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2011年8月10日 (水曜日)

完全な監視は可能か?

以前も同じようなことを書いたし,大学の授業では(ジョークとして)ときどき紹介するネタなのだが,「完全な監視は不可能」という屁理屈がある。

例えば,特定の者を監視する場合,監視者が悪をなす者(スパイや裏切り者など)であることを避けるため,監視者に対する監視者が必要になる。これを順次繰り返すと,理論的には,地球上に存在する人間が順次誰かを監視しなければならないことになり,最後は,最初に監視対象とされた者が最後に監視する者を監視することになるので,結局,どうどうめぐりになり,監視が成功しないということになる。

例えば,世界にA,B及びCの3人しか存在しないと仮定する。そして,監視対象はAであり,監視者はBであると仮定する。この場合,Bが裏切り者である可能性が常に否定されないから,CがBを監視することになる。ところが,Cもまた裏切り者である可能性が常に否定されないことからCを監視する者が必要となるのだが,B以外の者ではAしかいないので,AがCを監視することになる。すると,Aは間接的にA自身を監視していることになり,これでは監視が成立しないし,同様に,全員について監視が成立していないことになる。

「監視」の理論は,「監視側が一方的に正しい」ということを必須の前提にしている。そして,「監視側にはスパイや裏切り者がいない」ということも必須の前提にしている。

けれども,現実には,スパイや裏切り者ばかりというのが本当の世間だ。このことは古今東西どの国でも同じ。

したがって,理論的には,「正当な監視」は常に成立しないということになりそうだ。

にもかかわらず,世間的には監視が正当なものとして成立している。

これは,「スパイや裏切り者などの存在はイレギュラーなので,発覚したときに個別的対処として除去すればよい」という理解を前提にしていると思われる。

たしかに,電子情報システムが発達する前の時代であれば,少なくとも情報リークなどによって敵側に渡る情報の「量」は限られていた(←ただし,ごく少量の情報であっても,質的に高く,リークされる側にとっては致命的なことがあることは否定できない。例えば,第二次世界大戦における対米開戦前の時点で既に紫暗号書がリークされており,その結果,米軍としては旧日本軍の暗号文を全て解読可能な状態にあったことなどをその例としてあげることができる。)。

これに対し,電子情報システムが発達し一般に普及している現代においては,たった一人で重要な国家機密全てを極めて短時間で敵国に完全にリークすることは可能だ。

つまり,現代社会は,スパイや裏切り者などの存在を「イレギュラー」として例外処理すれば足りるという時代ではない。

全く別の方法を考え出さなければならない時代になったというべきだろう。

[関連記事]

 国家機密漏えいに懲役刑=秘密法制会議が報告書
 時事通信: 2011年8月8日
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011080800794

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(余談)

一般に,日本では,「監視者を監視する」という慣行がない。

まぬけとしか言いようがない。

一般に,情報セキュリティの領域においては,「自分以外の誰も信じない」ということを基本原則とする。

ただし,この基本原則は,そもそも自己矛盾に満ちている。分析的に言うと,「自分以外の誰も信じない」という言説は,「主観的認識としての実存的自己」と「他者からの評価の総体としての個人」という全く異なるレイヤに属する事柄をごちゃまぜにしてしまっているという誤りがある。したがって,究極的には,「情報セキュリティは常に成立しない」というのが論理学上の正解ということになるのだろう。

しかし,それでは何もできなくなってしまう。

一般論としては,「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った」という古来の「なぞなぞ」の論理構造をどのように理解するかによって,対応が異なってくるだろう。

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