「出口治朗の提言」中の人口政策の部分には賛成できない
下記の記事が出ている。
政府の「日本再生戦略(案)」は、なぜ不人気なのか
ダイヤモンドオンライン:2012年7月24日
http://diamond.jp/articles/-/21954
この中で書かれていることの中には賛同できることが少なくない。
しかし,人口政策に関する提言には全く賛成できない。人口を増やしても,子供達が大人になった時点では,そもそも「職業」や「仕事」なるものがあらかた消滅してしまっている可能性が高いからだ。究極的には,「人類」それ自体が邪魔な存在として抹殺されるようなことになっているかもしれない。
仮にそのような究極状態にならないとしても,生き残る可能性のある職業は農林水産業くらいなものだ。ところが,この産業は一定の広さの農地や漁場等を必要とし,基本的には世襲によって受け継がれる職業であるだけでなく,そんなに多くの人口をまかなえる産業ではない。
要するに,子供を増やすだけ増やしても糧を得る方法がなくなってしまう近未来に置き去りにするという無責任さがある。
出口治朗氏が未来永劫将来の人々全員の面倒を見るというのであれば文句は言わないが,そんなことはできるはずがないので,社会に対してあまりにも無責任な提言はしないで欲しいと思う。
私見によれば,今後10年間だけでも現在の社会に存在する産業の多くが消滅し,地球規模での構造的な出来事として,どの国においても失業者がどんどん増加することになるだろう。人が要らなくなり,職業それ自体が消滅してしまうので,解決策はない。
このような人口圧力に耐えられなくなった国は,必ず古来の方法に頼ることになる。すなわち,侵略だ。その場合,相手国の人々は抹殺されることになる。地球全体としてみると,極めて大規模な人口減少を人為的に発生させてバランスをとるという営みが実行されていることになる。
このようなことは,人間の「人道感覚」からはとても賛成・是認できるはずのないことだ。
しかし,ヒトも生物の一種であり地球という環境の中で生存競争をしているのである以上,リソースの奪い合いと殺し合いが必然的に発生する。つまり,生物としてのヒトというものを考えたときには,大量虐殺による人口調整はそんなに奇異なことではないと考える。
要は,正義や人道といった思想的観点をいったん全部措いて,完全に即物的に「地球という閉じた環境内に棲息する生物としてのヒト」というものを考えることができるかどうかによって,今後の方策に関する意見形成が異なってくるということになる。
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