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2014年1月21日 (火曜日)

古代の宮城県栗原市周辺

現在よりも海面が20メートル高かったと仮定してシミュレートしてみた。

 http://cyberlaw.la.coocan.jp/Documents/map25.jpg

登米郡の役所等はたぶん現在の登米市付近ではなく栗原市周辺にあったのではないかと思う。後代になり,海退によって陸地が増えるにつれ,南方に移動したのかもしれない。

また,朝廷の軍勢(坂上田村麻呂など)は,栗原のあたりまで大型軍船で移動したか,あるいは,更に北上川を遡って平泉のあたりまで進行したのかもしれない。

なお,糠塚遺跡が水没してしまうが,この遺跡は奈良~平安時代のものだということが判明している。そのころには海水面がだいぶ下がっていたと思われる。

 栗原市:糠塚遺跡
 http://www.kuriharacity.jp/index.cfm/12,5399,80,html

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