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2013年12月29日 (日曜日)

遣渤海使

日本国が新羅と緊張関係にあった時代,遣渤海使により日本国と渤海国との間に交流があったことは歴史上の事実だとされている。

そのような事実があったという前提で考えてみると,当時,緊張関係にあった新羅の支配地を経由する陸路を用いることはできなかったと考えるのが妥当だ。

もしそうだとすると,新羅の水軍に妨害されることなく渤海国と交通できる海上の航路が存在していたことになる。あるいは,当時の新羅には有効に戦闘可能な大型軍船がなかったと考えることも可能だろう。

他方で,新羅が内陸国であり,伽耶国経由で陸路により行き着く国だったとしたら,別の考えも成立可能となる。

当時のことについてはわからないことが多すぎるのであまり断定的なことは言えないが,1つの仮説としては,遣渤海使による日本国と渤海国との交流があった当時における新羅の所在位置は,現在の通説が考えているところとは異なるかもしれないということが連想される。

おそらく,新羅は,唐により鴨緑江以南の地を冊封された735年以前の時期には,現在考えられているよりもずっと北方に所在していたのではないかと思われる。

一般に,「国家の所在地は移動しない」という前提でものごとを考えるのは危ないかもしれない。

もともとモンゴルの人々と同じように移動する種族であり,移動した先の場所が新たな国になるというような状況が古い時代にはあったのではないかと思う。

固定された領土のようなものが必要なのは耕地という土地を安全に確保・維持しなければならない農耕を主体とする種族であり,騎馬民族や遊牧民のような人々には最初から固定された領土のようなものは必要がないということもできる。

このことは中国を攻撃して「元」を建国した当時のモンゴル帝国における「国」のあり方のようなものを考えてみると,理解できることだ。

なお,山形明郷『卑弥呼の正体』では,新羅の「鶏林」とは,「吉林」と同義だとの見解が提供されている。

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