米国:ReDigi対EMI事件-音楽MP3ファイルの再販売
下記の記事が出ている。
US court to rule on ReDigi's MP3 digital music resales
BBC: 5 October, 2012
http://www.bbc.com/news/technology-19842851
他人のリソースを他人に転売する行為は適法だ。そうでなければ,ほとんど全てのビジネスが違法行為となってしまう。人間の社会生活は莫大な数の再販売の連鎖の上に成立している。流通過程そのものが再販売の連鎖として理解すべきものなので,再販売それ自体を違法とすることはできない。
音楽を記録した物体としてのLPやCDでも同じで,買取形式での流通は再販売の連鎖として理解するしかない。
したがって,音楽産業においても,再販売は適法でなければならない。
問題は,デジタルコンテンツの場合,再販売しても記録が販売者の手元に残るということだ。これは,新たに複製物を生産し,その生産物を販売する行為として理解することができる。そして,その複製物は無限に生産可能であるため,最初にコンテンツを生産した者は多額の費用を支出しているのに複製物の生産者はコストゼロで複製物を大量生産可能であり,正義に反するという観念が生ずることになる。
結局,音源の記録手段を普及させると必然的に発生する事象なので,社会状況の変化に伴い,「記録」を商品とするビジネスそれ自体が社会的に成立しなくなるという歴史的過程の中で我々は生きているのかもしれない。デジタル化技術は,人間の社会の中の「ある産業」を壊滅させる力を持っている。当初は,非常に高価な技術であったため,音楽産業しか利用することができなかったかもしれないが,いまや誰でも利用可能な普通の技術になってしまったので,必然的に音楽産業も存立基盤を失ってしまうことになる。
このような変化に対する対応には様々なものが考えられる。
私見としては,本来であれば「不正競争防止法の問題」として理解し対処すべき問題を,「著作権の問題」に置き換えて理解し対処しようとするから,結果的に妙なことになってしまうのではないかと思っている。
どちらにしても,「記録」の複製・販売をコアとするビジネスモデルはますますもって存立基盤を失うことになるだろう。少なくとも複製の「記録」によって大きな利益を得ることのできる時代は去った。
(当然のことながら)複製物の再販売ビジネスも成立しなくなるか,または,少なくとも利益を生むことができなくなる。
その本質は,誰でも「記録」することができるということに尽きる。
ちなみに,量子コンピュータの技術を応用すれば,複製し送信したとたんに元のファイルが完全に消滅するような「物体」の再販売に似た世界を構築することが可能だろうと思う。しかし,その場合でも,そのファイルを演奏させる(音としてスピーカーを振動させる)のでなければ音楽ファイルとしては無意味になるので,そのような音を新たに「記録」することは可能だ。つまり,何らかの記録装置がある限り,複製と再販売を技術的に阻止することは絶対に無理という結論になる。つまり,デジタルコンテンツに関する限り,(理論的には)ビジネスモデルの大半が(収益モデルとしては)最初から成立しないものだったと理解すべきことになるだろうと思う。
[追記:2012年10月7日]
関連記事を追加する。
ReDigi fights for right to sell used digital music
Register: 5 October, 2012
http://www.theregister.co.uk/2012/10/05/redigi_music_case/
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