亀本洋『法哲学』
下記の書籍を読んだ。特に第7章の論述は,非常に興味深く読んだ。
亀本洋『法哲学』
成文堂(2011年6月30日)
ISBN-13: 978-4792305154
私の不勉強・怠惰のゆえに,亀本先生が明治大学の専任教授として赴任されるまでは,亀本先生の著作を真面目にちゃんと読んでいなかったことを大いに恥じる。
本書についてはまだ本文と脚注の文を読んだだけなので,これから,本書中で引用・参照されている文献(特に巻末にまとめられている参考文献)と格闘しようと思う。そのような参照・引用文献の中の約半分は既に既に(ななめ読みで)読んだことのあるものなのだが,そのようなものについても,再度真面目に読んでみたいと思う。
[追記:2018年1月16日]
昨日,某先生から,元学生の某氏が「学生時代に挑戦したけれども挫折していたけれども,夏井教授が読んだというので再挑戦することにした」との趣旨のことを言っていたと伝え聞いた。正確性はわからないが,そのようなことがあったのだろう。
私は,「無理だ」と即答した。それは,十分な知識の蓄積がないと読めない書籍だからだ。少なくとも,参照・引用されている書籍・文献の中の主要部分を既に読み終えた段階でないと,この本をちゃんと理解できない。
また,亀本先生独特のレトリックがあるので,ある程度の人生経験を履んだ上でないと,それがレトリックの一種であることに気づくことができない。
しかし,いずれは読破するだけの実力をつけることが望ましい。
私は,個人的には,高校段階で,田中成明ほか編『法思想史』(有斐閣)または質的にこれと均等な書籍を読破し,十分に理解することが望ましいと考えている。そして,そこに示されている代表的な書籍の原書を丁寧に読んで理解するという努力を積み重ねることが大事だ。
私自身が高校生~大学生の頃にはそのような本が存在しなかったので,岩波文庫の関連分野の翻訳本をほぼ全部網羅的に読破することによって問題を解決した。現時点では,どうにかそれぞれの訳本の原書を読めるようになってきたので,岩波文庫の訳の中に相当怪しいものが多数あると認識・理解できているが,しかし,怪しくても何でも,とにかく読書の分量をかせぐ時期を経由しないと,質的な成長はない。
また,読書の分量をこなすことによって,読書の速度を異常に加速させることが可能であることを実感できる。
なぜなら,世の中の大半の書籍の構成要素の大部分は先人の業績のコピペ(受け売り)のようなもので成り立っているからだ。本当にオリジナルのものは,相当に有能な人,または,誠実に努力を積み重ねた人にしか書けない。
そうであるので,十分な理解を得た書籍の数が増えれば増えるほど,数ページ~数十ページの単位で,場合によっては,目次をざっと見ただけで,「これも基本的には同じことを述べているコピペのようなものだ」と即座に判断できるようになるからだ。
世に秀才は数えきれないほど多数存在しているが,単なる秀才は,上手にコピペすることは可能であっても,クリエイションする能力をもたない。
少なくとも内外の5000冊以上の書籍を精読・読破してみれば,そのような心境を得ることができる。
自己の脳の変革のためには,それなりに丁寧に土壌を耕すという作業が先行しなければならない。種をまくのは,それからのことである。
私が亀本先生の書籍や論文を評価しているのは,そこらへんのことをきちんと明確に峻別し,先行文獻を超精密に読みこなした上で,ちゃんとオリジナルなことを(ただし,独特のレトリックを用いて)書いておられるからだ。非常に優れた法学教授だと思う。
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