MYUTA事件判決が正しいとすれば,日本ではパブリッククラウドビジネスが危険であるかもしれない
MYUTA事件については詳しく述べる必要はないだろう。
私は,この事件の判決理由の論旨は完全に狂っていると思うし,無効な判決だと理解している。
しかし,裁判所ではそう考えられていない。
ところで,仮にMYUTA事件の判決理由の論旨が正しいと仮定しよう。
ポイントは,次の点だ。
1) ベンダから提供されたアプリケーションにより一定のファイル形式に音楽ファイルを変換し,それを利用者用の仮想ストレージに記録する行為は,
2) ベンダが複数の利用者に対して仮想ストレージを提供しているから,不特定多数の利用者に対し,(利用者ではなく)ベンダが公衆送信していることになるので,
3) 音楽ファイルの公衆送信権侵害になる。
賢い読者は,この判決の恐ろしさを即座に理解することができるだろう。
仮想サーバが複数存在する場合,特定の利用者に対する個別のストレージの集合ではなく,不特定多数の者に対する公衆送信になるということなのだ。
これでは怖くて仮想サーバを利用することができない。
仮想サーバの利用者は,自分だけが自分用の仮想サーバを利用しているはずだし,他の利用者によるアクセスがブロックされているはずなのに,公衆送信の一部分として判定されてしまう。
もし日本で仮想サーバを提供しようとすれば,このような異常な判決を書いて平気でいる裁判官によってどんなひどい目にあわされるかわからないという重大なリスクがあることを覚悟しなければならないことになる。
何とも恐ろしいことだ・・・
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(余談)
私は,本気で「判決の無効」を研究してきた。大事な研究テーマのひとつだ。
ここでいう「無効」とは,絶対無効のことを意味するので,再審などによって覆されることがなくても,誰でも無効を主張できるという意味での無効だ。
典型例は,「支離滅裂な判決」ということになるだろう。
[追記:2011年8月8日]
関連記事を追加する。
欧米のエンタメ分野で広がるクラウド 日本での動き鈍く普及に懸念の声も
産経ニュース: 2011.8.4
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110804/its11080408150000-n1.htm
この記事では,「一方、日本では自治体や法人などがコンピューター関連投資の削減を図るためにクラウドを活用しているが、娯楽分野での動きは鈍い。ベンチャー企業のイメージシティが開発した、自分のパソコンにある音楽をサーバーに保存し、携帯電話にダウンロードして聴くサービス「MYUTA(ミュータ)」に対し、東京地裁は平成19年5月、日本音楽著作権協会(JASRAC)の主張を認め、著作権侵害との判決を下した。これがクラウドに似ているため、普及を懸念する声もある」と書かれている。
不正確だ。
裁判官は,具体的な機器構成やシステムアーキテクチャとは関係なく(つまり,クラウドであるかどうかとは関係なく),「複数の利用者が利用可能なストレージ型サービスは違法だ」と判決しているので,もちろん,クラウドも違法だ。
この裁判官を退官させたとしても,判決は残る。
しかも,最高裁は,『ロクラクⅡ』事件の判決で同様の法理を述べている。
つまり,日本の裁判所である限り,クラウドビジネスが違法になることはほぼ間違いない。
唯一の例外は,完全なストリーミングサービスだけで構成されているサービス(オンデマンドのラジオ放送を変わらないサービス,つまり,ミュージックボックスサービス)だけ,ということになる。この場合,利用者は,自己の保有するファイルをクラウド上に記録することができないので,最高裁判例に抵触することもない。
日本の裁判所は,JASRACに汚染されてしまっている。
そのことが,日本の産業界に与えるダメージは極めて大きい。
時代遅れなのに時代遅れだと自覚できないのかもしれない。
日本の著作権法は,わかりにくいけれども,この問題は,著作権が原因になっているのではなく,裁判官が著作権法の解釈・運用を誤っているから生じているということを正しく認識しなければならない。
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コメント
passerbyさん
そういう趣旨で書いております。
たとえが下品ですが,「自分が借りている貸倉庫に個人用に購入したポルノ雑誌を梱包してしまっておくと,公衆に陳列したことになる(=公然わいせつ物陳列罪になる)、なぜなら、貸倉庫は公衆一般に貸し出されるものなので公衆に対してオープンになっているからだ」、と言っているのと同じことをこの判決は述べているからです。
もちろん、国外・国内を問わず、すべての外部ストレージがアウト!になります。
だから、この判決は狂っているとしか言いようがないのです(ただし、某超有名企業の代理人をしている超有名かつ著作権法の権威だと自称する超大物弁護士が面と向かって私に言うには、私の頭が悪いからそう考えるのだそうです。「文句あるなら著作権法学会の学会誌に論文を書け!」だそうです。人でなしです。)。
しかし、賢明なIT業界は、私と同じように危惧しました。
その結果、今回の著作権法一部改正ということになったわけです。
私見によれば、この判決は無効だと思っています。しかし、現にこの判決は残っていますし、最高裁も妙な判決を連発し続けています。
そういうわけで、法改正によってこれらの判決の意味をなくしてしまうしか手は残されていなかったというべきでしょう。
ただし、今回の法改正で全てよくなったなどということは一切ありません。
まだまだ問題だらけです。
投稿: 夏井高人 | 2012年6月23日 (土曜日) 22時26分
失礼します、
-*-*-引用-*-*-
3) 音楽ファイルの公衆送信権侵害になる。
-*-*-引用終わり-*-*-
の続きとしては、
4)当該音楽ファイルの自動公衆送信を受信し、私的使用目的で録音録画した場合でも、著作権法30条1項3号により違法(及び本年10月1日施行予定の119条3項により、仮に当該音楽ファイルが有償著作物ならば罰則も課される)ということ、なんでしょう…か?だとすると、日本人は国内クラウドはおろか海外のクラウドサービスもおいそれと使えない(刑法施行法27条1号、刑法3条)ということですか…iTune Matchとかはどうなるんだろう…
何らかの権利制限規定が至急必要?みたいですね…
投稿: passerby | 2012年6月23日 (土曜日) 21時13分
通りすがりさん
そういう見解もあり得ますね。
反対に,判決が無効なので立法によって解決するしかなかったという見解も成立可能です。
ただし,政治力学的には,ダウンロード違法化とトレードオフということで取引をしたということなのかもしれません。
投稿: 夏井高人 | 2012年6月23日 (土曜日) 20時16分
2012年6月の著作権法改悪で、とうとう判決を立法が「追認」しましたなあ。
さあ、みんなで仲良く犯罪者になろうよ。
投稿: 通りすがり | 2012年6月23日 (土曜日) 12時30分