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2015年8月22日 (土曜日)

貴志正造現代語訳『神道集(東洋文庫94)』

下記の書籍を読んだ。

 神道集(東洋文庫94)
 貴志正造現代語訳
 平凡社 (1967/07)
 ISBN-13: 978-4582800944

私が購入したものの奥付を見ると,「2011年11月10日初版第21刷発行」とあるから,ベストセラーと言える書籍ではないかと思う。

『神道集』それ自体は中世のころに成立したものだと考えられており,私もそうだろうと思う。

内容的には本地垂迹説の本質を知るために極めて重要な資料なのだが,原文を読んでとにかくもわかりにく部分が多い。この貴志正造氏の現代語訳は,理解しにくいところを更に深く研究するための貴重な手掛かりを与えてくれるもので,とてもありがたい。

本地垂迹説それ自体については諸説あるが,後発的なものだと理解するのが通説だ。

私は,そうではなく,ある種の復古主義のようなものではないかと考えている。

『延喜式』に象徴されるような国家神道が成立する以前の時代においては,仏教(ヒンヅー教)を信ずる古代氏族が優勢だった時期があり,長い間抑圧されていたものが,朝廷の権威の衰退と共に息を吹き返したものだと考えるのだ。

そもそも,古代から続く由緒正しい寺社の縁起を読むと,本地垂迹説を後発的なものだとすると説明できない部分が余りにも多すぎる。

日本は「長いものには巻かれる」ことによって共存している国家なので,龍が来れば龍に巻かれる。嫁ぎ先の神様が実は大蛇(龍)だと知って驚き死んでしまった倭國の姫様もあつく弔うことによって国内での紛争を避けてきた。

そして,龍の子孫だけが華紋(家紋)をもった。

ここには嘘がある。

倭国は,植物を栽培する世界的にも稀有な種族によって構成された誇り高い国家だ。植物を一族のシンボルとすることは非常に古い氏族からの伝統に基づくもので,類似のものは中国の少数民族の中にも残存している。

しかし,社会を混乱させないための嘘もあるのだ。

古代というものはそういうものだ。

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