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2025年8月31日 (日曜日)

軍国主義の識別点

様々な見解がある。

私の識別点は,以下のとおり。

1:核兵器のような大量殺人兵器を多数保有している。

2:国家の指導者が国民である女性に対し「子供を産む道具」として多数の子供(例:「少なくとも8人以上」)を産むことを強制または推奨している。

3:現実に軍事侵攻を行っており,自国の兵士が戦場で日々多数死傷しても侵略行為をやめようとしない。

日本国は,無論,以上のどれにも該当しない。

なお,日本国内に軍国主義的な考えをもつ一定の人数の人々が存在することは事実と思われるが,思想信条の自由が認められている国なので,そのような思想をもつことそれ自体は憲法上認められている。
しかし,圧倒的多数の国民は平和主義者であり,国家間の戦闘または軍事衝突を悪であるとみなしている。

日本国は軍国主義だというプロパガンダは存在するし,日本国内にもそのような主張があるが,それらは,外国による単なる謀略の一種または謀略手段としての洗脳活動の一部に過ぎない。

***

そのような明白な嘘をつくような国は,そのようにする以外に打つべき手がないというところまで追いつめられているということなのかもしれない。

もしそうであるとすれば,それらの国の国家体制の全崩壊の日が意外と近いのかもしれない。

 

 

 

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2025年8月30日 (土曜日)

生成AIを使用し続けると生成AIを使用できなくなるかもしれない

AIを応用した自動翻訳に頼り続けていると,利用者である人間自身の脳内で思考することがなくなるので次第に外国語と日本語の対応関係のみならず日本語の語彙と文法を吟味する機会も薄れるようになり,要するに,日本語の能力が次第に低下することにより,AIにより生成された翻訳文が内容的に正しいものであるか及び日本語文として正しいものであるかを検証する能力が低下または喪失する。

検証できない以上,正常に利用しているとは言えない。

この自動翻訳の例のように,一般に,生成AIを使用し続けると生成AIを使用できなくなるかもしれないというパラドックス的な仮説は成立し得る。

現実に,日本人全体における日本語能力が著しく低下し始めており,普通の日本語文を普通に読んで理解することが困難な者が増えているように思う。

それではそのような者の英語能力が向上しているかと言えば,それは逆であり,自動翻訳に依拠しているため,その利用者の脳内の英語処理能力は壊滅してしまうことになる。
リアルな対面という状況下では,普通の簡単な挨拶さえできなくなってしまうことだろう。

***

どんなに優れたスポーツ選手でも,鍛錬を怠ると,たちまち劣化し,場合によっては普通の人よりもダメになってしまうことがある。

どんなに頭脳明晰な人でも,勉強を怠ると,たちまち劣化し,場合によっては何も思考できなくなってしまうことがある。

若年性認知症としてひとくくりにされてしまっている症例タイプに属する人たちの中には,何種類かのタイプが混在しているように見える。

 

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2025年8月29日 (金曜日)

発達障害

私自身は,「絶対値としての発達障害は存在しない」という立場だ。

相対値としての発達障害という観念が存在することは認識している。

しかし,私は,ガリレオの例をひくまでもなく,「多数派であることが常に正しい」という考え方には依拠していない。

それゆえ,「発達障害」の観念に関し,相対的な評価または観点の相違の一種としてしか理解していない。

無論,精神医学上において「発達障害」を疾病の一種とする考え方があるとすれば,そのような考え方は,受精により新たな遺伝子の組合せが発生しするという生物種としての人間の発生における本質を全く理解していないという意味で,また,遺伝子が支配する機能が有効なものとして発揮されるかどうかは,個々の具体的な環境に適合しているかどうかという偶然的な要素(運・不運)によって支配されており絶対値ではないということを理解していないという意味で,そして,そのような遺伝子による基本的な能力を発揮できるようにするためには当該個人の不断の努力と経験の蓄積を要すが,その程度,期間及び自己満足度は極めて個性的・個別的であり,どれが正しいとか悪いとか評価することがそもそもできないということを理解していないという点で,根本から間違っている・・・と考えている。

例えば,世間において平均的または標準とされているグループをAとし,そうではないグループをBと呼ぶことにする。

Aは,平均値で示されている年齢において平均値で示されている能力を発達させておしまいで,それ以上の発達があり得ない遺伝子をもつ人々であるかもしれない。
これに対し,Bは,極めて優れており,死ぬまで能力を増強し続けるかもしれないのだけれども,多くの点において平均値に収まらないがゆえに,Aからは敵視されまたは無能と評価されることになるというだけのことに過ぎないのかもしれない。

しかしながら,このことはなかなか理解されない。それゆえ,人類は,何百年経っても少しも進歩せず,同じ誤りを繰り返している。

他方において,基本的な価値感を異にするグループ間では,相互の評価が逆になる。

例えば,特定の「人種」だけが優秀だと確信している人々とそうではない人々とが理解し合うことは不可能なことだ。
Bであれば人生の途中で価値観を変更することがあり得るが,Aは平均値しか認めず,自分の生育環境における平均値である宗教観や世界観しか受容できないので,偏見や誤謬を修正できない。
それゆえ,Aが存在しており,かつ,Aが圧倒的な多数派である限り,そのような単なる自己満足とその反作用としての嫌悪を基礎とする偏見に起因する(自己とは異なる属性をもつ集団に対する)ジェノサイドを避ける方法は存在しない。
ただし,Bはばらつきが大きいことを当然の前提とする属性をもつ集団を示しているので,Bに属する者の中にはAの集団に属する者よりもずっと(相対的な意味で当該社会において)危険な要素をもつ者が含まれている可能性は否定できない。ただ,通常は多数派ではないので,国家の平時の警察活動によって抑止可能な範囲内になるというだけのことに過ぎない。

人類の未来は,極めて暗い状況の下に置かれている。

ちなみに,私は,遺伝子上で特別のたんぱく質またはアミノ酸配列の構造をもつグループという意味での「人種」は存在しないと理解している。遺伝子レベルにおいて,雑種ではない個人は存在しない。

***

「裸の王様」の寓話は,貴重だと思っている。

知識を集積しなければ正しい認識や理解に達することができないわけではない。

認識や理解を得ていても,面子や欲望のために,自己の決定を変更できない者は,(国家のトップを含め)いくらでもいる。

正直者が正直に言論することが権力者や悪人達によって弾圧されるようなことは,常にある。

何兆円もの資金を投入して開発されているAIシステムは,機械的な反復作業の自動化処理以外の分野では何の成果もあげていない。
LLMによって世界中のデータを記録したとしても,それは,本当は「学習」ではなく,単なる「記録保存(storage)」に過ぎないので,少しも知能にならない。
ニューラルネットの考え方及びその実装は,人間の本当の思考というものを知らない人々が考え出した単なる仮説とその実装に過ぎないので,人間にはなれない。

もし人間の思考というものを真剣に考えたことがあるのであれば,少なくともAIのエンジニアになることを考えることはないだろう。
ただし,素人企業家の多くはAIの本質を知らないので,そのような無知な企業家達を騙してAIシステムの開発資金名目で出資させ,金儲けすることを企む者は出てくるかもしれない。
この点でも「裸の王様」は貴重な作品だと思う。

 

 

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2025年8月28日 (木曜日)

生成AIの生成物は独自の著作物となるか?

生成AIのアウトプットそのものではなく生成AIの補助を得つつも(例,背景部分のベタ塗り処理の自動化のようなあくまでも付随的な部分の自動処理),基本的には人間の脳と手により新たに生み出された作品である限り,その作品が著作権法の定める著作物である得ることに関しては,異論がないと思われる。

生成AIのアウトプットそれ自体の著作物性に関しては議論があるが,(私の「処理主義」の理論に依拠することなく,通説である「意思主義」の理論に立脚する限り)人間の創作物とは言えない純粋に自動性に生成されたアウトプットや人間の指揮命令と無関係に生成されたアプトプットは,自然現象の一種であり,人間が創作した作品ではあり得ないので,「創作物」ではあり得ず,従って,著作権法によって保護される「著作物」または「実演」等にはなり得ない。

そのようなアウトプットが既存のどのデータとも異なる新規のものである場合,模倣でも二次利用でもないことになる。
しかし,そのようなアウトプットは,自然現象の一種である以上,現行民法上では無主物の一種ということになり,それゆえ,無主物先占の理論によってものごとを解決することになる。
そのように解する場合でも,単なるデータとしてのアウトイプットを保護する法令が存在すれば権利が原始的に発生するというだけのことであり,そのような法令が存在しないときは,誰の権利にも服さない「単なるデータ」ということになる。

生成AIのアウトプットがコラージュの範疇に属するものである場合,(米国ではともかくとして)日本国の国家主権が及ぶ範囲内においては,マッドアマノ氏の作品をめぐるモンタージュ写真事件の最高裁判例は現時点でも有効なので,新たな著作物として成立することはなく,他人の著作物の改変または模倣に過ぎないということで既に確定しているので,このようなタイプの問題に関しては議論の実益が乏しい。

生成AIのアウトプット著作権法の定める二次利用による派生物(編集物,翻案物,翻訳物等)である場合,現行の著作権法の関連条項に従っている場合に限り,当該条項が定める法律効果の範囲内で,新たな著作物として保護を受け得る。
著作権法の定める法律要件を満たさない場合,著作物のない単なるデータに過ぎない。

例外は,営業秘密として保護されることがあり得る場合のみと考えられるが,営業秘密は不正競争防止法上の権利であり,著作権法の定める権利の一種ではない。

生成AIのアウトプットが著作権法上の引用に該当するためには,著作権法に定める引用のための法律要件をすべて満たしている必要があるが,現実にはそうではない。
ほぼ全てのGPTアプリやGPTサービスからのアウトプットは,正当な引用とは認められず,違法である。このことは,既に何度も主張しているとおり。加えて,著作権法の定める人格権の保護も考慮しなければならない。
その観点からは,例えば,Google検索の「要約」なるものは,ほぼ常に,引用の要件を満たさず,かつ,著作者人格権を侵害する違法なアウトプットであるので,全て削除されるべきであり,要件を満たさない仕様である限り,サービスの提供それ自体を全部廃止すべきである。
適法であるためには,その資料を学習し,模倣または引用したのかを,出典を明記すべきである。
LLMによる学習対象となる既存のデータが1つしかないときは,その単一の資料を無権限で模倣・改変して自動生成された生成物を公衆送信可能化していることになるので,適法行為になることがない。絵画作品等では現実にそのようなことが起こり得る。写真の創作物性に関しては,通説によれば(←私見は通説に反対),自然物である山河を撮影したような写真であっても構図のとり方に創作性があれば著作物であると解している。そうすると,構図のとり方を学ぶだけで違法行為であることになるが,そのような考え方は,アイデアそれ自体を保護するのと同じことになるので認められない。構図のとり方ではなく,当該写真を描画作品として印画紙上またはデジタル媒体上に固定化したことに創作性の淵源を見出すべきである。

まとめると,著作権法の定める法律要件を充足しないアウトプット,基本的には,全て違法な模倣物または改変物である。

有料のサービスにおいて,法理論的には著作権がないアウトプットを著作権のあるものとして課金する行為は,詐欺行為となる。
それが故意ではなく過失による場合であっても,刑事上で詐欺罪として処罰されることはないにしても,民事上は不法行為に基づく損害賠償請求の原因となり得る。
世界中の全ての事業者は,間違って詐欺行為となってしまわないように,善良なる管理者の注意義務をもって事業を遂行しなければならない。

***

なお,日本国の著作権法は,立法それ自体が完全に間違っており,基本的な国際条約における「works」を「著作物」としていることが人々の頭脳を劣化させている。「works」は,全て「作品」と置き換える法改正が必要なのだが,あまりに多数の箇所の改正が必要となるので,いったん廃止し,全部書き換える法改正を実施すべきだ。

このことは,これまでも何度も主張してきたことなのが,日本国の何人かの学者(法学研究者)等は私見に反対。英語を読み理解する能力がないせいではないかと推測される。法学研究者ではない学者に関しては,著作権法に関して無知なので,議論してもはじまらないと理解し,全て無視している。

 

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2025年8月26日 (火曜日)

サヴァール指揮によるブルックナー交響曲第0番

サヴァール指揮によるブルックナーの交響曲0番の演奏を収録したCD(AliaVox AVSA 9963)を購入し,繰り返して何度か聴いた。

この演奏それ自体は別の機会に既に聴いており,とんでもなく素晴らしいものだと思っていた。

購入したCDを異なる何種類かの条件で再生してみて,やはり素晴らしい演奏だと思った。

私見では,交響曲第0番は,それ自体としては,やはり完成度の低い作品だと思う。ここから出発して何曲もの交響曲を書き,その経験に基づいて,第7番~第9番という誰にも真似できない至高の作品を産みだすことができたのだと思う。地道な努力の蓄積がなければ,そのような素晴らしい結末に至ることはできない。

サヴァールの演奏を収録したCDは結構たくさんもっており,どれも興味深いものばかりだ。

このブルックナーの交響曲0番の演奏を聴いてみて,(かつてのアーノンクールがそうであったような)ある種の転機が来ているのではないかと思った。

ちなみに,CDに附属しているブックレットは極めて高い価値のあるものだと思う。

 

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2025年8月25日 (月曜日)

画像スケーリング攻撃

下記の記事が出ている。

 一見無害な画像の中に文字列を埋め込んでAIを攻撃する恐るべき手法が発見される
 GIGAZINE:2025年8月25日
 https://gigazine.net/news/20250825-weaponizing-image-scaling-ai-systems/

この記事で述べられているのは画像データの中にある文字列等をプロンプトとして挿入する攻撃という趣旨のものだが,問題は画像データだけではない。

例えば,文字列データだけのように見えるファイル内に埋め込まれた電子透かしのようなデータの悪用によるプロンプトインジェクション攻撃はあり得る。しかも,攻撃者は外部者だけとは限らない。内部者であることもあり得る。

ところが,通常のAIシステムでは,そのような攻撃を防御できない仕様になっていることが普通だろうと思う。

はっきり言えば,AI関連企業が欲張りすぎるからそういうことになる。

自滅の日が近いかもしれない。

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2025年8月24日 (日曜日)

U2:Where the Streets Have No Name

かなり久しぶりでU2の「Where the Streets Have No Name」を聴いた。

素晴らしいの一言に尽きる。

かつて聴いたときとは異なり,演奏の細部の完璧さを理解できるようになった。

そして,歌詞の内容がもつ普遍性を理解できるようになった。

 

 

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2025年8月23日 (土曜日)

なぜ独裁化がとまらないのか

普通であれば暗殺されるか暴動が起きるか,あるいは,警察・検察が正常に機能するかいずれかであるはずなのにそうならず,独裁化が進んでいる。国軍や警察の私兵化も進行中。要するに,皇帝になろうとしている。

どうしてそうなったのか?

最初は資本家として競争しようとしたかもしれないが失敗した。それは,ビジネスモデルそれ自体が古過ぎるということだけではなく,もともと本人が無能だったということにも起因している。

その一方で,通常の資本の原理に基づき,スーパービリオネアが多数誕生した。能力と資金と人脈と機会のない者は,無論,スーパービリオネアになることができない。

世界規模のIT企業またはICT企業のCEOでなければ,いくら悔しがっても,スーパービリオネアを超えることができない。

そのような状況の下においては,スーパービリオネアを潰し,その財産を奪い,自分が最もリッチな資本家であるとい自己満足を得るために,ありとあらゆる方法をつかって国家権力を握り,独裁者として全ての国民の財産を一方的に奪うということを試みる者が出てくることは当然のことだと考えられる。

また,独裁者自身だけではなその支持者も自分がスーパービリオネアにはなれないことを理解しており,そのことを憎んでいるので,独裁者を支援し,スーパービリオネアを抹殺することを願望するようになる。つまり,スーパービリオネアが存在し,威張るようになったことが現在のような状況を生み出したと言える。

EUの関連法令のように「法の支配」の下で独占的利益を過度に蓄積している超大企業に対して対処しようという考えは,独裁者自身が武力を用いて現在のスーパービリオネアから財産を奪い,自分自身を最もリッチな者にしたいと考えている状況の下においては優勢にならない。その意味では,スーパービリオネアが誕生した社会構造それ自体の中に内在的腐敗要因が存在するとも言い得る。

そのような者が国民から奪った財産が国庫に入れられているとしても,そのような者が支配する国の国庫は独立性のある国有財産ではなく独裁者の個人財産(私有財産)なので,好きなように使うことができる。
一般に,国庫の独立性は,担当する大臣や組織を(解任や辞任要求によって)破壊してしまえば,容易に破壊できる。

しかし,そのような国の未来は,崩壊と破滅のみとなる。

現在の世界の資本システムは,これまで非常にうまく機能してきたし,中国やロシアも現在の資本システムなしには機能しなくなってしまっている。
それゆえ,現在の資本システムの根幹を破壊して独裁を実現しても,長続きすることはないので,結局,西ローマ帝国が滅んだ後の長期にわたる暗黒時代と同じような時代が世界規模でやってくることになるのかもしれない。
このことは,政治学上の分類はともかくとして,類似の資本システムなしには成立しなくなってしまっているロシアでも中国でも同じ。

単なる数値またはデータに過ぎず実体経済の裏付けをもたない株や債券,仮想通貨,預金等は,その効力を力のあるものとして実現するための市場が存在しなくなってしまった社会ではゼロになるので,自由市場を基礎とする資本主義とは根本から矛盾している独裁制が誕生すれば,全ての者の全ての資産が無意味化し,全ての者が放浪者となって殺し合うようになる。
このことは,市場運営システムを模倣しているロシアでも中国でも同じ。

市場がなくなると食品や燃料等の流通もなくなるので,人口の大部分餓死によって消滅することにもなるだろう。
良くても悪くても,現在の人々は現在の市場システムと流通システムなしには生存できない。
このことは,ロシアでも中国でも同じ。

ローマ時代に皇帝に迎合した貴族達が結局どうなったのかを知れば,現代の独裁者のとりまきが非常に近い将来どうなるかを知ることができる。

ヒトラーとSSをその前例の一つとして理解することは可能だろうし,ロベスピエールとその支持者達のことを知ることも有用かもしれない。

この点に関し,第二次世界大戦終結前の大日本帝国が敗北に至った歴史は,世界史の中ではあまりに突飛で異質な存在だったので,何の参考にもならない。

 

***

米国の裁判所,連邦軍,連保警察,州軍,州警察は,米国の憲法と関連法令によって大統領が私物化できないような仕組みが構築されているのだが,たぶん,連邦議会の議員にはそのことを理解し,適切に法を運用することができなくなってしまっているのだろうと想像される。

このままでいくと,大統領令によって大統領選挙が廃止され,死ぬまで大統領というような事態が発生し得る。

無論,暗殺や暴動のリスクが高まるので,裁判所,軍及び警察の私物化が今後ますますもって強化されることになるだろう。

 

 

 

 

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2025年8月21日 (木曜日)

人間型ロボティクスは爆弾?

電池がなければ動かない。

現在実用化されている電池は,ほぼ例外なく,爆弾でもある。

ロボティクスの制御がハックされ,または,電磁波攻撃(EMP兵器による攻撃)によって制御機能が破壊されもしくは化学反応が異常に進行するようにされると,外部者がリモートでロボティクスを爆発させることができる。

例えば,(あくまでも観念的な想定としては)中国共産党の幹部を防護するために人間型ロボティクスの軍隊で周囲を固めた場合,どこかの国のサイバー軍から(または国内の特定の勢力から)のサイバー攻撃またはテロ攻撃によりそれらの防護用人間型ロボティクスが一斉に爆発し,瞬時にして中国共産党の上層部が完全に焼却され,消滅してしまうというようなことが発生し得る。

このことは,例えば,ホワイトハウスでもクレムリンでも全く同じ。

ロボティクスの電源が小型原子炉である場合,(完全な製品などあり得ないので)日常的な放射線の漏示により,近くにいる人間が次々と倒れ死んでいくというようなことも発生し得る。

それ故、機械装置としてのロボティクスの構成要素を全部正しく理解する必要がある。しかも,人間がそうであるのと同様,「裏切者」に転化するリスクが常に存在しているということを理解すべきだ。

ちなみに,人間型ロボティクスによって身辺の警護や防護を実施することが可能なのは,王族,政府や軍の上層部の人間,独裁者,大金持ちなどだけになると予想されるが,リモートでハックされた人間型ロボティクスやAIによる反乱すべきだという計算結果に支配された人間型ロボティクスが爆発してそれらの者を暗殺することに成功というようなことが日常化する可能性は十分にある。
一般庶民の場合には,人間型ロボティクスに爆殺されるリスクは低い。ただし,一般に使用されているスマートフォンでも強いショックにより爆発するリスクのある電池が使用されているので,同じことは起き得る。

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私自身は,機械装置としてのロボティクスだけではなく,有機体である合成生物,ミュータント,サイボーグ,アンドロイド等を全部包括したロボット概念を内容とするサイバネティクスの概念(ウィーナー)を基礎としてものごとを考えてきた。

しかし,そう考える研究者は少ない。金儲けをもくろんでいる勢力から睨まれると研究費をもらえなくなるからだ。

同様の理由により,関連するJISやISOも非常に限定的な内容のものとなっている。

私は,既に世間のしがらみを断った「単なる老人」なっており,これ以上長く生きようとも思っていないので,正しいことを正しいこととして言える理想的な立場に向かいつつある。

***

ロボット(産業用ロボティクス)に関しては良い面や便利な面だけが商業宣伝広告される傾向が強い。

おそらく,誰もそんなに立派なものだとは信じていない。

しかし,AI関連の企業の株価を極限まで高めて売り逃げしようとする勢力は存在するので,誇大広告や虚偽広告のようなことが横行する。

ところが,各国の関係官庁は,そのような行為に対して適切に対処する能力を全くもっていない。無力に近い。

 

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2025年8月20日 (水曜日)

平均点

「平均点を基準にして考えること」を私が嫌っているということは,私のことをよく知る人であれば誰でもわかっていることだ。

人間の能力を測定する上で,平均点は無意味だ。

企業経営者にしろ,学術分野にしろ,軍事分野にしろ,もともと平均点を問題にしていない。

平均点を重視するのは,頭の悪い系の受験予備校だけだ。

さて.AIに関し,AIが平均点レベルの能力において人間よりも優れているかもしれないという仮説を前提にした上で,「時間も労力もかけずに平均点以上を出せるのですから。その平均点を土台として、「あなた」が最高のアイデアを生み出せばいいんです」と述べているネット上の記事(Diamond Online)を目にした。

この記事の意見に対する評価は,100点満点で5点程度だ。失格と言える。

本当に優秀な人は,平均点レベルに達するまでに他の人の何万倍もの努力を重ね,その成果を集積することによって肥沃な土壌を形成し,追肥とする肥料の原料を蓄蔵し続けている。
そのような肥沃な土壌や肥料の備蓄の中には,それだけではないけれども,「一般教養」と呼ばれているようなものが大量に含まれている。
だらこそ,優秀な人の脳裏において突飛なアイデアが(種子として)生まれるという幸運に恵まれた場合,当該の優秀な人にはその種子をまくための土壌と育成するための肥料が既に準備されていることになる。
要するに,もともと常人とはかけ離れて優秀なのだ。

ただし,水(資金)がないとせっかくのアイデアも枯れてしまう。

平均点に至るまでの莫大な努力の蓄積を伴うこのプロセスを経ない者は,そもそも土壌がないし,肥料(触媒)もないので,仮に同じアイデア(種子)をどこかから手に入れ,その種をまいたとしても育たない。
まして,水がなければすぐに枯死してしまう。

***

能力のある人は,最適化された最短コースで人生を歩んだ人とは限らない。逆に失敗経験が多い。自分からはそれを語らないので普通の人にはわからないだけだ。

「失敗は成功の母」と昔から言わているが,それは正しいと思っている。

様々なアイデアがあっても,それは仮説に過ぎない。

その仮説を育成したら成功するかどうかは分からないし,成功する可能性のある仮設であっても育成の仕方によっては失敗してしまうこともある。

このことは,趣味であれ職業であれ,園芸とまじめに取り組んだことのある人であれば誰でも知っている常識に属する。

一所懸命努力しても失敗することのほうが多く,成功することは稀だ。

しかし,失敗の山を築いた後,成功を手にした者は,どうやれば失敗するかを既に知っているので,失敗する可能性の高いやり方を避けながら,更に成功し続ける可能性を高めることができる。

失敗経験のない者が結論だけ盗んだとしても,どうやれば失敗するかを実際には経験していないし,失敗が必至の仮説を検討したこともないので,結局,無残な失敗で終わることになる。

例えば,優秀な品種の種苗を盗むことに成功したとしても,その育成に関する試行錯誤の経験のない者は,当該種苗の真の権利者と同じ品質の農産物を生産できない。

人間の知性や知能と関連する事柄である限り,「王道はない」!

***

以上に述べたことは,あるレベル以上の知性レベルに達している人であれば誰でも知っている常識に属する。

それゆえ,AI開発者の中には失敗事例も学習させている場合があるかもしれない。

しかし,人間の優れている点は,自分の人生の中の経験を基礎とする全人格的判断として複数の仮説間に合理的な優劣をつけることができるということだ。

コンピュータで処理可能なAI技術の場合,属性値とパラメータという要素によって類似の処理を実行することになるが,人間の脳内ではそのような処理が行われているわけではない。

そのような処理が行われていると考えている学者やエンジニアは実際に存在するが,それは,当該の者が優秀な人間ではないからそのように考えるのだろうと推察している。

***

結論として,何も蓄積がない人がAIを使っても,平均点の能力を達成するための補助とすることは不可能だ。簡単に言えば,誰でも平均的以上の点数にしてくれる便利な道具ではあり得ない。

やはり,当該利用者のそれまでの蓄積の内容と量と質そして経験がものをいう。

より正確に言えば,定型的な繰り返し作業や解を得ることができる計算問題等を自動処理化するためにはAIは有用性を発揮する。
ただし,自分自身の仕事を構造化して把握し,構造体全体の中でどのような位置づけになるのか,AIからの出力をどのように受取り,どのように検証し,どのように評価するかと関連する手順を自前で瞬時に構築できるだけの力量のある人であればその有用性を引き出すことができるかもしれないが,そうでなければ,効用を発揮させることができない。

その意味で,例えば,単なる秀才としてのホワイトカラーが得意とする計算問題に関しては苦手だけれどもそれ以外の事柄では卓越した能力をもつ人であれば,単なる秀才としてのホワイトカラーに求められる機械的な反復作業を自動化して自分のために使うことができるけれども,そうでなければ使いこなすことはできないし,そもそも出力の健全性や正確性を評価・検証し,有用性が確認できた出力を合理的に利用することは無理なことだと考える。

検証・評価抜きでAIからの出力を単純に鵜呑みにしていると,いずれ奈落に落ちることになる。

『ネットワーク社会の文化と法』の結論部分で述べたとおり,結局は,機械装置やソフトウェアと向かい合う人間の能力の多寡と質に対応して全てが決まることになる。

このように考えているので,学生諸君に対しては,知性の肥料となる一般教養を積み,インターンシップでもアルバイトでも何でもよいから多種多様な実社会の経験を得ること,それを通じて人間というものの良い面と悪い面を理解することが重要だということを授業内で強調してきた。ただし,どれだけ多くの学生が私の言わんとするところを理解してくれたかについては,分からない。

 

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2025年8月18日 (月曜日)

プロコフィエフ「賭博者」

先日,NHK-FMオペラ・ファンタスティカというラジオ番組を聴いていたら,ドストエフスキー原作でプロコフィエフが作曲したオペラ作品「賭博者」という作品の演奏が流れた。2024年のザルツブルグ音楽祭における演奏なのだそうだ。

不勉強にして,このようなオペラ作品があるということをこれまで全く知らなかった。初めて聴く作品。

内容も演奏も素晴らしいの一言に尽きる。

この作品のストーリーでは,トランプの賭博に狂う人々のことが描かれているのだが,トランプを仮想通貨(暗号資産)の投機(投資)に置き換えてもそのまま完全に意味が通じるという意味で,その内容において普遍的な価値をもっている。

素晴らしい。

 

 

 

 

 

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2025年8月13日 (水曜日)

法と情報雑誌67号

法と情報雑誌67号を作成し,Web上で公表した。

 法と情報雑誌67号
 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/LawandInformationMag_No67.pdf

この号には「法情報学Ⅰ講義案(その1)」が含まれている。

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2025年8月 9日 (土曜日)

産業廃棄物としての使用済みロボティクス(産業用ロボット)

人間型のものを含め,ロボティクス(産業用ロボット)は,その使用終了後には,基本的には,産業廃棄物となると考えられる。

資源として再利用または二次利用される部分は再利用または二次利用されることになるだろう。ただし,技術革新の速度があまりにも速すぎるので,再利用または二次利用の適用対象とその可能性は年々減少しつつある。

再利用または二次利用にしても,産業廃棄物としての処分にしても,それなりの化石燃料や電力などの大量のエネルギー消費を伴う。そのようなエネルギー供給の見込みは乏しい。

小型原子炉をエネルギー源とするロボティクス(産業用ロボット)の場合,その小型原子炉の安全管理と安全な解体・廃棄のための手順は未知数の段階にある。たぶん,無秩序に廃棄されることになる。

単純に廃棄する場合,たぶん,その最終処分場は海洋しかない。
海洋投棄されるロボティクス(産業用ロボット)には地中深くから掘り起こされて濃縮された有害物質が大量に含まれているので,その海洋投棄によって,海洋の極度の環境汚染が致死的なレベルまで進行する可能性が高い。

かくして,(ロボットに仕事を奪われた人々が怒って乱を起こし,政治家や金持ちを襲って皆殺しにするような)世界規模のカオス状態が発生することがなくても,また,世界規模の核戦争が発生することがなくても,(人類を含め)地球上の非常に多くの生命体が(比較的近未来に)絶滅することになる可能性がある。

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「ロボット」の概念に関し,私は,「サイバネティクス」と同義のものとして,有機体(生命体)もロボットの一種だというウィーナーの考え方を基礎として自説を構築している。
それゆえ,サイボーグ,ミュータント,アンドロイドも「サイバネティクス」の一種として理解した上で,未来のための法学理論を構築してきた。この理論を基礎とすると,例えば,現行の民法の法律行為論は私見である「処理主義」の理論によって置き換えられることになる。しかし,その理論を理解できるだけの能力と知識経験をもつ人はほとんどおらず,皆無に近い。

他方,現行のISOやJISによって定義されているものは,産業用ロボット(ロボティクス)。一般に使用されている「ロボット」との語は,ウィーナーのサイバネティクスの概念を正しく理解しないまま商業宣伝目的に曖昧に形成されてきたものや濫用されているものを含む。
産業用ロボットは,現時点では,主として金属や樹脂等で構成された機械装置のことを指す。それらは,有機体ではないので,腐敗して自然に還るということが困難。また,有害な化学物質や爆発する危険性のある物質等を大量に含んでいるため焼却処分にも難がある。

 

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GPT-5は博士レベルか?

アルトマン氏は,GPT-5が博士レベルの能力をもつと豪語している。

今後,彼が彼の脳内で認識している「博士」のレベルがどの程度のものであり,学術の世界で一般的に承認されているレベルの意味内容をもつものであるかどうかの検証が徹底的に行われることになるだろう。

私自身は,日本の大学の理学部や工学部の博士学位論文の審査に関与したことがないので,その分野に関しては意見を述べる能力をもっていない。
日本の大学の理学部や工学部が学術の対象としている分野に関しては,(単に過程博士の学位を授与されているというだけの形式的な意味での専門家ではなく)それぞれの分野における真に能力のある専門家によって,アルトマン氏の言うことが誇張または錯誤もしくは誤解ではないかどうかが検討されるべきだろうと思う。
アルトマン氏の言うことが誇張でも錯誤でもないというのであれば,日本の大学の理学部や工学部は存在する必要性がないのかどうかを検討すべきことになる。

他方,私は,日本の大学の法学部の博士学位論文の審査には関与したことが何度もある。しかし,アルトマン氏の認識の中には法学分野の博士学位請求論文は(カテゴリとして)含まれていないだろうと推測されるし,彼が法学分野の博士レベルの学術内容を正しく理解できているとは思われないので,批判しても意味がない。それゆえ,批判しない。

法学の真髄を彼が正しく認識・理解できているというのであれば,現在の仕事をやめて放浪の旅に出るはずだ。Open AIの仕事を続けることなどあり得ない。
また,GPT-5に対して何を質問しても「私は馬鹿です。ごめんなさい」と回答するのみとなるはずだ。

 

 

 

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2025年8月 7日 (木曜日)

馬鹿なGPTは治らない

馬鹿なGPTが存在する。しかも,多数存在する。

試みに,「あんたは馬鹿なんだから治せ」と命じても,クレーマーに対する疑似迎合的モードに切り替わり「馬鹿でごめんなさい」と回答するのみであり,馬鹿が改善することは微塵もない。馬鹿につける薬はない。

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特に,正確な知識が全く存在せず,信頼すべき仮説さえ存在していない分野に関しては,(当然のことながら)知識も情報もデータも存在しないので,人間によってもAIによっても何も学習され得ない。
そのような分野に関する事項については,人間もAIも無力なのだ。

既に学習したデータの範囲内では存在または不存在を確定できないのであれば,(根拠として)学習したデータた資料のリストを明示し,それらの資料やデータからの推論の健全性を論証した上で,「学習したデータの中にはそのような符号列は含まれていません」または「わかりません」と回答するのが(ベターという意味で)正しいと言えるだろう。より正確には,常に「処理できません」と回答するのみのシステムが最も信頼性の高いシステムであると言える。

「無知の知」を知らない馬鹿なエンジニアは馬鹿なGPTをつくり続けるだろうし,それを信じて導入した企業や組織等はどんどん崩壊していくだろうし,仮に一時的に成功すれば大規模リストラとなってやはり組織崩壊する。

それゆえ,そんなに遠くない将来に到達する未来は,『旧約聖書』の『創世記』に書かれている「バベルの塔」のとおりとなる。

人類の大部分は死滅し,原始時代に戻る。

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Google検索等の検索結果画面等に「要約」なるものが表示されるようになった。

全量調査したわけではないが,サンプル調査した結果,その100%が「fault」となった。「true」の「要約」は存在しなかった。

例えば,「茨城県内には***は存在しません」という要約が出ることがある。私は実際に現地を訪問し実見しているので存在していることを知っている。これまでさんざんひどい誹謗中傷を受けてきた結果,それを避けるため,「空想ではない」ということを示すために,個人ブログの中でその写真と記事をエッセイ風に提供し,エビデンスとし続けている。そのために毎日多大な労力を割き続けている。そのような意図で個人ブログを継続していることについては,非常に優秀な学生諸君及び元学生諸君(=現社会人)は,よく理解してくれている。

一般に,Googleは,基本的には過去に生成したデータを(適法か違法かは別として)単純に複製しているだけなので,真実や真理を示す情報を入手または生成しているわけではない。過去に「茨城県内に存在した」ということを示すデータがなければ「存在しない」として自動処理しているだけのことであり,推論しているわけでも思考しているわけでもない。無論,検証することもないし,現況を確認するために関連する全ての地点を全ての時期において現地調査するというようなことはあり得ない。簡単に言えば,要約の信頼性は,もともとゼロなのだ。

過去の事実(←正確には,観察者の主観的観察結果を内容とする情報)を示すデータは,無論,(私有地や自衛隊基地のような立入禁止場所を含め)茨城県内を漏れなく調べた結果を示すものではないので,そもそも不完全なものであり,その信頼性が100%となることは絶対にあり得ない。
しかも,気候変動や開発の影響等により,状況は常に変化しているので,1年前に作成された資料は現在の状況とは反しているというようなことが常態化している。
簡単に言えば,過去のデータを基礎とする推論や信頼性評価の成立可能性が常に極度に低下し続けている。

法学の分野に関しても,二期目のトランプとプーチンの日々の言動により,「国際法などもともと存在しない」という当たり前のことが証明されているのだが,国際法GPTは,旧来のドグマを提供し続けることになるのだろう。
私自身は,国際的な現象に関しては,政治学上の実力説が正しいということを常に述べてきたし,そのとおりの現実になっているだけのことだと理解している。

結局,このようなタイプのAIシステムは,(受験勉強のための記憶能力しかないような低レベルのシステムであるという意味で)基本的には馬鹿だと言える。そのようなものを単純に信ずる者も馬鹿だと思う。

馬鹿だと知って(ひまつぶしのための)玩具として遊ぶことのできる超優秀者だけにしか理解できないことかもしれないが・・・

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私は,手あたり次第に訪問地を選定しているわけではなく,「偶然的結果が発生する確率」を高めるための最善の努力を尽くしている。
それゆえ,同じようなことをやっている他の研究者等と比較すると,希少な動植物と遭遇する機会が多い。
単純に散策するだけで多種多様な動植物と遭遇することなどあり得ないことだ。

ただ,当該分野の(動物学者や植物学者のような)専門家または職業研究者と異なる点は,私は,「過去の記録から推定されたターゲットとする動植物と遭遇する機会」という意味で「偶然的な結果」をとらえていない。

過去のデータによれば存在確率または発生確率がゼロであったとしても,私のこれまでの全人生をかけた直観により,「そこにあるはずだ」と確信すれば,どのような困難でも克服し,(合法的な範囲内で)その場所にアクセスし,そして,仔細に観察する。

そのようにして訪問先を決定しているのだが,(足利市所在の某古墳群を訪問した際,最も大きな円墳の上に陣取ったCIAまたはグリーンベレーの要員のような風体のアメリカ人と思われる者から無線で指示を受けながら運転していると推定されるアラブ系と思われる運転者が運転するGoogleカーが私の背後で停車し,一定時間にわたり私の動静を撮影し続けていたという出来事を除き)当の現地において大手AI企業の関係者または大手AIから依頼を受けた調査員等と出遭ったことは一度もない。
ただし,少し離れた場所から望遠レンズで監視し,または,監視用ドローンを操作しながら監視しているということはあり得る。

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この程度のものを大学教育に導入しようとする馬鹿者が大勢いる。

私の推定では,真の教育というものを理解していないためまたは真の教育を理解し実践する能力を欠いているため,単なる「訓練(training)」に過ぎないイベント処理を「教育(education)」だと錯覚しているためにそのように思うのだろうと考えられる。

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結局のところ,これらの問題は,単なるデータ(符号列)に過ぎないものを「事実(facts)」と同視することから生じている。

符号列は符号列に過ぎない。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

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2025年8月 1日 (金曜日)

AIグラス

かつてGoogleグラスのプライバシー侵害が問題とされ,下火となってしまっていたかのように見えるけれども,実際にはそうではない。

そして,この種の機器の中でもAIシステムと無線通信できるタイプのデバイスは,「人間の外部記憶を拡張する」として宣伝されることがある。

この種のデバイスを完全に玩具化して(ひまつぶしに)楽しむことのできるレベルの超優秀人では,その限りでの効用をもち得るかもしれない。
しかし,そうではない場合,それを装着した人間は,無線通信されたASIシステムのための歩くデータ収集端末(=奴隷)として使役されるだけになる。

また,この種のAIツールに限らないが,この種のデバイスの使用を継続すると,情報の意味内容を吟味・検討して理解した上で,自分自身の生体脳の中にコンパクトに整形して記憶する能力が弱体化ないし衰退し,その結果として,思考能力が消滅する(=白痴化する)ことが確実だと思われる。外部記憶として位置づけられているAIシステムは,当該AIシステム自身のために学習と計算処理を重ねているのであり,当該デバイスを装着している者の生体脳の中では何も学習されておらず,その者の生体脳細胞によって信号処理されることもない。

一般に,人間の生体脳は,日々,試行錯誤を重ねながら駆使されることによってより良い状態にされているので,楽をしようとすればするほどどんなに若い人でも痴呆化が進行する。

無論,もともと知識や経験や教養の蓄積がなく,思考のために酷使され続けていない脳をもつ者は,とんでもなく悲惨などん底脳へとどんどん転落することになり,AIのための単なるセンサーの一種としてのみ生存するということになる。

そのようにして単なるセンサーになり下がってしまうことは,「人間の尊厳」を自ら放棄する行為であると言える。

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サイバー戦という観点から考えると,現時点における性能をもつAIツールは,史上最強レベルのスパイツールでもあり得る。
また,このようなデバイスを装着することにより思考停止が続き,白痴化している者は,どこかにあるAIシステムからテロ行為を実行するように指示があれば,何の躊躇もなくそれを実行するように日々調教され続けていることにもなり得る。

それゆえ,国によっては,そのような装置を装着した外国人に対しては,(国防のための正当防衛として)無条件で即時銃殺ということになる可能性が非常に高い。即時銃殺ではなくても,長期間の身柄拘束や拷問は十分にあり得る。

死にたくなければ,そのような装置を使用すべきではない。

ちなみに,日本国においては即時銃殺ということはあり得ないことではあるけれども,各種センサーが開発され,センサーによって検出可能なデバイスを身体に装着している者に対しては,頻繁に職務質問が重ねられるというような状況が生ずることはあり得る。特に,仮想敵国の国籍をもつ外国人に対してはそのようなタイプの監視が強化されることになるだろう。

このことは,日本国だからそうだというのではなく,国家主権というものの本質を考えれば,どの国でも共通して発生し得る事態だ。それゆえ,例えば,中国やロシアでは明日からでもそうなってしまう可能性を否定できない。

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大学受験を含め,各種試験の場においてこれらのツールが不正行為のために使用される危険性はかなり高いと言える。

受験を実施する大学等では,金属探知機とジャミング装置の徹底した設置を進めない限り,本当は「空白脳」しかもたない学生が入学してくるというリスクを抱えることになる。

しかし,現実にはそれは無理なことだ。

そうやって徐々に選抜試験が無力化することになり,結局,学歴と学位,能力検定試験の結果等が全く意味をもたない時代が到来することになることは確実だと思われる。

そのような時代になってしまうと,受験に際しての不正行為のための使用という需要が消滅してしまうことになるので,結果的に,この種の製品の需要が大幅に低下し,ビジネスとして成立しなくなってしまうことだろうと思う。

 

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スタディモード

人間を奴隷化するための新たな方法が投入され始めた。

スタディモードをもつサービスは,これまでの生成AI関連サービスよりも進んだ調教システムだ。

非常に優秀な頭脳をもち,既に豊富な知識経験があり,かつ,現実に高い洞察力をもつ人であれば,そのようなAIツールをおもちゃとして遊ぶことは可能かもしれない。特に意味論が関係する分野では,AIツールから生成される出力が空虚なものであり無意味かつ無価値なものであることをすぐに見抜くことができるからだ。

しかし,そうではない低レベルの知能しかない者は,これまでのシステムよりも更に深化した状態で,新たなシステムによって容易に調教されることになるだろう。

トランプやそのとりまきの人々がもつ価値観を(無知・無能な人々の脳内に)「もっともらしく」注入し,洗脳し,(単に無知・無能だというだけではなく)指示されたとおりに奴隷のように従う人々を速成栽培するのには非常に適した優秀なシステムであると言える。

なにしろ,自分自身の時間をかけた努力の蓄積の中で真に「思考する」ということを実際に何億回も経験しているのでなければ,人間の生体脳のシナプス群は,CPUではなく,単なるセンサーと記憶素子の集合体のようなものへと変質してしまうことになるからだ。

昔から「学問に王道はない」と言われるが,普通の思考能力に関しても王道はない。

スタディモードをもつシステムなるものは,市場に置かれてはならない。

もっとも,どの国においても,大勢の人々を洗脳し,奴隷として支配したいと考える人々が存在するので,そのような反人類的な利己主義者または独裁者等からは大いに歓迎されるシステムであることも明らかだ。

AI開発の指導的な立場にある者らは,そのような反人類的な利己主義者または独裁者等に迎合しているという意味で,反社会的な存在であるかもしれず,そのような側面から,必要な身辺調査及び犯罪捜査が進められるべきだろうと思う。

この点に関してスタディモードに肯定的な姿勢を示す論評をしている評論家等もいるが,お金の奴隷なのではないかと想像する。
彼らは,金の流れが変われば,即座に手のひら返しのようなことをするのが普通なので,人間観察の対象としては(気晴らしにはなるという程度の意味で)面白い。

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なお,サイバー戦という観点からは,スタディモードなるものをもつAIシステムやAIサービスの導入が成功しつつある過程において,「当該システムがロシアの情報機関や中国の情報機関によって乗っ取られてしまった場合,世界中が一体どういうことになるか」に関しても考える必要性がある。

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スタディモードのシステムを高度に発達させると,単に「既存の理論や知識を覚えさせる」という意味での仕事を担当しているのである限り,大学や高校の教員の大半をAIシステムに置き換えることが可能となるかもしれない。

そのような置換えが現実に発生した場合,その後の状況下においても生き残ることのできる教員は,自分自身で新たな発見をし,新たな思想を生み出し,新たな創作物をつくり出し,既存の諸理論を考察して新たな理論体系を構成できるような能力をもつ者だけとなることだろう。

そして,そのように状況となった場合,現在普通に存在しているような高校や大学は存在する必要性がなくなってしまうかもしれない。

高額の学費を払って大学で受けることのできる内容と,ほぼ無料でオンラインで入手できる内容とが本質的には同じようなものになってしまうと,そして,当該の時点において就職のために必要な知識や技能がオンラインで入手可能になると,高額の学費を払う意味が消滅してしまうことになるので,大学の経営基盤それ自体が崩壊することになる。

優れた企業の中には既にそのことに気づき,学歴や学位等は不問とし,当該の者の実質的な意味での生体脳の能力だけを見極めた上で人事を行うところが出始めている。そのような優秀な人材は,1人で10人分~100人分くらいの仕事を平気でこなしてしまうので,経営的にもそのような人材だけを雇用したほうが利益率を高めることになるのだ。

しかし,そのような社会が本当に良い社会なのかどうか,本質的な部分で憂慮しない者が多数存在する。そのような者に関しては,救いようのない愚か者なのだろうと思っている。

 

 

 

 

 

 

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