抑止力
一般に,抑止力は,様々な要素によって構成されている。
武器の場合,個々の武器の破壊力が重要だが,破壊力だけでは意味がない。
相手から攻撃されない距離のところまたはそのような場所から,自軍だけが攻撃できる運搬力も抑止力の重要な要素となる。具体的にはミサイルの飛距離等がこれに該当する。
核兵器ではない通常兵器であっても,自軍だけが相手方から攻撃を受けることのない場所からミサイル攻撃ができる場合,十分に意味のある結果を得られる。相手方の防空体制が十分ではない場合,航空機による攻撃もそれに含まれる。
それらの諸要素を組み合わせて考えた上で,防御と反撃を考えなければならないのだが,先手でないと自軍が破壊されてしまい反撃できなくなるので,そのような状況が世界規模で発生する場合,基本的には,あっという間に世界全体が破滅してしまう最終戦に突入することを避けることができない。そのようになることを危惧してひるんだ側が,以後,一方的に弱い立場になり,結果的には支配されるような状態となる。
あくまでも一般論としては,政治家であっても,警察または軍の指導的地位にある者であっても,国庫から恣意的な財産移転を受けて私腹を肥やすことができる場合,そして,自分の家族や親戚だけ裕福にすることができる場合には,独裁者の出現を避けることができない。その一族が国庫から恣意的な財産移転を受けることができる場合,その一族に属する者以外の者が納税者という名の奴隷層になっている社会なのであり,そのような社会構造が社会体制として固定化されることを意味する。それは,民主主義の社会とは正反対の社会だ。
独裁者は,自分の財産と地位を脅かす者に対しては,あらゆる手段を使って威嚇し,攻撃し,そして,破壊する。
そのために自軍の兵士が何万人死ぬとしても,(もともと奴隷に過ぎないので)独裁者が苦痛に感じることが全くない。奴隷である兵士とは,そのような使い捨ての道具の一種に過ぎない。
相手国で行動する工作員も同じだ。使い捨ての道具に過ぎない。
しかし,独裁者が支配する奴隷制度の下では,奴隷自身がそのことに疑問をもつことがないという特徴がある。時として疑問に思うものが発生しても,たちまち粛清される。つまり,思想の自由も表現の自由もない。
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「先手必勝」という言葉がある。
通常は,確かに,先手の方が有利となる。
しかし,相手の状態を完全に読み切れている場合に限る。
水爆等を駆使する最終戦においては,相互に相手の状態を完全に読み切ることができない。
水爆等を駆使する最終戦においては,先手であれ後手であれ,相手国も自国も焼却し切り,地表から消滅させる可能性が異常に高いので,地球上で人類が生存する可能性はほとんどない。
それでも狂気の独裁者は,水爆を使用しようとするかもしれない。そのような狂気をとめることができるのは,通常は,その独裁者の側近だけだ。
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