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2015年12月27日 (日曜日)

烏力吉『遼代墓葬芸術中的捺鉢文化研究』

下記の書籍を読んだ。

 烏力吉
 遼代墓葬芸術中的捺鉢文化研究
 文化芸術出版社(2013/12)
 ISBN13:9787503957581

本書は,契丹族の国家とされている遼の墳墓に残されている壁画等を手掛かりとして,当時の文化とりわけ祭祀を推定するというものだ。著者は蒙古族出身ということなのだが,表紙カバー裏に印刷されている著者の肖像写真を見る限り,何となく日本にもたくさんいそうな顔をしていて妙に親しみを覚える。

考古学上の発見と文献資料を駆使して誠実に推論を重ねている。ただ,四季の変化に伴って遊牧地を移動する「捺鉢(なば)」と呼ばれる習俗が契丹人の文化の基底をなしているという素朴な結論になっているところは何となく食い足りず,学術論文としての発見はあまりないように思う。しかし,網羅的に検討対象としている資料とその典拠を見ると,更に深く研究するためには何を読んだらよいかを知るための重要な手掛かりを多数得ることができるという意味では良書だと思う。

本書には代表的な壁画等が多数カラー写真で収録されており,文字の論述ではわかりにくい部分を理解することができる。

「飲食圖」(圖51)なるものを見ると,現在の中国でも代表的な料理の1つとされる饅頭や包子の類が更に並べられている様子が示されており,こういうものを主食にしていたらしいということを理解することができる。

侍從圖(圖53)は,道教の思想を示すものと推定されるが,大極を示す雲流紋の下に太一を示すものと推定される建鼓があり,その左右に丹頂鶴が描かれている。観念それ自体としては,何やら日本の神社(伊勢神宮等)にもあるように思う。

貴族と推定される男性の服装は,明らかに騎馬民族のものなのだが,日本では奈良時代以前にはあったかもしれないようなもののように見える。ところが,社会的階級の別を問わず,男性の頭は全て剃られている。これは,日本の「さかやき(月代)」に類似するもので,非常に興味深い。シュメールの王と推定される像などでも同じように頭の毛を剃っているものがあり,いろいろと思うところがある。

日本において,平安時代後半ころには「さかやき(月代)」が存在していたと推定されるのだが,その時代は「遼」の栄えた時代と一致する。

これに対し,女性の習俗は,日本の女性の習俗とは全く異なると言ってよいのではないかと思う。

この契丹族に限らず,古代の男性の習俗だけみるとユーラシア大陸の古代民族と似ているのだけれども女性の習俗をみるとそうではないといったような例が多々ある。実は,このことこそが日本の古代史を理解するための重要な鍵の一つになっているのかもしれないと考えることがある。

他に「鷹匠」と思われる像が多数あるので,契丹族の貴族は鷹狩を高貴な趣味として楽しんでいた可能性が高い。ただし,その装束は,日本のものとはかなり異なる。現在の日本の鷹匠にまでつながる鷹匠の装束は,三国時代の魏・晋のころの鷹匠にルーツをもつものに間違いなく,それは鮮卑族のものと理解するのが正しい。民族や国家が異なっても中国北部では鷹狩が好まれたと仮定すると,それは,騎馬民族の王侯・貴族に共通の楽しみとして鷹狩の文化があったということを示しているのだろうと推定する。

鷹というとどうしても古代エジプトのホルス神を連想してしまうのだが・・・鷹狩それ自体は,おそらくメソポタミア~ペルシアあたりに起源を有し,それが古代エジプトの信仰にも影響を与えたと考えるほうが妥当かもしれない。よくわからない。

なお,島田正郎『契丹国-遊牧のキタイの王朝(新装版)』(東方選書,2014)では,契丹族の本来の名前を「キタイ」とし,蒙古族(タルタル族)とは異なるとの見解が示されている。こういう問題については古代人骨のDNA解析結果の集積をまつしかないのだが,仮にこの見解が正しいと仮定した場合,遅くとも遼の時代までの中国東北部は蒙古系人種(その子孫と推定されている女真族等)とは基本的に関係のない人々が支配していたと理解するのが正しそうだ。

[追記:2015年12月30日]

西域には「キジル」,「クシュ」などメソポタミアの古代王国「キシュ」と似た名前の地がたくさんある。

紀元前1000年~紀元前後ころのもともとの意味合は,象徴的な意味で「キシュの王の血をひく」または「キシュの王」といったようなものだったのではないかと想像したくなる。仮にそうだとして,「キタイ」もまた「キシュ」から変化してきたものではないかと考えたくなる。

なにぶんにも古い時代のことなので,よくわからない。

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