総務省のP2P「おとりファイル」作戦は,文面を練り直さないと憲法違反であり違法行為(国家賠償請求の原因)になる可能性がある
下記の記事が出ている。
総務省、「おとりファイル」でP2Pファイル共有ユーザーに注意喚起
Internet Watch: 2013/1/25
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20130125_585100.html
ブログなので詳しいことは書かないが,例の最高裁判決の趣旨等を踏まえて考えると,文面を工夫しない限り,自分自身が著作権を有する著作物(コンテンツ)をP2P経由で流通させている者,他人の著作物を含むものであっても適法な利用の範囲内にあるものとしてP2P経由で流通させている者,単に「場」としてP2Pサービスを提供している者(特に,政府からみれば違法なP2Pサービスにみえるかもしれないが,要するに適法なビジネスの範囲内にあるクラウドサービスの一種であるようなもの)などの適法かつ正当な法的利益を侵害し,かつ,名誉毀損または業務妨害等の結果を招くことになりかねない。
このような「表現の自由」に対する極めて抑圧的な政策を採らざるを得ない場合があり得ることそれ自体は否定しないが,その場合であっても,方法が相当であり,目的・効果の観点からして均衡をとることのできる範囲内でなければ,当然のことながら,憲法違反行為となる。
無論,著作権侵害行為を許す趣旨ではない。しかし,原則は,事後的に,権利者が個々の権利侵害の事実を個別に主張・立証した上で,賠償請求や差止請求をしたり,刑事告訴したりしなければならないというのが法の世界の常識だ。例外は,捜査機関が裁判所の令状を得て行う場合等に限定される。政府機関は司法機関ではないので,自己の行為についての適法性に関する司法機関と同等の意味での審査権能を最初から全く有しない。
このような原則に反する「基本的人権の事前抑制的な行為」を政府機関が実行することは、原則として,憲法違反行為に該当すると推定される。
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(余談)
インターネット上ではいろんな意見があるようだが・・・
一般論として,囮を使うことは警察が適法な捜査活動として行う場合でさえ極めて限定された場合だけに限られている。
そうでない一般行政庁や権利者団体等が囮的なものを用いてダウンロードの妨害行為を実行することは,(あくまでも理論上では)基本的に業務妨害罪を構成してしまう危険性がある。積極的に加担しているISPや技術者や弁護士等についても,(あくまでも理論上では)業務妨害罪の教唆犯や幇助犯を構成してしまう危険性があるといえる(←Winny作成者事件における検察官の立論をそのまま適用するとそうなる。)。罪名としては,偽計業務妨害罪ということになるだろう。
もし本当に誰かから告訴されたらどうするつもりなのだろうか?
そもそも自己矛盾がある。
もし「P2Pの中にあるファイルの全てが違法である」というのであれば,囮ファイルも違法であるという理屈にならざるを得ない。逆に,もし「P2Pの中にあるファイルの全てが違法とはいえない」というのであれば,どうして囮ファイルの投入が許されるのだろうか。どちらにしても,そのままでは理屈が通らない。行政庁のやることが常に適法であるというのであれば,これまでの国賠訴訟における敗訴判決は全て間違いだということになるが,そのような全裁判所を敵にまわすような態度でよいはずはない。「行政庁や権利者団体だけは例外だ」という態度もまた,「全く根拠のない自信」の一種に過ぎない。適法な行為は適法な行為だし,違法な行為は違法な行為だ。
このように書くと,私が行政庁等に対して敵対的だと誤解する人もあるようだ。
間違いだ。
逆に行政庁等を積極的に助けようと思っている。
だから,行政庁が国賠請求を受けたり告訴されたりしないように,無料で真理を教えてあげている。
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(余談2)
問題の解決策を提案しておいた。
結局,行政庁等が完全に適法に警告文を放流するためには
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-4689.html
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(余談3)
インターネット上では,私が放流するファイルに付されるファイル名の著作権侵害を問題にしているかのように読めるコメントがあるのをみつけた。
しかし,そんなことは全く問題にしていない。
[このブログ内の関連記事]
Winny開発者事件が無罪で確定
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/winny-4860.html
Winny開発者金子氏のインタビュー記事
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/winny-864f.html
Google, Amazon, Dropbox及びVMWareに対し,P2Pファイルシェアリングに関する特許の侵害があるとして提訴
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/google-amazon-d.html
英国:政府合同人権委員会が,P2Pファイルシェアリングを禁止するための法案は要件が曖昧過ぎてインターネットユーザの権利を侵害するおそれがあるとの見解を示す
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-1c64.html
EU:欧州最高裁が,サービスプロバイダには利用者が著作権侵害行為をしているかどうかを監視すべき義務はないとの判決
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-aa6b.html
MP3TUNES事件判決は,旧来の利益集団(音楽産業)と新ビジネス(クラウドストレージ)との間の闘いにおいて大きな意味がある
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/mp3tunes-637b.html
映画コンテンツの海賊版は映画会社の収入を減少させていないかもしれない
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-bbab.html
ポルトガル:非営利のP2Pファイルシェアリングは私的利用の範囲内にあり適法行為との判決
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/p2p-4351.html
インド・マドラスの控訴裁判所が,Pirate Bayのようなファイルシェアリングサイトに対する監視とブロッキングを命じた下級審の決定を破棄
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/pirate-bay-5200.html
ブラジル:学術団体や音楽著作権団体等が共同で,政府に対し,ファイルシェアリングを合法化するように要請
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-25ad.html
EU:プライバシーコミッショナーが,主要各国の進める著作権侵害フィルタリング政策はEU個人データ保護指令に反すると言明
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/eu-9835.html
EU:P2Pファイルシェアリングサイトの遮断のためには適正手続(fair and impartial procedure)を経ることを要する
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/eup2pfair-and-i.html
BBC: 著作権法による処罰を強化する日本の努力が世界で物議をかもし混乱を発生させる原因をつくっているとの報道
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/bbc-b60f.html
英国:ファイルシェアリングに関する訴訟で,ACSが違法行為を証明できない可能性
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/acs-61f1.html
英国:著作権管理団体の代理人としてファイルシェアリングをしていた者に対し損害賠償請求等を大規模を行っていた法律事務所が,サイバー攻撃と脅迫により,今後の業務遂行を断念
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-a2b8.html
法律事務所がサイバー攻撃の標的とされるようになってきた
http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-dac5.html
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コメント
通りすがりさん
コメントありがとうございます。
問題大ありなので,いずれ自分の考えをまとめて正式の論文にしたいと思っています。
私の視点はたぶん日本にいるどの法学者とも異なるものだろうと思います。しかし,それは現在の法学者の大半が問題の本質に気づいていないか,または,意図的に目をそらしているからそうなっているだけのことだと思っています。私は,自分の視点について,既に発生したインシデントなどの事実を踏まえた根拠のある自信をもっています。
ただ,目下,別の研究の論文執筆等のほうに精力の大部分を投入しているところなので,2年後くらいになるかもしれません。
もし実験だけで終わりとなり,恒常的なものとならなければ論文を書く必要もなくなるので,そのときは論文を書きません。
人生に残された時間を可能な限り有意義なことに使いたいと思います。
投稿: 夏井高人 | 2013年2月 1日 (金曜日) 15時15分
この囮ファイルの案件は昨年の同時期にすでに行なわれていますが、現状とくに問題となっていないので大丈夫でしょう。
そもそも、今回が「初めて」の実験と思っている人が多いことに、少々驚いています。
投稿: 通りすがり | 2013年2月 1日 (金曜日) 12時38分