陝西省考古研究院編『潼關税村隋代壁画墓』
亜東書店に注文していた下記の書籍が届いたので,早速読んだ。潼關は中国陝西省渭南市にある。
陝西省考古研究院編
潼關税村隋代壁画墓
文物出版社(2013)
ISBN: 9787501036530
基本的には図録なのだが,発掘品の検討結果や時代考証等に関する解説部分がかなり多く,とても勉強になる。附図として大判の図面がついており,これが極めて貴重だと思われる。
附図の中には石棺に彫られた細かな彫刻を復元した線図もある。これには本当に驚いた。そこには,西方のグリフィンと思われる翼の生えた獣だけではなく,様々な神獣が描かれ,そして,日本の三十三間堂にある雷神図とほぼ同じ構図による雷神が描かれている。三十三間堂の雷神のイメージは,遅くとも隋代のもの(あるいは,北魏のもの)をそのまま直輸入したものだと考えられる。
墳墓内の壁面には多数の官人図がある。基本的には,唐代のものと同じような感じなのもので,一見すると漢人に見える。しかし,装身具を細かくみていくと必ずしもそうではなく,しかも,鬚を生やしている。北方または西方の胡人を漢人風にアレンジしたものとみるのが妥当ではないかと思う。
多数発見されている俑には更に驚かされる。男性の騎馬武人像は,明らかにスキタイの伝統を伝えるものだ。鮮卑族=元の匈奴=スキタイの一種と考えるのが妥当だろうと思う。女性の姿は魏晋南北朝の時代によくあるものなのだが,横乗りしないでまたがって騎乗している姿が非常に興味深い。スキタイ系の騎馬武将が漢族(江南)の女性を征服したということを意味しているものかもしれない。
その他の副葬品をみても騎馬民のものと思われるものが多い。
更に,副葬品の中には,日本の狛犬とほとんど同じような形をした獅子像,そして,その獅子像と同じようでいて頭部だけ人間というものがある。この人面・獣身のものは,古代エジプト~古代ギリシアのスフィンクスの変形物だろうと思う(人面がモンゴロイド化しており、ヘレニズムの一種かもしれない。)。
ところが,この墓は,隋代のかなり高位の貴族のものと推定されている。
要するに,北方系のスキタイの血をひく騎馬民を主要な支配階級として統合した者が中国を再統一し,新たに統一王朝を始めたというのが隋王朝の本質だと理解することができる。
いろいろと考えてみると,原ケルト系の夏をスキタイ的な軍事部族が襲って樹立したのが殷であり、周は更にスキタイ的で,同様にスキタイ的な秦の時代にはヘレニズムの影響をかなり強く受け,漢の時代はやや謎で,それ以降は,再び北方のスキタイ系種族による征服が繰り返されたと理解するのが正しいのではないかと思う。最近の,西域,蒙古高原,内蒙古等からの考古学上の発見は,そのような理解を強く支持している。
そして,このようなケルト~スキタイの文化が日本国(倭國)に影響を及ぼさなかったはずがない。
モンゴル帝国(元)以降,中国東北部~朝鮮半島は蒙古系が主流となってしまい,そのような状況が現在まで続ているため,昔からそうだったと錯覚しがちだが,遅くとも唐代頃まではスキタイ的な状況が濃厚に存在していたと考えるべきだろう。五胡十六国~唐の頃には,バクトリア方面からソグド人(釈迦族=スキタイ系の子孫)の大移動があったことは確実だし,唐の中で非常に大きな勢力をもっていたことは否定しようがないと考える。ただし,安禄山の乱以降における状況についてはやや難しい面があり,従来の学説(通説)ではきちんと説明できない要素が多々あるように思う。
いずれにしても,この時代の中国と日本(倭國)の歴史に興味をもつ者にとっては必備の書籍ではないかと思う。この種の書籍は刊行部数が少なく,すぐに版元品切れになってしまうので,購入できて幸運だった。
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