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2011年7月29日 (金曜日)

インドとパキスタン間のサイバー戦

下記の記事が出ている。

 The futility of Indo-Pak cyber wars
 Dawn: July 28, 2011
 http://www.dawn.com/2011/07/28/the-futility-of-indo-pak-cyber-wars.html

これをサイバー戦(Cyber war)と呼ぶべきかどうかについては,異論もあるだろう。

しかし,私見である「戦時と平時が常に共存する状況」の理論では,戦争の主体は,現在考えられているような主権国家だけではない。

このことは,かなり古い時代から認識されていたことであり,例えば,合衆国憲法において基本的人権(抵抗権)の一つとして定める「民兵を組織する権利」は,当時国家主権をもっていた大英帝国に対して国際的には主権国家とは言えなかった植民地独立軍が戦争の主体となることを当然の前提として承認している。このことを更に敷衍すると,主権国家が「悪」である場合には,別の主権国家を成立させることは基本的人権の一種なので,その意味で,基本的人権は超国家的なものであるということができる。

サイバー戦での「戦争」の主体は,ここでいう基本的人権とは無関係である場合が多いだろうが,超国家的であることがしばしばある点では全く同じだ。

そして,ある戦争行為が基本的人権の実現のためのものであるかどうかは,当該戦争をっ遂行する者の主観によって定められるのではなく,後世における他者からの「評価」によって決定されるものだ。その意味で,常に「結果オーライ」または「勝てば官軍」的な要素を含んでいる。

いずれにしても,凝り固まったような法理論や国際関係論だけに閉じこもっていたのでは,現在の状況を理解することは不可能だ。

いったん,脳の中身を全部リセットし,全ての理論を捨て去り,素材を拾い集めなおし,考えなおしてみる必要がある。

現時点で,ほとんどすべての種類の学問の「権威」は意味のないものとなりつつある。

それは,「権威」を維持しようとしたからそうなったのであって,もし「権威」と無関係であり続けようとしたならば現時点でも有用性を維持できるものであったかもしれない。

全ては,「権威」を求め,それに安住しようとする人間の欲望のなせるわざだ。

アイザック・ニュートンの時代から何も変わっていない。

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(余談)

神は,人間界における権威の有無とは無関係に,誰かに「啓示」のようなかたちで真理を伝えるのかもしれない。

そうだと仮定すると,次のようなことが言えるだろう。

その「真理」は,他の全ての者によって否定されるかもしれない。しかし,真理は真理であるがゆえに,証明を要しない。その時点において存在する論理や科学は,真理を証明するための環境を用意するものではないことが多く,それゆえ,既存の論理や科学をいくら積み重ねても「真理」に至ることができないし,「真理」を証明する道具として機能することもできないことのほうが多い。

そして,そのような意味での「真理」を伝えられる者は,神が選ぶのであって,人間が選ぶのではない。

[このブログ内の関連記事]

 インド:日々サイバーテロの危機に直面している
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-9382.html

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