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2021年12月18日 (土曜日)

Sylvestro Ganassiのマドリガルなど

大学の講義とその準備等の時間は当然として,雑用の連続で途切れた時間帯を除き,かなり気合いを入れて続けていた翻訳をとりあえず終えることができた。

まだバグ取りを終えていないので,再度検討しなければならないのだが,疲れたので来週以降に回すことにし,音楽CDを聴くことにした。

シルベストロ・ガナッシ(1492~1557年)等の曲の演奏を収録したCD(ZZT081002)を聴いた。2008年に録音された演奏のようだ。

どの曲もやや地味で,派手さは全くない。とても落ち着いた良い演奏だと思う。

***

現代の著作権と関連する海外の法令や判例法を勉強していると,様々な場面において,常に,模倣や混合の問題と直面することになる。

理屈だけではわからない。

実際に,過去500年くらいにわたる様々な文学(著述),音楽,絵画,彫刻,建築,舞踏等の作品を多数観賞し,先人の研究業績を読み,考えるのだが,「なかなか面倒な世界だ」という感を深めるばかりだ。

しかし,ある芸術家がもし存在しなかったとしたら,その芸術家の作品が生まれなかったこともまた明らかだと考える。

ベートーヴェンの作品はベートーヴェンでなければ作曲できない。ミケランジェロの作品はミケランジェロでなければつくり出せない。

それらの作品の中には先人の作品の要素が含まれている。その意味では,確かに過去との連続性があり,模倣により導入された要素が含まれている。

しかし,それらの作品は,それらの天才のみがつくり出せるものなのだ。

私のような凡人がいくら模倣しようと思っても,そもそも模倣できない。

若い頃にマニエリスムに関して随分と勉強した。ただし,美術理論中心だった。それから何十年も経ち,その間に多種多様な無数の作品を観賞し,美学の分野を含め,芸術と関連する理論書を多数読んできた。

結論として,現代においてもなお,マニエリスムとしてとらえられているような精神現象がそのまま(または,かなり退行したかたちで)続いているのではないかというような印象をもつ。

尺八の演奏のようにも聞こえるガナッシの楽曲の渋い笛の演奏を聴きながら,何となくそのように思った。

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