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2021年10月25日 (月曜日)

ヘンデル:ディクシット・ドミヌス

加齢には勝てない。

疲れたので,仕事を中途でやめ,残りは明日以降に回すことにした。

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮の演奏によるヘンデルのディクシット・ドミヌス(Dixit Dominus)のCD(Philips 462 597-2)を聴いた。

素晴らしいの一言に尽きる。

同じCDに収録されているヘンデルのグロリアも秀逸な演奏だ。

たぶん,ソプラノのGillian Keithの声質が私の好みということもあるのだろうが,それにしても,全体として完成度が高い。

歌手の声質の好みは各人各様なので,それぞれの趣味に従って選択すれば良いのだが,私個人の主観によれば,素晴らしいソプラノだと思う。

そして,全体として,これだけ立派な演奏にはなかなか遭遇しないものだ。

同じCDに収録されているヴィヴァルディのグロリア RV 589。私の大好きな曲の1つだ。

同曲のコルボの指揮による演奏も素敵だが,ガーディナーの演奏の方が溌剌とした演奏であり,たぶん,ヴィヴァルディの意図を非常によく理解した上での演奏なのではないかと思う。

***

著作権法の歴史をひもとくと,ヘンデルの作品と生涯を避けて通ることができない。

たぶん,日本国の法学者の大部分は,ヘンデルの音楽がどのような音楽だったのかには興味がないので,ヘンデルの楽曲と同時代またはその前後の他の作曲家(例:コレルリ)の作品との比較による詳密な楽曲分析はしないだろうと思う。ヘンデルに関しては,個人的には,ハープシコードの組曲が最高傑作だと思っている。グロリアの中でコレルリの模倣と思われる他声部の積み重なりを耳にすると,何度聴いても背筋がゾクゾクと高揚する。それくらい,コレルリの手法は美的に完全に完成されたものなのであり,ほぼ神の領域に達しており,それを乗り越えることはできない。ヘンデルがその作品の中で模倣したことにはそれなりの理由があるのだ。

そのあたりを理解するにはかなりの年月をかけて音楽全般に精通する必要性がある。しかし,現代社会はそのような社会ではない。

それゆえ,理屈は上手でも本質を理解できない職業学者が多数生産されることになる。大量生産される楽器と同じで,それ自体としてはとても優れたものではあるのだが,(個性がないので)後世に残ることはない。

まずは,とにかくのめりこむことが大事だというのに・・・

好きな芸術のジャンルは私のそれとは異なるし,法学上の考え方にも相違はあるけれども,私が著作権法専攻のO先生やK先生に着目し続けていることにはそれなりの理由がある。優れていると思う。

 

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