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2014年1月21日 (火曜日)

古代播磨(吉備)が栄えていたころ

現在よりも海水面が20メートル高かったと仮定してシミュレーションしてみた。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map9.jpg

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map14.jpg

「なるほど~~」と思った。

現在の和気市付近は,大型軍船を操る水軍を主力とする古代氏族にとっては天険の要害そのものだ。

逆から言えば,その後の小氷期の到来と共に次第に海退が生じたことが,そのような水軍を主力とする古代氏族にとっては大きな痛手になったのではないかとの推理も成立し得る。

これまでの歴史学は,気象条件や地勢が現代と同じという前提で成立している。このことは,最近出版された『岩波講座日本歴史第1巻』でも基本的に同じだ。

しかし,仮に海水面が現在よりも20メートル高かったとしたら絶対に成立しない立論が多数ある。

大前提となっている常識のようなものを根本から疑ってかかるところから真の学問は始まる。

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