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2011年8月 9日 (火曜日)

思いつき・・・?

下記の記事が出ている。

 首相また思いつき?「核抑止力のない世界目指す」…日米防衛政策と矛盾
 産経ニュース: 2011.8.9
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110809/plc11080921170016-n1.htm

単なる「思いつき」で発言しているだけかもしれない。よくわからない。

それはさておき,民主党政権になり,様々な出来事があって,そして,私が理解したことが幾つかある。

その中の一つが「思いつき」と評価されるような発言の要因となっているかもしれないと考える。

これは,首相に特有の現象なのではなく,民主党全体にかかわることかもしれない。

分かりやすく要素分解して書くと,次のようになるかもしれない。

1) 長期目標,中期目標,短期目標の区別がついていない

2) 長期目標は,単なる「理想」に過ぎず実現性の乏しいものであっても構わないかもしれない。場合によっては,「大風呂敷」とか「ペテン」とか呼ばれるものであっても構わない場合があるのではないかと思う。だが,それが長期目標であることを理解してもらえる文脈で明らかにするか,文脈上明らかでない場合には「長期目標であること」を明示する必要がある。オバマ大統領が「核廃絶」を述べるとき,米国が置かれた状況等から,それが長期目標であることを誰でも理解することができる。だから,すぐにはもちろん実現できないとわかっていても,良い方向で評価されることになる。これに対し,日本では,長期目標であるかどうかが不明であるばかりでなく,受け止め方次第ではすぐに実現するような趣旨と受け止められかねないような発表の仕方をするから混乱を招いてしまう。

3) 中期目標は,より実務的な裏づけが必要だし,短期目標は実務そのものだ。だから,より具体性がなければならないし,それを実現するために相当の調整等を要する。ところが,長期目標と混在させたまま作業を進めるものだから,いろいろといじくった挙句,誰もどうしてよいかわからなくなってしまう。結果として,混乱だけが残る。

このように,長期,中期,短期の目標は,それぞれ性質が異なるものであり,それを実現するための手段や方法が異なっているにもかかわらず,すべてまぜこぜにしてしまったから,マニフェストの問題にしろ何にしろ混乱だけが残るようなことになってしまったのではないだろうか?

とはいえ,中期・短期の目標設定や実現方法の策定については,日本の政府だけではなく,世界各国の政府において,その力量が疑問視されるような世界になってしまっているような気がする。

このような状況になってしまっていることについては,人気で選挙結果が左右されるという副作用を伴う民主制の最も悪いところが出ているのだと評価することも可能かもしれない。

一般に,実務能力だけでは,もちろん国家の指導者にはなれない。それは,官僚としての能力なのであって,指導者としての能力ではない。

しかし,実務能力を駆使できるだけの人材と組織を支配するために必要十分な政治力と頭脳をもった者でなければ,いくら理想を掲げても,中期・短期の目標設定があやふやなものになってしまう。そして,いい加減な中期・短期の目標を掲げてみても,実務的な裏打ちがなければ,もちろん実現できないことばかりになってしまう。挙句の果てに,最終的には国民からの信望を失うということになってしまうのは必定というべきだろう。

世界各国は,どの国においても,みな同じような状況に置かれているように思える。

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(余談)

組織的に遂行される仕事というものは,どの時代においても,いわば工房のようなものだと思う。

そこでは,棟梁と職人との区別が必要だし,工房とリンクする商人も必要だ。現実的には,パトロンも必要になる。

棟梁は職人のトップであっても構わないが,職人を使いこなせるだけの資質・能力を持った者でなければならないし,何よりもその工房を魅力あるものとして世間に知らしめるための「何か」をもっていなければならない。そして,職人は職人でなければならない。

しかも,形式的に組織が存在しているだけでは足りない。組織は人間の集合体なので,優秀な職人を納得させ食わせていくことができるのでなければならない。

加えて,棟梁の了見と職人のプライドとは異なるから,棟梁は職人が受け入れやすいようなかたちで長期・中期・短期のプランを示さなければならない。命令だけで動くのであれば,誰も苦労などしない。そして,中期・短期の目標を実現するのに必要であるならば,中間管理職的な上級職人を指名し,その者に部下である職人を指揮させることになる。

もし棟梁がこのような棟梁としてなすべきことを遂行できないときは,棟梁が棟梁として存在し得ないことになる。そして,見捨てられた棟梁は孤独な存在となり,何もできなくなって萎れてしまう。

このような構造は,政治についても当てはまるのではないかと思う。

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