リトルトン,マルカー(辺見葉子・吉田瑞穂訳)『アーサー王伝説の起源―スキタイからキャメロットへ』
図書館にあったので,下記の書籍を借りて読んだ。
C. スコットリトルトン,リンダ A. マルカー(辺見葉子・吉田瑞穂訳)
アーサー王伝説の起源―スキタイからキャメロットへ
青土社 (1998/9/30)
ISBN-13: 978-4791756667
非常に面白く,主張の納得度が高い。良書としてお勧めできる。
原型としてのナルト叙事詩と複数の異なる内容の写本のあるアーサー法伝説を比較検討するものなのだが,よくある文学的手法ではなく,ある意味で考古学的手法,民俗学的手法,比較言語学的手法を合理的に用いて総学問的な推論がなされているところが凄い。
ただし,本書は,スキタイの子孫であるアラン人の騎士団がイングランド島に大勢移動させられた時代を帝政ローマ期と推定し,それらの人々によってナルト叙事詩の要素が持ち込まれることになったのではないかと推定しているのだが,この点については,最近の研究成果によれば,中東方面からの移動は(コーカサス経由のものを含め)4000年頃のことと推定されるに至っているので,ナルト叙事詩の導入時期はもっと早い時代を想定すべきものかもしれないと思う。
アイルランド人は4000年前の中東からの移民の子孫?
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読んでいて,様々な連想をすることができた。主観的な連想に過ぎないので,客観的なものではない。
例えば,「聖杯」に関しては,林俊雄『ユーラシアの石人』に収録されている石人写真の中で特殊な杯を特殊な持ち方で示しているものを連想させる。その表情がいかにも満足げなので,その杯を手にすることに非常に大きな意味があるのだろうと思う。
林俊雄『ユーラシアの石人』
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-0811.html
この石人は,チュルク(突厥)以降モンゴルの時代のものとされている。どの時代のものか確定できないにしても,スキタイ~アラン人から更に伝承されたものが変化してこの石人に現れていると考えることは可能ではないかと思う。
一般に,スキタイの兜については円錐形のものだとしており,私が探し求めている芝山古墳埴輪のとんがり帽子のルールは,やはりバクトリア~コーカサスあたりにあるのかもしれない。
とんがり帽子の埴輪
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芳賀日出男『ヨーロッパ古層の異人たち-祝祭と信仰』
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冑で覆われた馬についての考察も面白い。同一の文化圏で徐々に発達したものではなく,アラン人の移動に伴うものだとの仮説が示されている。魏晋南北朝のある時期において中国大陸北部にも突如として冑で覆われた馬が登場する。これも段階的な進化によるものではなく,そのような重装騎馬兵を主力とする民族が移動してきた結果だと考えるほうがずっと合理的なのではないかと思う。
アーサー王で有名な剣についても非常に興味深いことがいっぱい書いてある。石ではなくカナトコに刺してあるという伝承に関しては,鉄のインゴットから鋳造または鍛造により剣をつくりだすことを示しているとのことが示唆されているが,それはそうだろうと思う。普通は石に刺してあることになっている。本書では,アラン人の何らかの儀礼の存在を推定している。要するに,剣が地面に刺してあり直立していることが重要だとの指摘だ。私は,天孫降臨の際の出来事を連想する。
「剣をたてる」+「力くらべをする」という共通のモチーフがそこにはある。
そして,完全に素人的な発想なのだが,アーサー王に従う騎士団と邇邇藝命の天降りに従う五伴緒とは,どこか深いところでつながっているかもしれないと思いたくなる。
黄金の器を争う三人の者の説話は,何となく三種の神器を連想させるところがある。
要するに,天孫降臨のような海の向こうからの倭國に対する武力による征服が実行されたことは史実だろうと思う。しかし,その細部を装飾する伝承は,ユーラシア大陸の諸民族に伝承された神話等を合成してつくられたものと仮定して研究する手法はあり得ると考えるのだ。『日本書紀』の中で抒情的過ぎる部分についてはアジア諸国の伝承を挿入したものだろうとの説が古くからあり,私もそうだろうと思う。しかし,根幹部分にもそういうことがあり得るのではなかろうか。
そのようなことをあれこれと連想しながら読み終えた。
予備知識がない人の場合,読むのに結構時間がかかるかもしれない。しかし,しっかり読めば,トンデモ学説の類ではなく,おそらく現時点で最も正しい見解が示されているのだということを理解することができるだろう。
可能な限り多くの人に読んでもらいたい本だと思う。
(追記)
本書の中では,アーサー王伝説にしばしば現れる「竜」のモチーフについても詳しく述べられている。
「竜」については,芳賀日出男『ヨーロッパ古層の異人たち』でもとりあげられており,同書197頁以下では,出雲の神楽に出てくる「おろち」との対比で面白い考察が述べられている。
私見としては,「龍(水神)」を祀る民族とそうでない民族との抗争があったのではないかと考えている。前者においては「神」として祀られるが,後者においては「悪魔」または「魔物」として扱われることになる。
同じようなことは,「羊頭」または「牛頭」の神についても言える。
北欧のバイキングの王の冑は,スキタイ風のとんがり帽子型をしており,それに野牛の角のようなものを左右に生やした構造をしている。日本の古墳から出土する埴輪の中にも何故か似たようなものがある。
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