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2011年3月16日 (水曜日)

ブログでは政治的なことを書かないのが基本原則なのだが

1月末に病を得て,やっと回復してきたところに今回の地震で被災した。それでも怪我をすることなくちゃんと生きている。

もし何らかのタイミングで今回の津波被災地を訪問中であったならば命を落としたかもしれない。現実に,私の母は1週間ほど前に今回被災した地域を旅行し,帰宅した直後に大地震となった。幸い怪我もなく無事だが,もしタイミングが数日でもずれていたら,全く異なる結果となったことは間違いない。

そういうわけで,私が生きていることができるのは神仏とご先祖様のおかげだと思うようになったし,くだらないことを気にせず,言うべきことは言って,正々堂々と生きることにした。

私は,民主党員ではないし支持者でもない。ノンポリに近い。

できるだけ公平にものごとを見ようと思っている。

そのような観点から考えてみると,今回の政府の対応に問題があったことは否定できない。しかし,長年月をかけて迅速・適切な対応をしにくいような政府組織にしてしまったのは自民党政権だということもまた否定できない。

原子力政策にしても危機管理にしても,それをやってきたのは自民党政権であり,民主党政権ではない。

その意味では,民主党政権は,マーフィーの原則のとおり一番大事なときに一番まずいことが起きてしまい,しかも,その原因をつくったのが自分達ではないのに,その尻拭いをさせられているような結果となっているというべきだと思う。

誤解のないように言っておくが,だからといって,現在の政府の対応で十分だとは全く思ってはいない。もっとちゃんとやってほしいと思う。だから,このブログでやや政治的な意見や政策提言的なことも書くようになった。

しかし,民主主義の原則からすれば,現在の政府以外にこの事態に対処する権限を有する政治的組織は存在しないし,それ以外の組織が政治的権限をもってはならない。

しかるに,自民党政権当時に始まり固定化した事柄についても何でもかんでも民主党政権のせいにしたがる新聞記者やライター等がいるように思う。それぞれの思想信条は尊重しなければならないので,そのような意見を持ち公表することは自由だ。しかし,私は,賛成できない。

まだまだ緊急時なので,先に対処しなければならないことばかりで,優先順序を誤ってはならないが,批判があれば批判はすべきだろう。しかし,制度や組織や仕組みを構築したのは誰なのかという点について誤認を誘導するような報道はいけないと思うし,正当な批判だとも思わない。

そこらへんのことを公平に考えた上で,「では,どうすればよいのか?」について,建設的な意見を述べるほうが妥当であると考える。

他人をなじるだけなら,子供でもできる。

他人に謝罪させて溜飲をさげたり優越感にひたるだけなら,馬鹿でもできる。

しかし,そんなことをやっている余裕などないのだから,政党の相違を超えて相互に人材を出し合い,職員等とも一致団結して,この国難を乗り越えるために最大限の努力を尽くしてほしいと思う。

現時点において,一般国民が,政府を含め全ての政党や政治組織に対して求めているのは,そういうことなのではないかと思う。

国民には,権力も何もない。国から求められれば協力はするが,一人ひとりの国民にできることは極めて限られている。現実問題として,被災者は途方にくれており,何もできない。

権力をもち,国として実効性のある対応をすることができるのは,政府だけだということを現在の政府は明確に自覚して欲しい。

また,これまでのいきさつから遺恨がないわけでもないだろうが,経済団体もまた政府に全面的に協力してほしい。日本の経済を動かしているのは,財務省でも何でもなく,企業なのだ。そして,この国難を乗り越え,国を再建しなければ,企業活動もできなくなる。

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