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2018年4月11日 (水曜日)

いろいろと思うのだが

先日開催された法と情報研究会第2回公開研究会において,小倉秀夫先生から当事者不明の場合の送達と関連する研究報告があった。非常に勉強になり,その報告に刺激を受けてかなり大きな学術的関心をもつようになっていたところ,私自身が弁護士として受任しているある民事事件において,つまらない問題であり,すぐに解決できる問題ではあるけれども,類似するような本質的部分をもつ問題と直面した。

守秘義務があるので具体的なことは書けない。

しかし,あれこれ考えた結果,組織(官庁)としての裁判所の「あるべき姿勢」のようなものは共通しているという認識を得ることができた。

一般に,裁判所の書記官事務は,画一的なものでなければならない。そうでなければ公平性を確保することができない。

しかし,そうであるからこそ,そのように画一的に定められる事務取扱の基準は,常に見直されなければならない。その見直しの基準は,国民のための司法という観点であり,EU憲章の表現を借りれば,「効果的な司法救済を得る権利」ということになる。

「効果的」であるか否かは,様々な側面から検討可能であるけれども,それらの中で,「目的合理性」の観点が重要であるということについて異論のある者はないであろうと考える。

そうであるとすれば,目的合理性を可能な限り効率的かつ安全に実現できるような制度設計が行われなければならない。

当事者に対する送達もそうだし,当事者の資格証明もそうだ。

とりわけ,今後,裁判所事務のIT化を進める場合,これらの問題は,必須的に検討対象となる。

その結果として,これらの手続を簡素化した場合,間違いが生ずることはあり得る。しかし,現在の制度のままでも間違いは生ずる。例えば,かつて東京簡裁の裁判官のほぼ全員が騙され,訴訟詐欺に寄与するような結果を招いてしまった「夜の銀狐」事件がその典型例と言えるだろうと思う。

欠陥のある人間が設計し運用する国の制度である以上,どのように制度設計をしても何らかの欠陥を抱え込んでしまうことはやむを得ないことだと思う。

だからこそ,異議申立てや不服申立の制度がある。

それゆえ,ある制度を設計するときには,「万全である」と慢心するようなことは絶対に避け,どのような欠陥があり得るか,あるいは,どのような副作用的な結果が生じ得るかというリスク管理の観点を強化し,そのリスクを可能な限り削減するというリスクマネジメントの思想に基づくことが重要となる。そして,そのマネジメントの一部として,管理策としての異議申立手段または不服申立手段及び当の行為の自動失効等の制度構築を考えればよいのである。

裁判所は,制度設計及び制度運用におけるそもそもの発想の基本を変えるべき時点に既にあるということを明確に自覚すべきだろうと思う。

なお,正式に法律や規則の改正となると,なかなか面倒な問題があることは事実だ。

しかし,現時点における事務取扱いにおいても,法律や規則の条項に直接に基づくものではなく,「時代遅れの法解釈」に基づいて作成された内部的な事務取扱基準に基づき,最も形式的な意味で先例踏襲的に行われているだけの事柄がいっぱいある。そのようなものについては,例えば,裁判所内の書記官等による事務取扱の研究会や勉強会等の場を活用して問題点を洗い出し,改善案を提案し,それに基づいて当局が従前の事務取扱いを再検討するというようなやり方は採用可能ではないかと思う。少なくとも,私が在職中においては,そのようにして改善された事務取扱いが多々あった。

そのような内部的な努力をすることなく,漫然と日々のルーチンワークをこなすことだけで満足しているようであれば,専門職としての裁判所書記官及び裁判所事務官の存在意義はなくなる。

私自身が元書記官研修所の教官という経歴と経験をもつということもあるが,裁判所書記官や裁判所事務官がそのようにして無為に滅亡していく姿を目にしたいとは決して思わない。

この問題は,古典的な意味での労働問題として解決できるようなタイプの問題ではない。

専門職である以上,専門職としての自らの存在意義を示すことができるように最善の努力を尽くす以外にサバイバルの方途はないと考えるべきだろうと思う。

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