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2014年1月25日 (土曜日)

古代の鳥取市周辺

現在よりも海面が20メートル高かったと仮定してシミュレートしてみた。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map130.jpg

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map133.jpg

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map134.jpg

20メートル高いと仮定した広域図はこんな感じ。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map131.jpg

5メートル高いと仮定した広域図はこんな感じ。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map132.jpg

律令時代以降の遺跡は,5メートル程度まで海退した時代以降のものだろうと推定することができる。そのため,私が大宝律令当時のことを論説等に書く場合には,海水面が5メートル程度高いということを前提に書いている。

なお,それでも説明できない遺跡が何箇所かある。「古代の超巨大地震により局地的に大規模沈降した地域がある」と推定している。

また,元は海であり,その後の海退により泥湿地となったために稲作可能となった土地は,水分を多く含むため,陸地化している年数を経るにつれ次第に乾燥・圧縮されて沈降する場合があることも考慮に入れるべきだろう。

ちなみに,「今木山」という地名があるから,「古来」の人々を全滅させて「今来」の人々が新たに支配を始めた記録と解釈するか,または,「古来」の人々の居住地を避けて「今来」の人々が新たに入植した地域であると解釈するか,見解が分かれ得るのではないかと思う。そのどちらの場合でも,新たな入植は,古墳時代末期以降だったのではないかと考える。朝鮮半島の動乱と連動させて考えてみると,非常に興味深い。

 文化遺産:青谷上寺地遺跡 あおやかみじちいせき
 http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=174085

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