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2013年12月31日 (火曜日)

文化人類学

目下格闘中のテーマの解明のため必要があるので,巫女やシャーマン等についての書籍・論文等もいくつか読んでみた。

当然のことながら,文化人類学からのアプローチが多い。

様々なタイプのものがあるので一概には言えないのだが,そういった論説等の中には,ちょっと疑問に思うものが含まれている。

それは,「少数民族は原始時代からの古い伝承を保存している」という仮説を疑わない者がいるということだ。

もちろん,まさにそういう場合に該当する事例は存在し得るだろう。

しかし,例えば,中国の過去4000年間の歴史を見るだけでも明瞭に理解できるとおり,過去の王朝における王統に属する人々が現時点では少数民族としてひっそりとして暮らしているという例がいくらでもある。

征服者の弾圧により同族の者がほとんどいなくなり,現在では数十人だけになってしまっているところもあるが,伝承では古い王朝の王族の子孫だと自称する部族がある。

さらに文化破壊が進むと自分達の出自を伝える者もいなくなり,習俗が部分的に残されることになる。

これは,原始的な文化なのではなく,かつての王朝文化が廃滅し衰退して,断片的に遺されたものなのだ。

様々な伝承や風俗の中にはそういったものがいくつも含まれている。

巫女やシャーマンの伝承にしてもそうだ。

日本国内でさえ,各地に残る伝承の類はそのような扱いを受けている。つまり,偏見的発想がまだまだ残っている。東京や京都から遠く離れた地にあればこそ,もしかすると古代の大豪族の末裔とその伝承であるかもしれないのに。

おそらく,そのような研究者自身が,「少数民族は蛮族である」という差別的な偏見を強固にもっているために,真実が見えなくなってしまっているのだろうと思う。

これは,「西洋人中心の文化人類学者が残した非西洋人蔑視というある種の精神的ベクトルの遺物」として表現することも可能なものであり,これこそまさに現代学問社会という社会組織を研究のターゲット(フィールド)とする文化人類学の最大のテーマとすべきものではないかと考える。

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