ビッチェズブリュー(Bitches Brew)
かなり久しぶりにマイルスデイビスのビッチェズブリュー(Bitches Brew)を聴いた。
LPを持っていたはずなのだが,たぶん誰かにあげてしまい,現在では存在しない。
最近,ソニー・ミュージック・エンターテイメントから出ているCD2枚組の版(SICJ-30077~8)を購入し,それを聴いた。
この作品に関しては様々な見解があるのだが,私としては,現代音楽の主流をつくった作品の一つなのだと思っている。
12音技法等の型にはまった技法だけを使い,神から与えられる感性の有無とは無関係に,関連する音楽教育を受けた者であれば誰でも書けるような雑な音楽作品ではない。
かつて,大バッハもモーツアルトもベートヴェンもブラームスもショパンもリストも最高レベルの鍵盤楽器演奏家であり,即興演奏が極めて上手だったので,そのようにして演奏したその場限りのはずの即興演奏を楽曲として音符に固定したものの一部が現代まで残されていると言える。完全主義者であるブラームスに関しては,破棄され,処分されてしまったために残されることがなかった楽曲が多数あると推察される。
現代においては,録音によって即興演奏が残される。
ただし,当該天才音楽家が完全主義者であるときは,ブラームスの場合と同様,録音それ自体が破棄される。
マイルスデイビスは,一般的にはJAZZの分野で著名な音楽家だ。
しかし,JAZZという分野に捕らわれない普遍的な音楽を追求し続けた音楽家の一員だという意味で,天才の一人だと言える。
マイルスデイビスの作品全部を聴いてみると,教条主義とは無関係な世界だということを理解することができる。素晴らしいという以外にない。
それゆえに,後期になればなるほど,評論家によって酷評されることともなった。
あくまでも一般論だが,大概の評論家は俗物であり,天才ではないので,天才の先進的な作品の価値を理解することが全くできない。仮に当該の評論家が「天才ではない」という意味での二流または三流以下の人材である場合,そのような人材だからこそ,ポピュリズム的な酷評によって飯を食うことができるという「賽の河原」のような現実が存在する。
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