川畑純『武具が語る古代史-古墳時代社会の構造転換』
Amazonに注文していた下記の書籍が届いたので,早速読んでみた。まだ精読はしていない。
川畑純
武具が語る古代史-古墳時代社会の構造転換
京都大学学術出版会 (2015/3/31)
ISBN-13: 978-4876986682
古代の兜(冑)に関する考察がかなり多く,興味深く読んだ。
特徴のある兜を個別にばらばらに観察すれば,それなりの考察をすることができる。例えば,奈良県五条猫塚古墳出土の冑は「蒙古鉢形眉庇付胄」と名付けられている。
蒙古鉢形眉庇付胄(奈良県五条猫塚古墳出土)
奈良国立博物館:収蔵品データベース
http://www.narahaku.go.jp/collection/d-730-1-1.html
全身像を復元する場合でも同じだ。
挂甲をつけた武将
風俗博物館
http://www.iz2.or.jp/fukushoku/f_disp.php?page_no=0000010
これが蒙古のものなのかどうかについては冷静に考えてみる必要がある。元寇の際に対馬の人々を虐殺し博多湾周辺でも大量虐殺をして侵略行為を行った兵士の大半は,朝鮮半島の者と江南の者の混成軍であり,本来の意味での蒙古軍本体とは限らないからだ。
そして,朝鮮半島の古代史については,現在まで普通に理解されているところが実は間違っているということが様々な考古学上の発見により次第に明らかにされつつある(ただし,韓国の学者の中には死んでも認めない者があるかもしれない。しかし,韓国の学者の中でもまともな学者はそうではない。)。
要するに,倭式のものが元の時代まで残っていた可能性はある。
しかしながら,本書では,非常に多数の考古学上の発見に基づく大量観察により,その変化を丁寧に観察し,一定の見解を示している。とても勉強になった。労作と言える。
本書を読み終えてから考えたことがある。
形状や製造方法の細部の変化は「改良」ということで理解できる。
しかし,基本的な形状のアイデアについては,それが自然発生的なものだとはとても考えられない以上,何かを参考にして模倣したものと推定される。
では,どの時代のどの国のものを模倣したのだろうか?
この点に関しては,中国大陸における考古学上の発見の成果の公表をしばらく待つしかない。中国内の国情もあって,発見されたものが速やかに公開される場合とそうでない場合とがあり,なかなか難しい。
他方,高句麗が滅亡した後,貴族階級の者や軍人等がかなり大きな集団として日本国に亡命したらしいということは,ほぼ間違いのない事実だと考える。このことは,文献資料によっても考古学上の発見によっても裏付けられるところだ。
そのような貴族や上級将校の遺品が古墳等に収納される例はあったと考えられるから,そういうものを明確に識別する必要がある。年代的に古いものであっても,代々受け継がれてきた先祖の遺品を後になって埋葬する例もあっただろうと推定される。
こういうことがあるものだから,ある古墳で何らかの特徴のある遺品が発見されても,それだけで直ちに歴史が確定するとかそういうわけにはいかないのだ。
面倒な世界ではあると思う。
しかし,それゆえに興味が尽きない。
そして,古い歴史をより正確に知ろうとしない者は,いま目の前にある課題を正確に理解することもできない。
そういうものだと認識している。
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