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2015年8月15日 (土曜日)

文字の読み方

字を読めない日本人が増えているようだ(そもそも日本人ではない場合には仕方がない。)。

世間を騒がせる事件が発生した。現役の非常に有能な弁護士が被害者となった。しかも,弁護士事務所の室内がその現場となった。

私が所属している弁護士事務所は,以前は今回の事件の現場となったビル内にあったので(だいぶ前に霞が関ビル内に移転し現在は同ビル内に所在),全く無縁というわけでもない。

ところで,事件に関する憶測記事が流布されている。

それを読んでいると,本当に日本語を読めない者が増えたと痛感する。

例えば,犯行の動機について「男女関係」を想像するのは個人の自由だ。しかし,報道されている内容を正確に読んでみると,捜査機関としては「男女関係」が原因ではないかと(捜査機関としての)仮説をたてて捜査中だと報道されているだけなのであり,事実として「男女関係」が原因で加害者が犯行に及んだと報道しているわけではない。このあたりは報道機関の報道内容は正確と言うべきだろう。ところが,世間では,不倫だの何だのとかなりひどいことが書かれている。真実を知っているのは加害者の妻だけで,加害者自身も(場合によっては被害者も)真実を全く知らないかもしれないというのに何ということだろうか?

加害者の妻の氏名や写真にしても同じだ。憶測だけに依拠して「この人ではないか」と名指しされ写真をばらまかれた人は名誉棄損罪の被害者となり得る。

加えて,加害者の出自や経歴に関しては,名誉棄損罪を構成するような行為だとしか評価できないようなものがあまりにも多すぎる。憶測だけに依拠して個人を愚弄するような書き方はやめるべきだ。ちなみに「小番」という名は古い氏族の中にあり,日本国の歴史上で何度も登場する。また,歴史上の戦国武将の軍事組織の名としても地名としても多数存在しており,語それ自体は漢語を基礎として成立した古い日本語の一種だと考えられる。

どうも名誉棄損罪が成立する可能性の非常に高い記事が多いので,冷静に考え直したほうが良いと思う。

(追記)

2ちゃんねるを覗いてみると,出身大学によって二流だ三流だとわめく書きこみが多いことに気づく。

現代社会は実力主義なので,出身や経歴は全く関係がない。要するに,成果を出した者の勝ちで,出せない者は評価されない。かなり厳しい社会であり,私もそのような競争社会の中で生きているので,かなりシビアな現実と毎日直面しながら暮らしている。

にもかかわらず,出身大学しか誇るべきものがないような自分をさらけ出すような書きこみはあまりにも悲しいと言えるのではないだろうか?

言論は自由だ。

しかし,言論の優劣は,その内容の優劣によって決定されるべきだ。

言論それ自体の内容とは無関係の評価基準によって特定の誰かを愚弄したり侮蔑したり誹謗中傷したりする行為は,言論の自由とは関係がない。単純に犯罪行為または不法行為を構成するだけと評価すべき場合が圧倒的に多い。

(余談)

世間では成果主義について誤った認識があるかもしれないと思うことがある。

成果をあげればそれが収入の増加に直結する場合は確かにある(例:弁護士が訴訟代理人として行動した場合の勝訴判決による成功報酬など。ただし,訴訟委任の際の契約内容によって成功報酬を定める場合と定めない場合とがある。)。

しかし,大半の場合,成果を出しても「普通」と評価されるだけで,特に収入の増加とは結びつかない。「成果をあげること」がデフォルトになってしまっている社会では,それが優位を保つための条件とはならないのだ。この場合,成果をあげないと,脱落するという結果が生ずることを避けられないので,普通であり続けるために苦労を重ねて成果を出し続けるということになる。

他方,費用対効果の概念がある。確かに,正しい場合がある。しかし,無意味な場合もある。

植物の栽培を少しでもやってみると理解することができるのだが,特定の植物に対して水や肥料をいっぱいやればその増加分に正比例して成長が促進されるかというと,必ずしもそうではなく,逆に,多くの場合に当該植物が枯れて死んでしまう。植物は生物の一種であり,適正量というものがあるからだ。

あるプロジェクトに対して予算を投入する場合でも同じだと考えられる。

人的・物的リソースは揃っており,不足しているのは資金だけというような場合には,資金の投入によって成果を出せる場合があり得るだろうと思う(実際には,想定していなかったアクシデントの発生等によって成果を出せない場合もあり得る。)。

しかし,人的・物的リソースにそもそも問題がある場合,いくら資金を投入しても成果を出せるはずがない。このような場合,資金投入によって課題を解決することができないというパターンに属する。

けれども,人間は神ではないので,どこにどれだけ資金を投入すべきかを適正に判断できない場合が多い。その結果,賭けのようなことになりがちだ。賭けに勝てば成果が出るし,負ければ出ない。

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コメント

江藤貴紀さん

有名大学を出ているということは,誇っても良いことだと思います。

ただ,それを口に出して他人に対して威張るかどうかはその人のパーソナリティの問題となり,しかも,世間的には低く評価されてしまう要因の一つですね。「あなたにはそれしかないんですか?」と内心で思ってしまう人が少なくないだろうと思います。最悪の例として,「僕は君らのような二流以下の大学出身ではないので・・・」等々と威張る人と出くわすことがあります(2ちゃんねるではなく現実世界でもときどきいます。)。たいていの場合,私を含め,そのような発言を耳にする者は閉口します。そのような発言をした者は,「権威によって相手を沈黙させた」と思っているかもしれませんが,そんなことはありません。「お前は本当に馬鹿だ」と言い返すと口論になるだけだとわかっているし,要するに,心の底から軽蔑して沈黙しているだけです。以後,そのような発言をした者は,友達にしてもらうことがなくなり,かなり深刻な阻害状況が発生します。退職した後になってもそのことを自覚できてきない人を何人か知っていますが,そのような人に対しては哀れむ気持ちしか起きません。悲しむべきかな。

私の人生の中の経験では,「この人は怖い」と思った人ほど低姿勢で決して威張ることがありませんでした。むしろ丁寧過ぎるくらい丁寧で,「立身出世するためにはこのようなパーソナリティが不可欠なのだなあ」と何度も思いました。

ただし,これは日本が律令国家だからです。「能ある鷹は爪を隠す」でないと生き残れません。

日本以外の国では,低姿勢でいると低く評価されてしまうことがあります。しかし,(現に保有しているものである限り)権力や権威には非常に弱いのが普通だということはやはりどの国でも同じです。ですので,どんなにボロな格好をして旅行していても,権力または権威と関係のある人間だとわかると,それ相応の対応を受けることになります。

例えば,私が米国内のホテルのレストランで米国の偉い官僚と会食したりしていると,それまでは「アジアの貧民だろう」くらいに軽蔑的な対応をしていたホテルの従業員の対応が一変し,VIP扱いになったということをしばしば経験しました。

ただし,そういう似非VIP的な対応を受ける状況になっても,私は,掃除をしているパートのおばちゃんや雑用のパートをしているおじさんなどに対して「Googd morning」等々と挨拶することは絶対に怠りませんでした。人間は平等です。

では,実質的に意味のある重要な交渉の場面ではどうかというと,権威や権力はあまり関係ないというのが私の実感です。説得力は別のところから出てくるので,権力や権威をかざしても何の解決にもなりません。相手が尊重・尊敬してくれるような論理を含むような意見を述べればよいので,それ以上でもそれ以下でもないように思います。特に学者なのでそうなのかもしれませんけど,どんなに高名なトップ大学の教授でも,意味のある論理を提供できない者は全く評価されません。

同様に,英語が上手かどうかは全く関係がないというのが実感です。英語会話がとても上手でもその内容が乏しい者に対しては,「英語がとても上手ですね」という誉め言葉しかかけてもらえません。それしか誉めることがみつからないからです。逆に内容的に優れている発現については,英語の発音や文法が間違っていても,真剣に質問が飛んできます。それにきちんと対応し,相手が納得した場合,もちろんその場では何も誉めてもらえません。しかし,例えば,会議のあとの懇親会の会場等で質問者の方から寄ってきて「今日のスピーチはよかった」等々と内容面にわたって誉めてもらえることがあります。こういうときは素直に嬉しいです。

ですので,諸外国のまともな法律家の世界では,実質的な意味での厳しい競争が常に存在しており,常に内容的に意味のある論理を含んでいるかどうかが極めてシビアに評価され続けます。

そのような状況の中で生き残ることは全くもって楽なことではないんですよ。

ちなみに,「経歴」ということで思い出しましたが,私は怠け者なので自分の経歴や業績をリストに記載して提供することにはあまり感心がないというか面倒くさいのでやりたくありません。しかし,昨今の状況の下では,特に研究費を獲得する関係では,経歴や業績等に関する細々とした情報の提供と公開が求められるので,やむを得ず,詳細情報を提供して公開することにしています。研究費の申請を審査する側でもエビデンスとしてそのような情報が必要なのでしょう。ある意味で形式主義といえば形式主義の一種です。申請内容の将来性を実質的に審査する能力をもたない人が審査業務を担当しているからそういうことになってしまうといった場合もあり得るのではないかと考えています。しかし,そういう形式的なことばかりやっているから,いくら研究資金を投入しても内容的にみて実質的に意味のある研究成果があまり出ないという悲惨な結果を招いているのだろうと想像しております。

他方で,偉い先生から研究費の申請がある場合,オーバードクター等をアルバイトとして雇って飯を食わせるための方便として研究費の獲得が認められることがあり得ます。この場合,そのオーバードクターの地位に甘んじて研究費に寄食していた若者が真に能力のある者であり,将来の日本にとって必要な人材であると認められる場合,私は,そのような方便を用いて研究費に寄食させることは国家政策として必ずしも間違っているとは言えないことだろうと考えています。私自身には弟子というものがおらず,それゆえ就職の世話をしたこともないですけど,偉い先生には優秀な若者が慕って集まってくることがあり,そのような若者についてどうにか飯を食えるようにしてやろうと苦心されている姿を脇から見ながら「大変なんだろうな~」と思うことがしばしばありました。率直な感想として,そうやって寄食している若者は,寄食できる状況をつくってくださった偉い先生に対して感謝の気持ちをもち,かつ,その偉い先生の何十倍も何百倍も実質的に意味のある論文を大量に書いて御恩に報いるべき人倫上の義務があると考えています。それを義務と感ずることなく漫然と過ごしている者は,単なる税金泥棒のようなものなので,実際には研究者としては無能な者だと思います。私は,内心でそのように評価しています。

投稿: 夏井高人 | 2015年8月16日 (日曜日) 04時32分

夏井高人様

私は2chのその当該記事をちゃんと開いてはいません。でも、言うことと関係が無くても、それらしい「記号:を根拠と主張して人を説得しようとする人は、わりと世界中で受け入れやすいですね。

だから、学歴等を2ちゃんねるに書いて権威付けしようとする人の類いも、不滅と信じています。

投稿: 江藤貴紀 | 2015年8月16日 (日曜日) 02時10分

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