矢代秋雄:ピアノ協奏曲
日本の作曲家の中では好きな人の一人だ。その作品の中でもピアノ協奏曲は極めて秀逸な作品のひとつだと思っている。
矢代秋雄:ピアノ協奏曲,交響曲
岡田博美(ピアノ),湯浅卓雄(指揮),アルスター管弦楽団
NAXOS 8.5553IJ
ただ,原発関連のニュース記事などを読んだ後で目を瞑ってこの曲を聴くと,何ともなしに,人類が滅んだ後の世界の姿が見えてくるような気がして,とても悲しくなる。
あまりにもリアリティがありすぎる。
さて,以下は,あくまでも一般論だ。
現在の為政者や経営者には「見捨てる勇気」がない。
彼らは自己否定することができない。
だから,未来が見えなくなる。
世間では,「年配の者は原発事故の結果を引き受けるべきだ」との意見がある。
まやかしの一種だと思っている。
原発事故の結果,年齢を問わず,全国民が既に被害を受けてしまっている。若年の人々だけに被害を及ぼさない手段・方法などない。
しかも,原発事故を発生させてしまった人々は,被害者であると同時に加害者でもある。その年齢,性別,国籍等を問わず,全て同罪であるはずだ。その一方で,それ以外の国民には何の罪もない。
「年配の者は原発事故の結果を引き受けるべきだ」との意見は,そのことを巧妙に隠蔽するためにつくられたスローガンだろうと疑いたくなる。
自らそのように主張し,原発事故の処理作業に従事することを志願している人々は立派だと思う。しかし,同じ世代の人間を全部一緒にしないで欲しいし,自分達の意見を他人に押し付けることはやめて欲しい。
おそらく,そのような人々にはきっと自分達の意見を他人に押し付ける気など全くないのだろうと思う。しかし,一部マスコミが「美化」し,全ての国民に押し付けようとしている。この私には「玉砕せよ」と命じているようにしか聴こえない。
責任を負うべき者とそうでない者とがいるという事実を曖昧にすることは許されない。
これまで原発を推進してきた者は,政治家であれ,経営者であれ,従業員であれ,地元住民であれ,すべて等しく共同不法行為者的な意味での加害者だ。
そして,そうでない人々が被害を受け,罪を背負わなければならない理由など何もない。
こうやってブログを書いている間も,途切れることなく新たな汚染が発生し続けている。
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