奇妙な議論
通信企業は,企業である以上,当該国家の法令に従い,適法に行動しなければならない。
一般に,テロ行為の扇動行為は,表現の自由の範囲外にある。それゆえ,テロ行為の扇動行為に加担する結果となることが明白な場合,そのような扇動行為を構成する通信を遮断することは,当該通信企業にとって「適法に行動すること」の一部となる。
米国のTwitterやFacebookが講じた措置は,予め明示されていた利用条件の違反行為及び警告無視という事実を踏まえ,利用条件に基づき,予め提示されていた措置を実行しただけのことなので,表現の自由の侵害には該当しない。TwitterやFacebookの利用者は,もともと,当該プロバイダが設定した利用条件の範囲内においてのみ表現の自由を享受するのにとどまるものであるし,当該プロバイダの支配権内においては,利用条件に定められている以上の表現の自由は保証されていない。
企業活動の自由が保障されている以上,上記のことは自明のことと言える。
では,個々の利用者が大手通信企業等の利用条件とは無関係に(適法行為の範囲内で)自分が享受したいと考える表現の自由を享受するためにはどうしたらよいのか?
自分自身でサーバを構築し,通信の送受信をすれば良い。
日本国における「パソコン通信」の全盛期はまさにそのような状態だった。
しかし,自分自身でサーバを構築する技術のない者やホスティングサービスを利用できない者はどうしたら良いのか?
紙媒体で表現の自由を享受すれば良い。
無論,それらの表現の自由は,適法行為の範囲内においてのみ許されることなので,例えば,テロ行為の扇動行為等を内容とする表現行為を実行する者は,その行為に適用される法令に基づき処罰され,その表現行為によって得た収益も犯罪収益として没収の対象とされ得る。
日本国の刑法のレベルでも,「侮辱」や「名誉毀損」を構成する表現行為は,違法行為であり,表現の自由の範囲外になる。脅迫や恐喝のための表現行為もまた,犯罪行為それ自体の一部となる。すなわち,表現の自由の中に含まれない。著作権法違反行為(公衆送信権または公衆送信可能化権の侵害)を構成するような表現行為もまた,違法行為であり,表現の自由の中に含まれない。
これらのことは,法治国家として当然のことと理解されている。
以上のような普通の理解を前提としない奇妙な論説が横行しているけれども,「無知の極み」または「烏合の衆」という感を否めない。
TwitterやFacebookは,とても便利なものだし,親しみやすいものだ。だから,その利用者は,「自分のためのもの」と錯覚しがちだ。
しかし,TwitterやFacebookは,それらのサービス提供主体の利益のために存在する企業活動の一部なのであり,無論,「利用者のもの」ではあり得ない。
それゆえ,SNSなしでは生きていけないような生活を一日でも早く解消できた者は,その生存確率を高めることになる。その逆もまた真。
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コメント
匿名希望さん
インフラとは,もともと下水管のことを意味し,現在でも下水管等の社会生活上の必須の基盤機能のことをインフラ(infrastructure)と呼ぶので,社会の中からインフラが少なくなると非常に困ることになるだろうと思います。19世紀頃までは(下水が整備されていないために)道路に糞便を流すような国が普通だったようですし,現在でも,下水があっても終末処理が行われていないために河川等にひどい汚染を発生させてしまっている国がいくらでもあります。
とはいえ,日本国が貧乏になると,インフラの維持管理ができなくなるので,日本国もそのような不潔な状態に戻ります。
なお,SNSをインフラとして理解するかどうかは観点によって異なるかもしれませんが,私は否定的です。インフラ層ではなくごく表層的なアプリケーション層に位置するものだと理解しています。詳しくは,私の「情報社会の素描」をお読みください。
投稿: 夏井高人 | 2021年9月 9日 (木曜日) 01時27分
夏井高人様
ご無沙汰しています。
SNS等の役務は、ときどき(あるいは頻繁に?)企業活動の範囲を逸脱してしまいますね。あるいはそもそも一般人が考えるような「企業」ではない主体の活動であることもありますが・・・
それを安易にインフラ、と呼ぶ今の風潮は、気持ちのいいものではありません。せいぜいプラットフォーム、と呼ぶのが限度でしかないような役務に対するインフラという表現の濫用は、世の中のためにならないと感じます。
またもし、その類の役務がインフラになってしまうとすれば、むしろインフラなどというものは社会の中に少なければ少ない方がいいですね。余計な脆弱性を社会に取り入れる必要はないと思うので。
それにしても、先達は、あらまほしき事なり。
年月を経ても変わらない、先人の言葉の価値を再確認しています。
投稿: 匿名希望 | 2021年3月24日 (水曜日) 08時16分