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2011年2月17日 (木曜日)

トップが悪である場合の対策はあり得るのか?

国のトップ(国務大臣など)や企業のトップ(経営陣)が「悪」をなすというタイプの事件が相次いでいる。最高トップとしては,イタリア大統領の少女買春疑惑,エジプト元大統領の不正蓄財疑惑,日本のロッキード事件など,現代に属する世界においても何百・何千もの実例がある。一般に,「腐敗しない権力者」は存在しない(「清廉潔白な権力者」など絶対に存在し得ない)ので,当然と言えば当然の結果なのだが,それにしても程度問題というものがあり,ちょっとひどすぎる例が多いように思う。

国の例として,独裁国家の独裁者が権力を濫用し,「悪」をなすのは当然のことだ。悪をなしたいから独裁していると言っても良い。他方,独裁国家でない政治体制の国においても国のトップが「悪」をなすという事例がいくらでもある。最近では台湾の事例がある。国務大臣が中国のスパイであり,米国製兵器等に関する軍事機密を中国に流していたとされている。

企業の例としては,エンロンやリーマンの例が有名だが,最近では,フランスのルノー幹部の事件がある。

日本でも数え切れないほど多数の例がある。最も最近の例としては,岡本ホテルグループによる投資詐欺事件がある。この事件の容疑者は,ホテルオーナーではあったが暴力団そのものだった。投資者の中で,岡本ホテルの経営者が暴力団そのものだということを知っていた人は皆無に近いだろう。現実には,暴力団に支配を奪われてしまっている企業がかなり多数存在する。推測だが,まだ発覚していないだけのことで,他にも様々な犯罪を実行する目的で,「企業」という道具が暴力団によって使われている例がいくらでもあるだろうと思う。

さて,現在のマネジメントシステムは,国際的に標準とされているものや政府がガイドラインの形式で策定しているものを含め,トップが健全であることを大前提にしている。ここに致命的な欠陥がある。

トップが「悪」である場合,または,組織の存在それ自体が「悪」である場合を想定したプロシージャが存在しなければならない。

例えば,①部下が上司やトップを犯罪の現行犯として逮捕できる場合の要件・方法,②正当防衛として部下が上司やトップに対して何らかの攻撃を加えることのできる場合の要件・方法(自分が口封じのために殺されそうになっている差し迫った状況があり,他に防衛のために適切な方法がない場合には,正当防衛のための措置として加害者である上司やトップを殺害することが許される場合さえあり得る。),③部下が上司やトップを告訴・告発するための要件・方法(トップが悪である場合には公益通報者のシステムが機能しないので,内部通報システムを利用してはならない。直ちに,警察・検察に告訴・告発をする必要がある。)等をマネジメントシステムに予め組み込んでおく必要がある。

簡単に言うと,「経営陣は常に100パーセント善であるとは限らず悪であることもある」という古今東西極めて自然に観察可能なごく当たり前のことを承認し,一個人に過ぎない従業員等が,悪に対していかに合法的に抵抗し,悪を破壊することができるかを一般定式化して,マネジメントシステムの中にビルトインしておくだけのことだ。これは,遺伝子で言えば自己崩壊機能に相当するものだ。

そして,監査や認証という側面では,経営陣が「悪」であることを想定したポリシーとコントロールが用意されていない場合には(「悪」をなす経営陣を排除し経営支配を奪取できるポリシーが必要になる。これは,現在の経営主体が自己否定するための要件を予め定めておくようなものだ。現在の会社法に定める諸手続きでは全く間に合わないし,全然役に立たない。),ゼロ評価にするということが必要になるだろう。

このようにしても,トップから末端まで全員暴力団員である企業等の場合には,マネジメントシステムはやはり何の役にもたたない。

要するに,マネジメントシステムという考え方は,それ自体として,そもそも最初から非常に大きな限界があることを素直に承認しなければならない。そして,それに乗っかっている監査や認証にも同様に非常に大きな限界があることを知らなければならない。

では,どうしたら良いのか・・・

あれこれ考えていると,結局,ホッブスの世界に戻ってきてしまうのだ。

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(余談)

悪人をなくする方法はないが,悪人を見つける方法はある。

例えば,上司に対して,「上司が犯罪者である場合の対応を社内規則で明確にしてください」と上申してみると良い。

横領,背任,各種業法違反,脱税その他もろもろ「やましい気持ち」のある上司やトップであれば,それなりの態度の変化(怒り出すか,妙に冷淡になることなど)があるので,リトマス試験紙のようにすぐに観察結果を出すことができる。ただし,最初から冷静に観察する気でいないと観察できない。

そして,悪い結果の出た企業は,そのまま在職し続けても犯罪の手先として使われることがわかりきっているので,さっさと退職し,別の生き方を見つけたほうが賢明というものだ。

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なお,政治の場合にはやや面倒な問題がある。

あくまでも一般論だが,親米的な内閣の場合,親中国的な政治家を仮想政敵として扱うかもしれない。逆に,親中国的な内閣の場合,親米的な政治家を仮想政敵として扱うかもしれない。

ここでは,「悪」が相対的になってしまっている。

所詮政治は,単なる力関係に過ぎないので,正邪とは無関係だし,社会正義や善とも全く関係がないのかもしれないが,互いに悪とみなし合っている勢力が同一のマネジメントシステムを用いている場合,相互にスパイになっている関係が成立するから,「むしろマネジメントシステムが存在しないほうが正常かもしれない」という非常に奇妙な関係が成立することになるだろうと思われる。

[追記:2012年2月24日]

本文の中で,「自分が口封じのために殺されそうになっている差し迫った状況があり,他に防衛のために適切な方法がない場合には,正当防衛のための措置として加害者である上司やトップを殺害することが許される場合さえあり得る」と書いた部分について,「書きすぎではないか」との御批判を頂戴した。

書きすぎだとは思わない。

リビアのカダフィ大佐はリビアのトップだ。そのトップが国民の大半を裏切り,自分の私的戦闘武装部隊(大半が外国人傭兵)を用いて国民を虐殺している場合,リビア国民は,基本的人権の一種である抵抗権の行使として,カダフィ大佐及びその私的軍隊と交戦し,場合によってはその戦闘の中でカダフィ大佐を殺害してしまうことがあったとしても,それは合法的なこととして許されると解するのが世界の普通の考え方だ。もちろん,国家秩序が正常に機能している状況の下では,警察官がカダフィ大佐を殺人者として逮捕し,普通に裁判をし,普通に死刑執行をすることになる。しかし,リビアには憲法も法秩序もない。警察官が大佐を逮捕しようとすれば,その警察官は必ず殺されてしまうことになるだろう。そのような状況の中では,基本的人権の行使として,抵抗権を行使することしかできないのだ。

戦時と平時が常に共存する状況の中では,これらのことが常に同時進行的に発生する。

凡庸な法律家には全く理解できないかもしれないが,私見は,最も正しい。

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