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2010年12月 6日 (月曜日)

量刑基準

今朝,ある新聞を読んでいたら裁判員裁判についての記事が掲載されていた。私自身は,裁判員制度を即時廃止すべき愚劣な制度であると一貫して主張してきたが,「マスコミがいかに世論を扇動し,ゆがめるか?」という問題に深く興味をもちつつ,新聞の記事を読むことにしている。現実問題として,「世論」など知りようがないし,仮に知ることができたとしても,それが正当であるという保証は全くない。古典ギリシアの時代からずっと「民主制は必ず衆愚制になる」と,政治哲学の世界では言われ続けていることは,そのことをも意味している。昨今の日本の状況は,世界史の中で,その一例を追加するようなものかもしれない。

さて,今朝読んだ新聞によると,「裁判官官僚は量刑基準をつくり」,「国民の意思とは無関係に,量刑基準を適用して裁判をしてきた」という趣旨の認識を前提に,「裁判員制度はそのような民主的でない裁判を変革するために非常に大きな成果をあげつつある」という考え方が示されていた。その根拠は,裁判員が涙を流しながら「裁判員をやってよかった」と訴えていたことに感動したということにある。

根拠として示されているものが根拠になっていない。

日本の裁判では,「量刑基準」はない。真の問題点は,量刑基準がないことなのだ。

それを存在するものと前提している以上,この記事の論拠は虚偽・虚構というしかない。

この記事を書いた記者の不明と著しい不勉強を怒る。こうしてマスコミは世論をゆがめて,根拠のない間違った「常識」を国民に植え付けてしまうのだ。その罪は極めて重い。

欧米の例を見ると,Classification Table(量刑表)が法律,条例,裁判所規則のようなかたちで明定されており,その量刑表に事案をあてはめると,素人である陪審員でも簡単に量刑の範囲を知ることができるようになっている国が多数ある。逆に,このような制度があるからこそ,素人である陪審員が陪審裁判に参加可能となっているということもできる。これらのことは,ちょっと調べれば誰にでもすぐに認識できることだ。

ところが,日本には,このような意味での量刑表は全く存在しない。俗説で,求刑の「*割がけ」が宣告刑だとの説がある。しかし,私は,裁判官任官中,そのようなやり方で宣告刑を決めたことは一度もないし,そのようなやり方だけで判断している裁判官を目にすることは(全くないとは言わないが)滅多になかった。

量刑基準のようなものは,あるとしても,各裁判官の経験と知性に任されており,客観的な基準として存在するものではない。

一般に,量刑表などによって示される量刑基準のようなものには,形式的に適用されれば弊害がある。しかし,それを合理的かつ柔軟に用いた場合,裁判の公平性を確保し,結論を予測可能なものとするために,大きな価値を有するものとすることもできる。要は,どのような量刑基準を構築し,それを法律,条例または裁判所規則として明確に定め,公表することが重要であり,もし内容的に不適切であれば見直しをすればよいのだ。これは,罪刑法定主義の基本原則にも適合するやり方だ。

以上のように述べれば理解できるだろうと思われるが,上記の記者の見解は,スタートラインにおいて根本的に間違ったところからはじめてしまっているため,記事全体として支離滅裂なものとなってしまっている。

また,裁判官は,情に流されることなく公平に裁判を行うため,国民と一緒に情緒的に右往左往しないことが求められる。これを「国民から乖離」というのであれば,裁判制度そのものを否定することになるだろう。冷静な裁判ではなく,感情にまかせた情緒的な「吊るし上げ」を横行させたいとでも言うのだろうか?

総じて,ミクロ的な断片的な考察はないわけではないが,大局観というかマクロ的な思想において,全く間違っているとしか言いようのない記事だった。

まとめると,本当は,量刑基準が事前に明定されているほうがベターであるのに,日本にはそれが存在しなことが真の問題だ。にもかかわらず,裁判官だけの量刑基準が存在し,それに従って裁判がなされているという誤った認識に基づいて,上記の記事における意見が構成されている。この記事が世論を誤らせる危険性は深刻であり,その社会的な罪は極めて重い。

朝からとても不快な気分だ。

日本の知性は地に落ちている。

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