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2016年4月17日 (日曜日)

霊力

非科学的な迷信の一種であり,自然科学によっては証明されないというのが定説だ。

しかし,生物としての人類に備わっている生体センサーには普段使われていないものがある。野獣と同じような動物だった頃には使われていたのかもしれないが,文明社会になったとたんに必要性を感じなくなり,使われなくなったものがあるのに違いない。

それでも,先祖返り的に格別に感覚の研ぎ澄まされた人というものが存在し得る。そのような人々は,普通の人々では仮に感じていても無視してしまうような微細な物理現象(空中放電する電気や地磁気や放射線量の変化等)を強く感ずることができるのではなかろうか。

古代の巫の中にはそのような人々が多く含まれていたのかもしれない。

現代の「平等教育」の下では,「平等であるべきだ」という当為と「平等である」という事実との相違を理解できないレベルの低い者が間違った考えをもっていることがあるので,古代の巫がもっていたかもしれない特殊な感覚のようなものを無視または軽視する傾向が著しい。

しかし,人の能力には生まれながらの個人差というものがあり,その個人差の存在という事実を無視することは,むしろ本来の意味での「平等主義」と根源的に矛盾するものだと考える。

さて,地殻変動に伴い発生する電気,磁気,放射線等を鋭く感ずることのできる者が巫だった場合,その信仰の場としての霊地をどのような場所に設定するだろうか?

地図に引かれた中央構造線や破砕帯の所在地(産業政策上抑制的な効果があるとの政治的判断により現時点では断層等があると公式には認められていないが,真実は存在すると推定される場所を含む。)と非常に古い神社等の位置関係をながめながら,そのようなことを考えている。

学者は正直であるべきだと思う。

(余談)

古代からの信仰の対象の一つに「磐座(いわくら)」がある。

その大部分は古代から存在するもので,おそらく,自然の巨岩を神聖なものと考え,信仰の対象としてきたものだろうと思う(ただし,中には,自然の巨岩ではなく,何らかの理由により古墳の墳土を取り去って石室だけを路頭させたものと推定されるものを磐座としているところや古代のドルメンの一種またはこれに類するものではないかと思われるものを磐座としているところが全くないわけではない。)。

自然の巨岩と推定されるものだけを前提とした場合,どうしてそのようなものが路頭しているのかを冷静に考えてみる必要がある。

「山だから」では説明にならない。

だいぶ前のことになるが,平地に信仰の対象とされる巨岩があるのを不思議に思って調べてみたことがある。すると,その巨岩について,「岩石としての組成から,太古の昔に起きた近隣の火山の大噴火で飛来した火山岩だということが判明している」ということを知ることができた。とても驚いた。すごい重量の巨岩をかなり遠くまで軽々と飛ばしてしまう大噴火だと考えるしかないので,その周辺ではその噴火によって全生物がほぼ絶滅したのだろうと思った。

いろいろと考えるのだが,磐座については,地質学や火山学の知識を総動員すればどのように説明できるかを含め,周辺の地層構造との関連から推定するのが最も妥当ではないかと考える。

巨大な地殻変動等が「神」の力によって起こされたと考えるかどうかは各人の信仰の自由の領域に属する。

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