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2011年5月 9日 (月曜日)

ある産業が滅びるとき

私は,岩手県に生まれた。

当時,岩手県の八幡平には松尾鉱山があり,東洋一の黄鉄鉱及び硫黄を産出する鉱山と言われていた。

しかし,公害の発生防止のため,石油コンビナート等での脱硫装置の設置が普及した結果,脱硫の副産物として硫黄が安価に生成されることとなり,松尾鉱山での硫黄採掘では経費・単価の点で競争力が全くなくなり,松尾鉱山は閉山するに至った。

現在では,当時のことを想像することのできる施設・設備等がほとんど残されておらず,単なる山の一部になってしまっている。

しかし,松尾鉱山が最も盛んであったころ,松尾鉱山は理想の街と呼ばれたこともある。従業員の宿舎はコンクリート製のアパートであったし,スチーム暖房や風呂なども完備していた。当時の一般的な日本人の住居はかなりひどい状態にあったから,当時の水準としては夢のような生活であったことは間違いない。当時,これに匹敵するのは,ふんだんに石炭を用いて暖房や風呂等を完備することができた国鉄の職員宿舎くらいのものだったかもしれない。

現在,松尾村は工業都市ではない。住民の人口は大幅に減ってしまったのだけれど,豊かな自然を活かし観光や農業を主力の産業とする素敵な地域となっている。

このように,ある産業が衰退すると,その産業によって生きていた人々が職を失い,都市が消滅してしまうことはある。九州の軍艦島もその例の一つだろう。

最近の新聞の論調等をみると,ある産業が消えてしまうことに信じられないくらいの抵抗感をもって記事が書かれることが珍しくない。特に原発関係がそうだ。原発は「未来の電力源」と考えられてきたが,その「未来」があっという間に終わってしまったということに気づかないのだ。非常に短命な「未来」であった。

現在なすべきことは,想定されていた「未来」が極めて短命であったという事実を素直に受け入れることだと思う。そして,次の未来を想定することだろうと思う。

そのように発想することが真の知性なのであり,もしそのような意味での知性がないのだとすれば,やはり,新聞の時代も終わったといわざるを得ない。

なお,松尾鉱山が閉山した後も,鉱山跡からは砒素が出ている。鉱山の最盛期には大量の砒素が河川に流入していたため,その処理が最大の課題となっていた。このことは,原発を廃止しても放射性廃棄物の処理の問題が何百年も続くことがほぼ確実であることと非常によく似ていると思う。しかも,倒産した会社というものは,未来の汚染処理に対して何らの責任も負うことはない。その尻拭いを未来の人々にさせることは,本当に正しいことなのだろうか?

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