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2015年7月19日 (日曜日)

約20年たって・・・

40歳のときに東京地裁判事を依願退官して明治大学法学部の教授になった。

後に最高裁判事になった司法修習生当時の元刑裁教官(私の退官当時・東京高裁長官)からは,退官を思いとどまるように厳しく諭された。しかし,そのように私に目をかけてくださることに心からの感謝を申し上げ,結局,退官した。

学者になって,正味で年収が600万円ほど下がった。

不足分は原稿料やら講演料やらで稼いでどうにかやりくりした。

その後,徐々に昇給し,20年経過してやっと判事退官時の年収と同じくらいになった。20年かかって20年前の給料に戻ったことになる。

その間の同期の判事との収入格差は1億円以上(税込)になっていることだろうと思う。

しかも,この20年の間に,予想外の出費が相次ぎ,大きな病気になって大幅な収入減という時期も経験し,そういう面では心が休まる日はなかった。

しかし,悔いはない。

学者になってから,判事のままでは決してできないような種類の仕事をいっぱいこなすことができた。

自由闊達というか・・・要するに,気ままに生きることができた。

そして,今は外部との接触をできるだけ絶ち,静かに研究と論文執筆に打ち込むことができるような日々を送っている。

若い頃に疑問に思っていた本質的な事柄について徹底的に研究し,その成果を世に問うことができたら,人生に成功したことになるだろう。裕福ではなくても論文は残せたことになる。

あと10年で明治大学を定年になる。

定年になるまでの間は論文を書き続け,世に問い続ける。

定年になったら,研究者としてではなく,あくまでも趣味家として石斛の栽培に打ち込み,世界中の誰にも負けない石斛栽培家になりたいと思う。

江戸時代から続く古典園芸を伝承する名もなき一人として余生を送りたい。

そして,誰も知らない間にいつのまにか消え去ってしまう・・・そういうのが私の理想の死に方だ。

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コメント

十返文子さん

私は,微温的な年功序列制度の良い面もあると考える古い世代の一人なのですが・・・(笑)

結果的にこういう時代になってしまっているので,授業でずっと教えてきたとおり,事実を直視し,それに対応する方法を考えなければなりません。

エンジニアでは,非常に有力な縁故者(財閥,政治家など)がある場合などを除き,もともと自分の実力で収入を得るしかない職業なので,とにかく日々の努力で実力をアップし,それを世間に評価してもらえるようにするしかないと考えます。評価されればヘッドハンティングによる移籍もあり得るでしょう。ただし,犠牲を伴うことも少なくないので,よく考えてからにしてください。特に,移籍に伴って営業秘密その他の知的財産の持ち出しがある場合,処罰されても一切文句は言えません。加えて,巨額の国家予算(税金)を投じて開発した技術等の成果をひっさげて他国の企業等に移籍する場合には,(2ちゃんねるなどで)「税金どろぼう」とか「非国民」とか罵られる高度のリスクがあることも否定できません。

他方で,ゼネコン的ピンハネ構造が業界を支配しているという問題を解決しないとどうにもならない部分があることも否定しようがないです。

これは,仮に一気に状況を変えようとするならば,国家転覆でもしないと直しようのない問題なのですが,仮にそういうことをやったとしても,結局,新たなゼネコンができるだけなので根本的な解決にはつながりません。

強いて言えば,粉飾や脱税などの企業犯罪を摘発し,企業を消滅させ関与者を刑務所に入れて社会生命を絶つということくらいしかできないだろうと思っています。ただし,この場合でも必ず報復されることになるので,自分も社会的に消滅することになります。つまり,自分だけは生き残るようにうまくやることは無理で,刺違えしかないです。ですので,やめたほうが良いです。

このように,どうやっても救いの全くない社会で生きていることになるわけなのですが,しかしよく考えてほしいことは,そういう過酷な状況の中でも成功する人は成功しているということです。そのような人々がどうして成功したのかを冷静に考えることも一つの助けになるのではないでしょうか?

また,「ひどい社会の中で生きている」という点では,成功した人も成功していない人も全く平等です。ただ,その中での「生き方」が違うだけなのだろうと思います。

私自身は,可能な限り「自由人」でありたいと思いながら生きてきました。結果的に,普通の人よりは相対的に自由人でいることができていると思います。

しかし,「お金からも自由(=裕福さとは正反対の状況)」になってしまいました(笑)

投稿: 夏井高人 | 2015年7月23日 (木曜日) 10時27分

先生、早速のお返事ありがとうございます。
一言だけ団塊ジュニア世代の愚痴として…

> 日本の社会では転職すればするほど貧乏になるようになっている

ここだけは、我々バブル期以降に就職した世代では「転職しなければ給料が上がらない」と言う仕組みが幅を利かせておりまして、何とも難しいところです。
少なくとも民間企業では、いいタイミングで年功序列制が廃止され、その割に上が多過ぎて昇進も難しい我々は、同じ組織にいたままではポジションも給料も上がりようが無いのです。
個人的な経験から言えば、転社(同じ職種で勤務先が変わる)と転職(職種も変わる)でも違うだろうとも思われますが、そのような統計が出るのは、私達がリタイアしてからになるのでしょう。

ただ、このように上の世代にモデルを持てない私達だからこそ、先生が仰るように「自分の信ずるところに従い,納得のいく人生を構築」することが大切だとも感じています。
お目汚し、失礼しました。

投稿: 十返 文子 | 2015年7月22日 (水曜日) 11時46分

十返文子さん

お元気そうで何よりです。

日本の社会では転職すればするほど貧乏になるようになっているので,基本的には転職しないようにしたほうが良いのですが,転職した以上は現在の職業の中でベストを尽くすべきだと思います。

私の場合,定年退官してから年金をもらいつつ教授をやったほうが明らかに賢いわけですけど,それでは何も業績を出すことができません。

世間では,ちゃんとした業績を出せる教授など滅多にいないというか皆無に近いので,それだけチャンスがあると思って転職しました。

良い業績を出してもパクられるのが常で自分の収入につながることはほとんどありません。ここらへんも非常に東アジア的だと思っています。

東アジアに生まれてしまった以上,これは運命だと思って受け入れています。

そういうわけなので,世間で流布されている「キャリアアップ」だの何だのは全部嘘で,インチキだと思っています。そういうことを掲げてテレビ等で平気で述べたり雑誌で論説等を書いている評論家等は,まあ何というか・・・非国民ですね。

そういう連中は全部無視して,自分の信ずるところに従い,納得のいく人生を構築できるようがんばってください。

これまでの人生で見てきたところでは,そういうインチキで世間を欺いて成金的なことに成功している人々はろくな死に方をしておりません。

天網恢恢とでも言うべきか・・・

投稿: 夏井高人 | 2015年7月21日 (火曜日) 23時49分

ご無沙汰しております。
いつも匿名で投稿しておりましたが、他の方に倣って実名で…。

私も、在学中から手がけていてWeb制作の業界から現在のプロジェクトマネジメントの普及に身を転じる過程で、やはり年収は数百万円ほど下がりました。
※先生に比べて元々の稼ぎが少ないですので、金額では先生より少ないものの、比率では先生を上回るかもしれません(苦笑)
今も(月収は乱高下していますが)年収では前職に追いついてないのが正直なところです。
そのような状況で、尊敬する先生にも似たような境遇があったと伺え、とても励みになります。

しかし、一方で、今の私の生活を支えてくれている夫(ご報告が遅れましたが3年前に結婚しました)が、もし先生のような選択をされる時には、一瞬も躊躇わずに応援してあげられる程度には早く稼がねば…とも思いました。
先生の奥様は、やはり素晴らしい方ですね。

今回の記事、特に「裕福ではなくても論文は残せたことになる。」の部分で、山下達郎さんの「蒼茫」と言う歌を思い出しました。
既にご存知かもしれませんが、もし機会があれば聞いてみてください。
一応(JASRAC許諾済みの)歌詞を紹介するWebサイトのURLも貼っておきます。
http://j-lyric.net/artist/a0022c2/l001773.html

投稿: 十返 文子 | 2015年7月21日 (火曜日) 15時56分

高梨慧さん

お元気そうで何よりです。また,書記官に昇格とのこと。おめでとうございます。地道に努力を重ねた成果ですね。

高梨さんは,語学のセンスに関してちょっと他にはみあたらないような抜群の優秀さをお持ちですが,それだけではなく,ものごとを冷静に客観的に考察することのできる卓越した能力をお持ちだと評価しておりました。

自然科学の世界では,観察の対象が人間ではない場合には,何度でも実験しながら観察と考察を積み重ねることができます。しかし,高梨さんが生きているような世界では一瞬の出来事を即時にかつ正確に評価できなければなりません。その点では,裁判官が訴訟指揮をしている際に法廷の状況を瞬時に把握し評価して態度決定するのと似ているような気がします。

そのような瞬時に判断する能力は,脳の機能として具備されているというだけではダメで,常に磨き続けていないと単なる独断と偏見に陥る危険性があります。その能力を磨く方法は,ひとつしかありません。それは広く深く教養を積み重ね続けるということです。

(私自身を含め)人間は,欠陥の多い動物で非常にしばしば失敗します。その失敗の原因を知り,あるいは,特定の人物を第三者が失敗または成功と評価する要素は何なのかを知ることのできる書籍が特に有益ではないかと思います。私のお勧めとしては,とにかく人類の歴史に関する書籍を1冊でも多く乱読した上で,(どのような歴史書でもそれを著作した人の評価を符号化して記録したものに過ぎないので)評価の決め手となった要素を冷静に解析・理解する努力を重ねることをお勧めします。そのようにすれば,ある一瞬の出来事を目にしたときに,自分の判断が単なる主観的な決めつけに過ぎないのかやや客観性を有するものなのかを考えてみる機会を増やすことができるでしょう。

更に日本語の語彙を増やす努力は死ぬまで終わりません。ただ,普通の日本人にとって理解できる語彙の分量には限定があるので他人に通じる日本語といいう意味ではそれほどしんどい分量ではないです。しかし,それでも,受け手が誤解や曲解をしにくい表現を選び,上層部が政策決定をする際に判断を誤らないような語句を選ぶというような工夫は必要です。

結局,人間というものそれ自体を知ろうとする努力を続けるということになりますね。

高梨さんが今後も誠実に仕事を続けていれば,いつかきっと優れた人材だと評価し抜擢してくれる上司が現れることでしょう。抜擢はおろか評価もされない状態が続いても腐ることなく地道に勉強を続けることが人生で成功するための一つのポイントです。

ますますもってよき人生をゲットできますように。

投稿: 夏井高人 | 2015年7月20日 (月曜日) 06時52分

御無沙汰しております。
私の場合,早いもので学部を卒業して数年が経ちましたが,ゼミで先生に御指導頂いた期間は,人生の中でも大変幸せな時間であったと,様々な経験を経て実感しております。改めて御礼を申し上げます。御陰様で担当語学の勉強にひと段落つき(最も何事も際限がないのは言わずもがなでございますが),書記官の任に就くことができました。良いご報告が出来るよう,引き続き研鑽して参りたく思います。

投稿: 高梨慧 | 2015年7月20日 (月曜日) 02時44分

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