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2015年7月17日 (金曜日)

金砂大田楽研究会歴史の道グループ編『常陸国歴史の道を歩こう』

下記の書籍を読んだ。

 金砂大田楽研究会歴史の道グループ編
 常陸国歴史の道を歩こう
 金砂大田楽研究会事務局発行(2015/3/25)
 \1,000

体裁は初級者向け歴史散歩ガイドブックのような感じで,実際,そのような利用をする場合でもかなり便利な書籍であることは間違いない。奈良時代の古代官道をめぐる旅をしたいと考える場合には特にそうだ。

しかし,この書籍が提起している問題は極めて多岐にわたるもので,歴史学の専門家を含め,古代史の研究者が真剣に受け止めるべきものを多数含んでいるように思う。

とりわけ,「浜降りの道」に関する記述は重要だと思う。濱降り神事が挙行されていた経路には,かなり大きな歴史的意味があると思う。

また,この書籍に書かれている古代の街道を『常陸國風土記』におけるヤマトタケルの行軍経路等と重ね合わせてみると,非常に興味深い。

なお,この書籍では,古代の地形が現在と異なっていて低地が海だったことを前提にして書かれている(古代には「榎浦流海」という内海が存在したことを前提としている。)。それ自体は正しいのだが,必ずしも徹底していない箇所があるように読める。同じ海抜のところは同様に海だという前提で地図を再構成してみると,もう少し異なる記述になったのではないかと思われる部分があり,ちょっとだけ残念だ(「榎浦流海」と同じ海抜の地域は同様に海だったと考えなければつじつまが合わなくなる。なお,古代においては沖積層の堆積がまだ進んでいなかったと推定される地域が多数あるので,現在よりも海抜が低いことを前提にものごとを考えたほうが良い地域が多数あることにもなる。とりわけ,波打ち際では波浪によって土砂が流出してしまい堆積しにくいので,現在考えられているよりもずっと広範囲に海が存在した可能性が高い。そして,人間による干拓や埋め立てなどの土木工事によって陸地となった地域は,元は海や河川や谷だったので,そのようなものとして考えなければならない。現在では孤立した池のように見えるところでも,古代においては河川に繋がる水路で河川と連絡しており,租庸調を含む大量の物資を搬送するための船舶を係留するための船溜まりのような機能を有する施設だったかもしれない。)。ただ,このことは日本中の同種書物のどれについても言えるだけではなく,専門家の書く歴史論文でも言えることなので,この書籍に固有の問題というわけではない。

前提となる古代の物理的地理情報を共有し,考古学上のデータが確保できていない地域でも同じ海抜(より正確には,後の大地震等の大規模自然災害による垂直方向及び水平方向での物理的変化を補正して推定される海抜)の地域が海だったのか陸地だったのかと推定できるようにし,加えて,大規模な火山噴火等によって地域社会が壊滅または消滅したと推定される時代とその地理的範囲に関する状況を共有することができるようにするための何らかの方策が検討されるべき時代になってきているのではないかと考える。以上のような基礎情報が正しく提供されるようになった後に,やっと正しい歴史学を構築することができるようになる。

古代において海だった地域は,現代においても大規模な津波災害による浸水被害を受ける可能性のある地域だ。古代において火山噴火の被害を受けた地域は,現代においても火山噴火による被害を受ける可能性のある地域だ。防災という観点からも,これら古代の物理的地理的情報は極めて大事なものだということができる。

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