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2014年7月22日 (火曜日)

聖徳太子像

魏晋南北朝時代の服飾史を調べるようになってからいろいろと疑問をもつようになった。

聖徳太子像と呼ばれ伝承されてきた絵画や像などの多くが女性のように見えてしまうのだ。

推古天皇の男装像かもしれないし,3人の比丘尼を理想化したものなのかもしれないが・・・よくわからない。

私見としては,「聖徳太子」という名で執政した誰かが存在したことは間違いないだろうと思う。

しかし,聖徳太子は実名ではなく現代流に言えば敬称(尊称)のようなものだ。

その実名を探すことが肝心だ。

一般に,「厩戸」が本名だとされるが,そうであるかどうかもよくわからない。仮に「厩戸」が実名だと仮定した場合,この名は,「うまこ」と読める。

「大化の改新」により蘇我氏が滅亡したことが後世の正史編纂の際の基本路線に深刻な影響を与えることになったのではないかと推測する。

日本の古代史では,物理的には同一の人間でありながら,史書や系図の上では別人として別の名で出てくることがしばしばあるし,同一人であることが明らかな者でも別名を多数もっていることが普通にある。このことは現代でも同じだ。

これは,血のつながりがなくても養子等により同系の者として扱うという日本の伝統とも深くかかわっていることではないかと思う。

過日,遺伝子解析の結果よりも民法上の推定を優先すべしとの最高裁判決が出されたが,この判決は,科学によって真実を発掘されてしまうことを恐れる復古派が多数派を形成してしまったことによる虚構の判決だろうと思っている。多数意見には法理論は全くない。自己が属する氏族の権威を守ろうとする情念と支配欲のみである。

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(余談)

古来なされてきた養子による問題の解決という方法は,実は非常に現代的で合理的なやり方だったと思っている。

要するに,実力主義・能力主義だ。

ただ,「名」を大事にする社会なので名目を整えるために養子制度が必要だった。

そして,建前がしっかりしていれば誰も文句を言わないという文化は,ある意味で非常に優れている。

名実ともに優れていれば最善なのだが,現実にはそういうわけにはいかないことが多い。

名と実をバランスさせることのできる古代からの知恵の一つと言えるだろう。

最近の浅薄な「能力主義」なる主張云々をみていると,いろいろと思うことがある。

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(余談2)

「蘇我馬子」と先代旧事本紀にある「物部馬古」とは同一人物であるとの説があり,私もそうなのだろうと思う。

蘇我氏と物部氏とが争い,物部守屋を殺して滅亡させたということになっているが,「蘇我」も「物部」も本当の氏ではなく,強いて言えば,いずれも広義での「秦」であろうと思われる。「秦」は,通常,「はた」と読まれるが,私は異なる意見を持っている。「はた」は訓読みの一つであることに間違いないのだけれども,本来の読み方ではない。「しん」が正しく,「秦族」が「神族」となる。

「蘇我」は系統を重視した呼称(別名)であり,「物部」は兵部という機能面を重視した呼称(別名)だと思われる。

「物部馬古」の冠位は,「大華上」とされるが,これは,「王である華夏の頂点に立つ者」ということを意味し,律令制時代以降の冠位とは本質的に全く異なるものだと考える。

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