研修
かなり以前のことだ,なりたての判事補が誰でも受ける義務のある研修の際のことだ。
ある教官(当時・裁判官)に対して,「教官になるための適正試験のようなものはあるのですか?」と質問したところ,「なにを!」と言って睨まれた(笑)
また,ある教官(当時・裁判官)との自由な意見交換方式の科目の中で,ある法制度について,「これまでの注釈書には誤りが多いから,全部書き換えるようなことをしてみたい」との意見を述べたところ,「全部廃止して別の法律を制定するとすればどのような法律が妥当であるかを考えたほうが生産的だ」とのアドバイスを頂戴することがあった。当時,まだ公表されていなかったが,その法律について改正の動きがあり,その教官は知っていたのだ。私は知らなかった。知っていれば,当然,その教官と同じ意見を先に述べたことだろう。立場によって知ることのできる情報とそうでない情報とがあるので,いたしかたのない問題ではある。ちなみに,当時としては比較的妥当な法改正がその後行われた。しかし,現時点では,不十分なところばかりだと認識している。しかし,私の認識に追い付くことのできる裁判官が現時点でも存在しているのかどうか,かなり疑問なので,その関連の事柄には直接には触れないようにしている。ただし,検討すべき要素については,私の論文の脚注の中でチラリと私見を披露することがある。ほぼ全ての読者が「これはSFだろう」と感じて,真面目にとりあげようとはしないのだが,私としては,SFではなく,現に目の前にある問題に対する最適解のヒントを提供しているつもりだ。理解されることは稀だ(苦笑)
別の教官(当時・裁判官・故人)からは,「君は世界で一番偉いと思っているだろう?」と言われたので,「そんなことはありません」と答えたところ,「嘘を言うな。目にそう書いてある」と叱られた。私は,当時も,その後も,今も「世界で一番偉い」と実感したことなど一度もない。世界には非常に優れた人材がいっぱい存在している。しかし,教官のほうが私よりも優れていると思ったことが比較的少なかったのは事実だ(笑)
現在の研究テーマと関連するものに限定されるとはいえ,EUの関連法制をずっと検討してきて,(教育ではなく)訓練の重要性を指摘する(前文等の)文言が増えており,現実にそのような仕組みが制度として構築されつつある・・・ということを認識した。
しかし,訓練を担当する教官の質をどうやって維持するのか。それが問題ではないかと疑問に思う分野が存在することも否定できない。
他方,訓練方法が確立されており,かつ,その内容・方法が妥当である場合,人間によってではなく人工知能(AI)を応用したシステムによって訓練を実施したほうが公平であり,かつ,効果的であり,かつ,効率的なのではないかと考えることもある。人間の担当者が必要なのは,基本的に,訓練の内容・方法が確立されていない分野だけだ。この種の問題について,欧州委員会がどのように考えているのか,とても興味がある。
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