アレキサンダー大王のモザイク画にある鎧
有名なモザイク画だ。歴史の教科書等にも出ている。
問題は,大王が着用している鎧にある。
東アジア(特に古代日本と古代中国)の鎧と酷似している・・・と思うのは,私だけではなさそうだ。
Wikipedia: Alexander Mosaic
http://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Mosaic
当時のマケドニアの大王はみんなこのような鎧を着用していたのかもしれない。
しかし,その後の欧州の軍隊には引き継がれなかった。
そこが問題なのだ。
古代中国や古代日本の鎧は,アレキサンダー大王の東征とその子孫による更なる東進によって,騎馬戦術や戦車戦術等と一緒に西方から伝来したものなのではないだろうか?
戦車をつくる技術は,当時としては極めて高度な技術であり,特殊な技能集団のみがなし得ることだった。
古代日本の車持氏に注目すべきではないかと思う。
『竹取物語』では,「車持皇子」のところだけが異常に長くて詳しい。本当の車持皇子であれば毛國(扶桑國=豊羊國?)まで宝物を探しに出なければならないのに,偽物をつくり,それが露見してしまうというストーリーになっている。おそらく,その時点では本当の車持氏に属する実在の人物は亡くなっており,僭称する者が多数あったのではないかと思う。それにしても,偽物の宝物をつくった職人が手間賃の支払いを求めてやってくるところをみると,歴史学の通説が考えているような「部民」の一般的な姿とは相当異なる職能集団が存在したということになるのではないかと考える。
『竹取物語』には秘密がいっぱい隠されていると思う。なにしろ「翁」の物語なのだ。
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