森勇一『ムシの考古学(増補改訂版)』
下記の書籍を読んだ。
森勇一
ムシの考古学(増補改訂版)
雄山閣 (2015/4/25)
ISBN-13: 978-4639022442
http://www.yuzankaku.co.jp/products/detail.php?product_id=8233
初版は2012年に出ているようなのだが,私が読んだのは2015年に刊行された増補改訂版だ。わずか3年で増補改訂版が出ているので,かなり人気のある書籍なのではないだろうか。
読んでみて,とても勉強になったことは言うまでもないが,とにかく面白い。
地中に埋蔵されている昆虫の破片等を調べることによってこれだけ多くのことがわかるとは驚きだ。
古代においてどのような種類の昆虫が存在していたのかということそれ自体にも興味が尽きないが,その昆虫が食べる動植物や汚物等から当時の気候や環境等を推定することができ,また,人間の生活とかかわりのある昆虫の場合には,今では消え去ってしまった人間の社会生活を一定程度まで生活することができる。言われてみれば当然のことなのだけれども,ここまで細かくわかるものとは思っていなかった。
更に,かなり小規模で局地的な地殻変動があったことまで推測可能な場合があるようだ。土地というものは流体の一種なので物理的に変動する。これは当然のことだ。問題は,具体的にどのような変動があったのかなのだが,発掘される昆虫断片から棲息環境を推定することにより,局所的な地殻変動まで推測可能な場合があり得るとのことで,具体例の説明を読んでいてどれも納得でき,素晴らしい研究だと思った。
このような研究成果は,今後の防災にも活かされるべきだろう。例えば,想定される津波の高さが5メートルの地域であっても,その地域が地震や断層の活動等によって局所的に何メートルも陥没または沈降してしまうと,想定された津波の高さなどほぼ意味のないものになってしまう。防災計画は,そういうことが起きる可能性も含めて策定されるべきものだ。
三重大構内「鬼が塩屋遺跡」報告書刊行 大地震の爪痕 鮮明
http://edu.chunichi.co.jp/?action_kanren_detail=true&action=education&no=2493
土石流や火砕流の恐ろしさについても改めて認識させられた。
更に,旧石器時代から今日に至るまでのマクロ的な意味での気象変動が極めて大きなものだったことを具体的な昆虫の名前を通して理解することができる。寒帯の昆虫は寒帯の気候の下でしか生きることができないし,熱帯の昆虫は熱帯の気候でなければ死んでしまう。これも当たり前のことだ。問題は,どの時代がそうだったのかということに尽きる。本書では,それが具体的な昆虫名を示して説明されているので,とてもわかりやすい。産業革命の時代からの平均気温の変化だけで温暖化だ寒冷化だと議論することは100%無意味なことで,本書のような比較的ながいスパンでのマクロ的な考察でないと意味をもたない。
とにかく,ありとあらゆる面で面白い書籍だと思った。
昆虫の名前がカタカナでいっぱい出てくる。それを全部暗記しようとすると先に進まないので,わからなくてもそういうところはどんどん飛ばして読めば良い。私自身は,子供のころに親しんだ昆虫の名前がいっぱい出てくるのでそれだけで楽しくなってしまうのだけれど,現代の都会での生活しか知らない人には単なるカタカナの文字に過ぎないかもしれない。ネット上でそのカタカナ名の昆虫の実際の姿や生態等を調べながら読めば,都会育ちの人でも興味をもてるようになるのではないかと思う。
今後,動物と植物の別を問わず,このような化石生物学ないし生物考古学の研究者をもっと増やすべきだろうと思う。
(余談)
本書の中に出てくる「カメムシ屋」の話題のところでは思わず吹きだしてしまった。
私を含め,ランの愛好家にはどこか似たような性格傾向があるように思う(笑)。
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