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2014年1月21日 (火曜日)

古代出雲が栄えたころ

海水面が20メートル高かったと仮定してシミュレーションをしてみた。

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出雲大社もまた,現在の厳島神社と同様,大型軍船から桟橋に直接に接岸して参拝できるような構造になっていたと推定することが可能となる。

しかし,問題が生じた。

出雲国庁と出雲国分寺の推定地が水没してしまうのだ。

論理転倒との批判があると思うが,仮説としては,元の国庁等は現在の推定地よりも西にある正倉遺跡付近にあり,後代(律令時代)に海水面が下がって現在よりも5~6メートル程度になったころ,移築されたのではないかと思う。

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