渡辺滋『古代・中世の情報伝達-文字と音声・記憶の機能論』
下記の書籍を読んだ。
渡辺滋
古代・中世の情報伝達-文字と音声・記憶の機能論
八木書店(2010/10/10)
ISBN-13: 978-4840620734
http://www.books-yagi.co.jp/pub/cgi-bin/bookisbn.cgi?isbn=ISBN978-4-8406-2073-4
一般に,この種の書籍はほとんど売れないので著者自身が全部買い取りのようなことになってしまうことが決して少なくない。しかし,本書は違うようだ。私が入手したものは,初版第二刷(2012/4/15)となっているので,かなり成功した出版例と言えるのではないかと思う。
内容は,著者の学位論文の後半部分をまとめ直したものとのことで,律令がどのようにして実施されたのかを問題意識の基点として,中世に至るまでの文書による情報伝達というものの本質を実証的に検討した結果をまとめたものだ。
無論,膨大な量に及ぶ古代~中世の文献全てを渉猟した結果であるはずがないので,考古学上の発見を含め,別の資料を基本として考察すると異なる見解が得られる部分もあるだろうと思う。
しかし,基本的なアプローチについては私も賛同したい。素晴らしい研究業績だと思う。
この種の研究業績は,単なる古代史のレベルにとどまるものではなく,様々な分野に波及する重要な事柄を含んでいる。
例えば,現代の情報システムを考えた場合,現時点で標準的なパケット通信や暗号技術を前提にするのではなく,それとは異なる情報通信を考える場合,大いに参考になる考察結果が大量に含まれている。
同様のことは,集中管理される官庁の行政文書ではなく,世界中に散在する私人の個人的文書をどう考えるべきかという点でも重要となる。
それゆえ,単に古代文書の研究としてのみ評価するにはかなりもったいないものだと考える。
他方,私の個人的な興味関心と関連する部分としては,「医疾令」がどのようにして実施されたのか(または,現実には実施されなかったのか)に関して文献研究をする際に,留意すべき事項が多数示唆されており,とても参考になった。
古代の医制や薬方等は,歴史学の中にだけあるのではない。それは,現代の厚生労働行政の中に暗黙知のようなものとして大量に包含されているのだ。その暗黙知のようなものの健全性評価はほとんどなされていない。暗黙知のようなものの情報構造の解析がそもそも全くなされていないからだ。誰かが本気で研究しはじめると困ることになる人々が多数存在していることから,そのようなことになっているのかもしれないが,それにしても全くない。同様のことは,農林水産行政においても環境行政においても言うことができる。
私は,そういう問題意識から森羅万象に思いをめぐらせつつ,地道に研究を積み重ねる。
あと10年くらい研究を続けていれば,それなりの成果を出すことができるだろう。
常に資金不足に悩まされ続けてきたが,過去5年間は,中山信弘先生に情けをかけていただき,比較的多数の高額書籍を購入することができた。まだ全部読み切ってはいないが,必要なものについては全部目を通し,とりあえず小さな論文にまとめることのできるものはパーツ的な論文として公表し,まだまだアイデアのレベルにとどまるものは論文中の脚注等で問題意識を示唆し,それよりももっと未熟なものについては趣味の会の雑誌論説等で私見を公表してきた。
「日暮れて道遠し」の感が日々強まる。
しかし,焦らずに研究を続けようと思う。
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