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2014年3月15日 (土曜日)

情報ネットワーク

海外の人々の中には現代の日本にもどこかに隠れた忍者村のようなものがあって,忍者の歴史が連綿と続いていると信じている人がいるとかいないとか報じられることがある。私自身は,そのような人と直接会ったことがないので,よくわからない。ただ,海外の人々が信じている忍者とは,例えば,シルベスター・スタローン主演の映画『ランボー』に出てくる超人的な主人公のような人物を想像していることが多いらしい。しかし,そんな超人など古代にも存在しなかったし現代も存在しない。

私は,忍者の本質を考える場合,ローマのバチカンと比較して考えるようにしている。バチカンは,古代においても現代においても世界最大規模の情報機関のひとつだと言える。国家の軍事部門に属するというわけではないので国家機関としての諜報部門であるという意味ではないのだが,情報機関であることは間違いない。知り合いの聖職者の多くがその事実を認めているし,収集した情報は,バチカンの図書館で大事に保存されてきた。その一部は既に公開されており,一般の人々でもその内容を知ることができるし,現在では,世界の過去を知るための非常に貴重な資料源ともなっている。

日本においてはどうか。

同じように考えると,日本の忍者の本質が,非常によく理解できる・・・・というわけだ。

バチカンの図書館と同様の機能を果たしていたものの1つに,古代の貴族が代々伝えた資料がある。その一部は公開され,一般の人々でもその内容を知ることができる時代となった。

古代の豪族が武力で衝突する可能性があるという状況が続いている間には,収集した情報は秘匿する以外にはあり得ないだろう。情報とは,本質的にそのような性質を持っている。

しかし,戦国時代と秀吉による刀狩を経て既に500年ほどの年月が流れた。明治維新以降には,軍事それ自体が古代の様式によるものではほとんど意味をなさない機械器具による大量殺戮戦へと変貌してしまったので,古代豪族がイニシアチブを握って国内戦を遂行することはもはや不可能だ。このことは,中国大陸でも同じで,国家のもつ武力は地方勢力を直ちに圧倒・制圧してしまう。だから,古代の黄巾の乱のような武力行動は,もう起こせない。

それでも,ローカルな情報ネットワークは無数に存在している。

情報ネットワークと言うと,電子的なものだけを想定して考える研究者が多い。

それはそれで大事なことだ。

ただ,もし情報ネットワークの本質を研究したいのであれば,電子的なものだけではなく非電子的なものについても素材を探して思索をめぐらし,現代のものだけではなく過去のものについても真面目に取り組むということが絶対に必要だと考える。

そのような研究においては,理系と文系の違いなど全く無意味で,むしろ過去における総合学としての哲学や博物学に近い思考スタイルを採用することが大事となる。

理系と文系との区別は,国家の産業政策の一種に過ぎず,学術上の何らかの本質的相違に基づく区分ではない。それゆえ,国家の産業政策が変更になれば,直ちに修正されてしまう可能性のある浮動的・相対的なものだ。

大事なことは,自分の研究が社会の中での部品のひとつに過ぎないことをやっているのか,それとも,本質を探究するという学問本来の様態の一部に属するのかを自分自身が明確に自覚しているということなのだろうと思う。

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