的・経済的状況になっている可能性がないわけではないけれども,丸橋透先生と共に,現時点におけるベストの見解を示すことができたと思う。
丸橋透先生から質問があったので,(特に若年の)児童に対するSNS及びGPTの禁止・抑制に関する世界動向とその理由についても述べた。

インフラとしてのプラットフォームが独占的地位を確立すると,人類全体に対する最大の脆弱性要素となってしまうので,全人類によるリスク管理が必要になる。つい最近の事例も含め,その例証となり得るような大事故が連続して起きている。

結局のところ,かつて,IBMによる極端な独占と集中の弊害が非難され,MicrosoftやAppleのような超分散型のスタンドアロンPCや業務用の中規模ネットワークとワークステーションが台頭したけれども,それらの企業が離合集散を繰り返しながら,結局は,かつてのIBMと同じような立場を確保してしまっているので,結局のところ,初期の頃にMicrosoftやAppleからIBMに対して発された非難がそのままMicrosoftやAppleに妥当するような状況となっている。

野心と欲望を全面的に是認すると,誰がどのようにやっても,結局同じことになるという「性悪説」が基本的に正しいということを,人類は,約50年かけて実証してきたのだと言い得るかもしれない。

EUの規則(EU) 2022/1925(デジタル市場法)に関しては,細かな解説をしている時間的な余裕はないと判断していたので,その参考訳の解説の中で事前にやや詳しく解説を書き,EUの関連法令及び日本国の関連法令との対応表のようなものを作成して収録しておいた。講演の中では,基本的には,その対応表を読んでほしいということだけを述べた。

 法と情報雑誌70号(第1分冊)
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-24085c.html

いずれにしても,(会場に参加していた各分野の方々の顔に泥を塗るような話題や表現は,私の認知症の症状によるものとして,全部ぬるぬると避けた上で)言うべきことは一応全部言ったと判断した。

この大会を実行するに際し尽力のあった事務局の方々には深く御礼申し上げる。

***

現在の私は,サイバー分野におけるEU法の読解と参考訳の作成にかなり多くの時間を割いている。かつて椙山敬士先生から御教示を受けたことが契機となり,EU法の読解と可能な限り精密・正確な訳文の作成に真面目に取り組むようになった。
この講演の中でも椙山敬士先生に御礼を述べた。

一般に,学者は,誰か先人からの示唆によって啓発され,先人の業績に敬意を表しつつそれを理解し,新たに自分自身の脳機能構造を構築し,誰にも負けない脳神経回路網を創生することによって生きている。
それは,全く符号化されておらず,符号化されることもない経験の一種として記憶されている部分を含むので,AIによって模倣できない。エンジニアが模倣できたと思ったとしても,そのエンジニアが馬鹿だからそう思うというだけのことであり,原理的にその模倣は不可能なことだ。

私は,自分自身の重大な転機の原因となる示唆を与えてくださった先人には敬意を表する。

***

あくまでも一般論として,AI関連のエンジニアの中には,基本的な教養が十分に具備されていない者が存在する。それらの者は,創生の本質を全く知らない。それゆえ,先人の努力や貴重な成果に対して敬意を表する必要性も理解できない。

そのような無教養なエンジニアやCEOが存在することそれ自体が,人類全体に対して敵対的な状態になっていることさえある。

だから,そのような者のほぼ全員が,大規模かつ自動化されたパイレーツマシンとしてのLLMを基礎とするAIシステムの開発に従事・関与することによって巨額の報酬を得ようとする傾向がある。それは,必然であるとも言える。

彼らは,仏教でいうところの餓鬼の世界の中に居住している。

 

 

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2023年12月10日 (日曜日)

情報ネットワーク法学会第23回研究大会の講演を終えて

昨日の講演を無事に終えることができた。

とても大勢の方が来場しており,びっくりした。

来場者の中には若い方もたくさん含まれていた。丁寧にメモをとったり,考えたりしている方が多かった。勉強熱心なのだと思う。
私の講演内容は,既に過去の人間となってしまっている老人の回顧または戯言のようなものに過ぎないものではあるが,そのような若い方が,私の過去の思索の残骸の中から何らかのヒントを得て,そこから,今後の新たな学術を生長させることに寄与できたとすれば,少しは世間のために役立ったのではないかと思う。

講演会場では,これまでの研究生活の中で深く関わりのあった方々とも本当に久しぶりにお会いできた。よかった。

講演の最中は,PPTの画面切替等について,予定外で某先生に操作のお願いをすることができ,そのおかげでスムーズに講演を進めることができた。心から感謝する。

そして,会場の設営や運営その他の仕事を担当していた方々からとても親切にしていただいた。心から御礼を述べる。

講演を終えた後,諸般の事情のため,JRの電車で帰宅した。かなり疲れていたらしく,帰路の電車の中では到着駅のすぐ手前の駅になるまで熟睡してしまった。あやうく乗り過ごすところ・・・

悲しいことではあるが,老化による劣化には勝てない。

***

講演終了直後,結構多くの方から挨拶を受け,また,直接に質問等も受けた。

その中には法解釈学の専門家ではない方もあり,論文を書いても法学者になかなか読んでもらえないとのことだった。

その場で回答できることとそうでないこととがあるので,必要に応じて自分なりに最善と思われる対応をした。

ここで,あくまでも一般論として,このことについてちょっと付言しておきたいと思う。

例えば,工学系の研究者等の書いた論文が法解釈学を専門とする法学者になかなか読んでもらえないことがあるというのは事実だと思う。

それは,実に様々な原因による。その全てのパターンを解説することは無理なことなので,代表的と思われる2つのパターンについてだけ述べることにする。

ここでは,仮にその工学系の専門家の論文のテーマが具体的な事象Aであり,依拠する自然科学上の理論がXだと仮定する。

(パターン1)

一般的な法学者は,事象Aを含む種々雑多な要素事実集合を前提として法学理論を調査,研究,構築するのであり,特定の限定的な現象に過ぎない事象Aだけを対象として適用可能な法令を研究する法学者は,基本的に存在しない。

例えば,ある種類に属する工作機械の仕様や性能と関係する行政規制に関する法令が存在する場合,そのような工作機械全部を含む特定のグループの工作機械に関する規制法令に関する法学研究は存在し得るが,たぶん稀であり,普通は,種々雑多な工作機械全部を想定した行政規制一般について「法規範」(=当為≠存在)の調査研究をするのが法解釈の主流である。ここでは,個々具体的な工作機械の特性やその特性を基礎付けている物理法則や工業上の技術仕様等は全て捨象される。「どうあるべきか」という当為が問題なのであり,当該個別具体的な工作機械がどうして動作するのかという工学的側面は法解釈学上の調査研究の対象とはならない。

だから,一般的な法解釈論を前提とする限り,当該工学系の専門家の書いた論文を引用する必然性と遭遇することがない。特に,特定の法学理論を公理として,演繹法により応用理論を展開するだけのタイプの法学者では,ほぼ100%の確率でそうなる。

同じ理由により,事象Aに触れる必要のない研究テーマで法学論文を書こうとする法学研究者は,事象Aと関連する先行研究を調査・検討する必要がなく,当該先行研究が根拠とする理論Xについて考察する必要もないので,特に意図的に無視しているのではなくても,当該工学系の研究者の専門家の論文に触れる必要性がない。

このことは逆から考えてみても同じであり,例えば,極めて特殊な特定の種類の工作機械の振動特性というような事象を研究テーマとし,精密な測定を基礎とする実験結果を論証のための根拠とし,その論証が成立するための論証として工学上の極めて特殊な理論に依拠して研究論文を作成しようとする場合,民法の意思表示の到達と関連する極めて特殊な法学専門論文を参照する必要性は全くないし,引用すべきでもない。

このことは,当該工学系の専門論文の対象が専門的なものであれば専門的なものであるほど発生し得ることである。

では,そのようなタイプの工学系の専門論文が法学者にとって全く無用のものであるかと言えば,それは場合によるとしか言いようがない。

例外的に,当該の法学研究者が演繹法ではなく帰納法を重視し,時間がかかっても網羅的に関連論文を全て読み理解しようとするタイプの研究者である場合には,少しでも何らかの関係があると推測できれば,ここで述べているような意味での工学系の特殊分野の専門論文であっても読むし,それを理解するためにその分野の基礎を独学により大急ぎで完全にマスターするだろう。そのようなタイプの法学研究者の場合,工学系の専門論文であっても法学論文の中で参照・引用されることはあり得ると考えられる。
ただし,現実にそのようなことが発生する確率は,極めて小さい。それだけの極めて高度な能力をもった法学研究者は,かなり稀にしか存在しない。私は,明治大学の講義の中で,穂積陳重と牧野栄一の代表的な著作には一応目を通し,自分なりに考えてみるように指示しているのだが,例年,その指示どおりに大学図書館に通い,熱心に精読する学生は1~2名程度となっている。

他方において,当該分野について正確なところはよくわからないけれども,先見性のある優れた論文であるかどうかを見分ける能力をもつ極めて優れた人々は,どの分野にも存在する。
もし(偶然であっても)そのような人の目にとまり,高評価を得ることができれば,何らかの幸運が拓ける可能性はあるのではないかと思う。
ただし,どんなに有能な人でも万能者ではないし,誰に対しても親切に扱うべき義務を負っているわけではないし,自由に使える時間が限られているので,著書や論文を献本しても,何らかの見返りや幸運があると期待してはならない。

一般に,人生は,実力だけで勝ち取ることが難しい。コネや金(賄賂)だけでうまくいくとも限らない。努力の積み重ねが必ず報われるという保証はない。

天(運)が助けてくれるのでなければどうにもならないことが実際には非常に多い。

しかし,努力の蓄積がなく,実力が醸成されていない者に対しては,誰も尊敬の気持ちをもつことはなく,最悪の場合でも利用価値のある人物だと評価されることはない。

(地球上で1000年に1人のレベルの天才でもない限り)とにかく地道な努力を継続し,基礎教養を可能な限り豊富に蓄積して自分自身のための肥料とし,真の実力を高めることは,人生にとって必須の要件であり,これなしには始まらない。

(剽窃や強奪や侵略のような場合を除き)「無」から「有」を生み出すような便利な方法は存在しない。

過去に存在した便利な方法や手段は既に剽窃・模倣し尽くされ,受験予備校等で徹底的に暗記させられるものなので,簡単に言えば完全に陳腐化しており,それを身につけたからといって特に優位にたてる手段となるわけではない。
一般に,既に誰でも知っていることは,相対的優位または差別化のための手段とはならない。

以上のこと全てを踏まえた上で,まともな社会であり,かつ,まともな人間である限り,努力を積み重ね,自分なりに学術と真摯に向き合い続け,そして,天恵が与えられるのであれば,新たな人生が拓けることもある。

なお,以上の事柄に関しては以前も書いたことがあるのだが,全然読まれていないし,理解されてもいないようなので,あえて書くことにした。

(パターン2)

学術研究の中には,当該研究領域の特定の事象に関して直接に研究する場合と,当該研究領域の過去の研究史を研究する場合とがあり,後者は,歴史学の一種に属する。

例えば,法学の分野においては,具体的な法令の法解釈を直接の研究対象としている法解釈学に従事する法学研究者が大部分を占めている。
これに対し,基本的に歴史学そのものであるか,または,法学上のカテゴリとして歴史学を構成要素とするものとして分類可能な領域の研究を見渡してみると,過去の法学研究史(法学理論史)や法思想史または法哲学の分野がそれに該当し得るが,この分野に属する専門研究者は極めて少ない。
そもそもポストがほとんどない。

ところで,「プライバシー」や「個人データ」のような特殊な法概念に関して研究する法学研究者は,それ自体としては,それほど少ないわけではなく,憲法学や行政法学を専門とする研究者であれば,それらの学問領域を成立させている基礎的な構成要素の一部として,これらの法概念について研究をし,それぞれ自分なりの理解を得る。

ただし,そのようにして基礎的な研究を尽くした者であっても,その分野の辞書をつくろうとする語学研究者ではない。それゆえ,理論としての骨格と理論史上の流れを知り,理解し,現時点における法解釈学上の影響を考察できるレベルに達することができればそれで足り,そのような点に関する自分の検討過程等をあえて論文にして公表することがかなり少ない。
無論,「プライバシー」や「個人データ」をテーマとする極めて優れた研究書が(内外で)既に多数公刊されており,最上級審レベルのものに限定したとしても関連する判例法が数えきれないほど多数存在する。それらの先行研究や判例法の判決理由と重複する内容のものを論文として公表しても,学術上の価値はほとんどない。

そして,本来の研究テーマの基礎となる必須の事柄であっても,本来の研究テーマそのものではない事項の調査研究にあまりこだわり続けると,本来の研究テーマと直接向き合うことがいつまでたってもできなくなってしまうという(研究者にとっての)極めて深刻な問題が生ずる。
このこともまた,過去の研究史のような歴史学に属する調査レポートや小論文のようなものが実際にはあまり存在しないことの原因の1つとなっている。しかし,公表されているものが皆無または乏しいということは,かなり多くの人々がそのような分野に属する事象について研究していないということを全く意味しない。

ところで,法解釈学と歴史学の領域に含まれる法学関連の研究との明確な区別やそれぞれの分野の法学研究者の基本的な研究姿勢・研究手法を知らない理系の研究者が,(圧倒的多数の法解釈学ではなく)歴史学の領域に含まれる法学関連のテーマについて極めて綿密な調査結果を論文にまとめて公表したとしても,(パターンAの場合と同様)当該歴史学の領域に含まれるようなタイプの論文が参照・引用され得るような必然性や必要性を生じさせないこととなる。

既に研究し尽くしているけれども自分自身の直接の研究テーマではない法学研究者にとっては,それが既知の事柄しか書いていない論文であるとすれば,「だからどうなのだ」と呟いて終わりということになる。

更に付言すると,時間をかけて研究している間に,過去のある時点で特定の見解を示していた研究者が自らの研究成果に顧みて別の見解をとるという方向で変遷していることが多々あるし,そもそも「個人データ」にしても「プライバシー」にしても,それ自体としては単なる符号列に過ぎず,意味内容を全く伴わず,それぞれの特定の時点においてそれらの語が指し示している現実の事象と,当該の語を使用する者の脳内の経年的に蓄積されたバイアスによって恣意的に利用される用法との相互作用としてそれらの語の「使用」という社会現象が発生しているだけなので,長年の調査を終えて研究成果をまとめるとう段になると,そもそも対象それ自体がすっかり変化してしまっており,ただ,自分だけがそれに気づいていないというようなことが発生し得ることには十分に留意すべきだと思う。

物理学の基本理論とは若干異なるかもしれないが,観察者と被観察対象は,双方とも変化し続けているので,本当は固定的に理論化することそれ自体が不能事に属する。

そして,過去2000年以上の人類史の中で,歴史書として残されてきた偉大な古典は,それなりの普遍的価値や歴史的価値を含むがゆえにそうなっていること,また,極めて稀な天才でなければそのような業績を残すことがそもそも難しいのだということを知るという意味での謙虚さを維持することも大事なことだろうと思う。

(考えられる解決策)

情報ネットワーク法学会は,デジタル化された社会そしてネットワーク化された社会において生ずる様々な事象の中で,法的検討課題としてとらえることのできる事象に関し,法学の研究者であるか否かを問わず,専門分野の別を問わず,特に学際的な研究を実施しようとする研究者である限り,そのための適切な場を提供することを目的として存在している。

法学の専門家であれ,そうではない分野に生きる人々であれ,どのような立場の人々から提出されるものであっても,ある具体的なテーマの研究の今後の進展に寄与する可能性のある要素を大量に含む研究業績であれば歓迎されることになるだろう。

好意的な評価を受けるためには,そのような意味でのTPOをわきまわることが肝要であり,そのようなTPOをわきまえてタイミングよく提出された研究業績であれば,優れた研究論文として歓迎されることになるだろうと思う。

情報ネットワーク法学会に所属して大きな研究成果をあげてきた著名な研究者各位は,そのようにして,非常にシビアな学術の世界を生き続け,綿密な調査検討を踏まえたタイムリーな著作を公表することによって,人々の尊敬を得てきたのだろうと思う。

無論,尊敬を得たとしても大きな収入に結びつくわけではないし,権力や社会的地位を得るわけでもないし,法学研究者として生きるためのシビアさが解消されるわけでもない。

しかし,要するに,その研究分野が好きなので,いつまでも好きなことをやり続けることができていることの幸運を天や神仏や(無神論者の場合には)幸運に感謝しつつ,更に研究し続け,その調査研究結果がまとまれば論文として体裁を整えた上で公表するということを続けているということなのだろうと思う。

それゆえ,自分なりによく考えた上で,可能な限り多くの人々の実際の研究テーマと関係しそうな表題及び内容の論文として仕立てることのできる適切な文書作成の技法を習得できれば,上記のようなタイプの悩める工学系の専門分野の研究者が容易に導入可能な解決策を自ら見出すことができるだろうと考える。
どの学術領域においても,その領域に適した表現手法や書式のようなものが必ず存在する。

そして,当該専門領域を主たる活動分野としていない人々にとっては,当該分野で使用される特殊な語彙や約束事を知ることが困難なことが多いので,せっかく書いた論文が「判読」または「読解」の段階における障壁によって読まれないということは,しばしばある。それゆえ,学際的な分野における専門論文では,関係するどの分野に属する読者であっても比較的容易に意味内容を獲得できるようにするための工夫と努力を重ねる必要性がある。
「これくらいわかるだろう」は,必ずしも間違っているわけではないのだけれども,そのような姿勢で書かれた論文を好んで読む読者がどれだけいるかはよくわからない。

なお,誤解のないように付言しておくと,私は,当該研究成果が唯我独尊のものであっても構わないと思っている。
それは,(例えば,テロ行為の扇動のような)あからさまに社会秩序に反することを内容とするものではない限り,まさに学問の自由・表現の自由の一部であり得る。
しかし,唯我独尊タイプの研究成果の場合,その研究成果を支持する者が誰も出てこないことはむしろ当たり前のことなので,人々から賛同を得ることや,まして,賞賛を得ることは最初から完全に諦め,逆に,無視されて当然,批判には耐えなければならないということを100%覚悟した上で,自分の研究成果を公表すべきだろうと思う。
もしそのようにして孤立し,無視され続けても嘆いてはならない。唯我独尊で生きるといことは,そのような人生を引き受け得るということをも意味している。

 

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2023年12月 9日 (土曜日)

情報ネットワーク法学会第23回研究大会

第23回研究大会が開催される。

 https://inlaw.jp/cf/23/

丸橋透先生から講演を依頼されたので応諾した。ただし,家庭の事情により講演を実施できるかどうか不確定要素が多く,もしダメになったときには講演原稿を代読してもらって済ませる手はずを整えておいた。

幸いにも講演を実施できることになった。

ただし,やはり家庭の事情により,講演を終えたならば速やかに帰宅し,懇親会等には参加しない予定。

 

 

 

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2023年4月25日 (火曜日)

ENISA AI Cybersecurity Conference

下記のとおり広報されている。

 ENISA AI Cybersecurity Conference
 7th of June, 09:00 -17:00
 https://www.enisa.europa.eu/events/ai-cybersecurity-conference

 

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2022年4月 5日 (火曜日)

Ukrinform主催のオンライン会議「War and Sanctions」

下記の記事が出ている。安全保障理事会が機能しない以上,別の方法を模索するしかない。その1つとして理解できる。

 Online press conference: How can Ukrainians join in imposing sanctions on organizers of war
 ukrinform: 4 March, 2022
 https://www.ukrinform.net/rubric-ato/3448524-online-press-conference-how-can-ukrainians-join-in-imposing-sanctions-on-organizers-of-war.html

以前,プラトンと関連する記事でも触れたことだが,一般に,古代のペロぺネソス戦争等の推移を知ること,それと関連するプラトンの著作を理解することは,国際政治というものの本質を知る上で非常に有用である。

 

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2021年11月24日 (水曜日)

IPA:量子コンピューティング技術シンポジウム2021

下記のとおり開催される。

量子コンピューティング技術シンポジウム2021
開催日時:2021年12月19日(日)13:00~17:15
参加方法:オンラインライブ配信(YouTube Liveを予定)
定員:1000名(先着順)
参加費:無料
https://www.ipa.go.jp/jinzai/target/2021/quantum_symposium2021.html

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2019年6月10日 (月曜日)

シンポジウム「AI・ロボットをとりまく法的環境の変化」

下記のシンポジウムが開催される。

 「AI・ロボットをとりまく法的環境の変化」(The Paradigm-Shift in the Legal Environment in relation to AI and Robots)
 日時:2019年7月6日(土) 10:00-17:00
 会場:一橋大学一橋講堂(東京都千代田区一ツ橋2丁目1の2 学術総合センター2F)
 https://www.jst.go.jp/ristex/hite/topics/412.html

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2019年5月15日 (水曜日)

越境捜索研究会 第1回公開研究会

下記のとおり開催される。

 越境捜索研究会 第1回公開研究会
 日時:2019年5月16日(木)18:00~20:00
 場所:明治大学駿河台キャンパス研究棟4F
 https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
 テーマ「プロバイダに対する刑事証拠の保全命令・提出命令―EUの制度改革動向―」
 講師:丸橋透氏(明治大学教授)
 指定討論者:黒澤睦氏(明治大学教授)
 参加費:情報ネットワーク法学会会員は無料、非会員は資料代1、000円
 主宰:越境捜索問題研究会(代表・指宿信)
 連絡先:extraterritorialsearch[at]gmail.com

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2019年3月18日 (月曜日)

中央大学日本比較法研究所:アルントゥ・ジン教授講演会「ダークネットにおける犯罪捜査」

黒澤睦先生から下記の講演会の御紹介をいただいたので,転載する。

****

中央大学日本比較法研究所
講演会(アルントゥ・ジン教授)開催のお知らせ(日本比較法研究所)
講師:(オスナブリュック大学法学部)
テーマ:ダークネットにおける犯罪捜査 
日時:2019年3月23日(土) 15:00~16:30
場所:市ヶ谷キャンパス 2617号室 
言語:独語(日本語通訳あり)
申込:参加ご希望の方はこちらのweb申請フォームで3月21日(木)までにお申込みください。
(「企画名」には「ジン教授講演」とご入力ください。)
https://www.chuo-u.ac.jp/research/institutes/comparative_law/event/2019/02/19713/

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2019年3月17日 (日曜日)

電子情報通信学会総合大会のシンポジウム「科学技術者コミュニティと軍事研究:軍民両用技術と科学技術の価値」

吉備国際大学の大谷卓史先生から下記のシンポジウムの案内を頂戴したので,転載する。

***

AI-6. 科学技術者コミュニティと軍事研究:軍民両用技術と科学技術の価値
( 技術と社会・倫理研専)

一般公開:本企画の聴講は無料です.直接,会場へお越し下さい.

3 月20 日 13:00 〜 16:50 54 号館 101 教室 座長 森住哲也(神奈川大)
講演時間:指定以外各25 分
座長挨拶:15 分
AI-6-1 軍民両用技術と科学技術の価値:技術決定論と社会構成主義の議論を踏まえて… ………………………久木田水生(名大)
AI-6-2 正戦論と軍事研究… ………………………………………………………………………………………………眞嶋俊造(広島大)
AI-6-3 「軍事研究」をめぐるアポリア: 2017 年学術会議声明等の分析… ……………………………………………大庭弘継(京大)
休 憩(10 分)
AI-6-4 軍事研究と科学の公有主義:技術院と理化学研究所の比較を通して考える… ……………………本田康二郎(金沢医科大)
AI-6-5 軍民両用技術において自律的知能機械対人間という枠組みは妥当か… ……………………………………村上祐子(立教大)
休 憩(15 分)
AI-6-6 人工知能/ ロボットと安全保障技術に関する世界的な議論の論点整理(10 分)… …………………………江間有沙(東大)
AI-6-7 科学技術の軍民区別の困難性…どのように区別するのか(10 分)… ……………山下愛仁(航空自衛隊航空研究センター)
パネル討論(45 分)
16 時5 分から開始です。講演者全員による討論となります。
http://www.ieice-taikai.jp/2019general/jpn/

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