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2016年1月10日 (日曜日)

谷中信一『『老子』經典化過程の研究』

下記の書籍が届いたので,早速読んでみた。

 谷中信一
 『老子』經典化過程の研究
 汲古書院 (2015/12/7)
 ISBN-13: 978-4762965586
 http://www.kyuko.asia/book/b214151.html

本書は,著者である谷中信一氏のこれまで公表してきた論文や口頭報告等をまとめたものだ。「あとがき」によれば,老子は谷中信一氏の卒業論文のテーマだったのだそうで,その意味でもライフワーク的な研究成果をまとめたものと言えるのではないかと思う。

本書の「老子」は,多数の現代日本語訳が出版している「伝世本」の解釈書ないし注釈書ではない。近年発見が相次ぎ研究が急速に発展している考古学上の発見(簡帛文献資料等)に基づき,『老子』というものがいかにして形成され,それが道教経典へと転化したという歴史的プロセスを実証しようというすこぶる意欲的なものだ。

本書の「序」は,単なる序文ではなく,これまでの研究成果を総まとめするとどういうことになるかを簡潔に記述した要旨のようになっている。

非常に優れた研究業績だと思う。勉強になった。

ところで,本書の元となった論文の多くは既に読んで理解していたし,本書の中で批判している中国の研究者の論考の大部分も既に読んでいたので,そういう部分はすらすらと理解することができた。これまで読んでいなかったもの(学会における口頭発表等)について精読した。

基本的な考え方には全面的に賛成したい。

私自身の研究テーマとの関係では,本草書とはされていない古文献の中にある仙薬・神薬の記述を網羅的に研究してきたのだが,『老子』については「どうも変だ」と思うところが多く,これまで『老子』を主要な素材にしたものは書いていない(『荘子』に触れたものはある。)。なぜ「どうも変だ」と思うかというと,やけに整理され過ぎている感がするからだ。経典として用いるのには比較的便利だろう。しかし,実物または現実に発生した事実を直接に観察した結果を記録・集積したものとはとても考えられない。そういう不信感のようなものがあったために,これまでやや敬遠してきたことは否定しない。今回,本書を読んでみて,「なるほど」と合点のいくことが非常に多かった。最初に祖本としての『老子』があったのではなく,道教教団によって次第に形成されたものとする著者の見解は,ほぼ真実を解明してしまった卓見だと考える。

なお,本書における「太一出水」や「神明」等に関する考察については基本的に賛成できる。

私見としては,原始道教と関連する文書が幾つかあり,それらが倭國(日本國)に伝来し,それらの文献に基づいて『古事記』の冒頭部分がつくられたのだろうと思う。道教における「水」,「土」,「神明」等の構成要素を擬人的にとりまとめると,八州が成立する過程を記述することができる。すなわち,『古事記』の冒頭部分は,元は倭國(日本國)における道教の経典だった可能性があり,それが大宝の時代以降において何らかの理由で神道の経典として用いることができるように編纂し直されたものだろうと推定する。

従来,主として日本の文献に基づく『古事記』等の解析を試みる論考が多数あるし(個人的には,大和岩男『日本神話論』(大和書房,2015)にみられるような発想は貴重だと思う。),また,比較神話学による優れた研究書も多数ある。

これまでの研究成果を踏まえた上で,今後は,とりわけ道教関連文献には留意しつつ,中国の古代の簡帛資料を踏まえた考察の重要性が相当に高まるだろうと思う。

そのようにして,「説明のための記述」または「修飾のための記述」とそうでない記述とを明確に分けた上で,説明内容がどこか他所からの借用であるか否かを丁寧に検討することにより,実は,文面それ自体からは理解することのできない古代の複数の文化伝播ルートのようなものを推定することも可能となるだろうと思う。

そういうことなどをあれこれ考えながら読了した。

良書だと思う。

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