岡村久道『著作権法』
岡村先生から新刊書の寄贈を受けたので読んでいた。
岡村久道
『著作権法』
商事法務(2010年11月13日)
ISBN-13: 978-4785718107
興味深い部分が少なくなく,しっかりと精読していたため,読了するのに少し時間がかかってしまった。
本書中で特に興味をもったのは,冒頭にあるインセンティブ論の部分だった。基本的には岡村先生のご意見に賛成だ。
著作権と他の権利との衝突の問題に関しては,ずっと疑問に思っていたことがある。所有権と著作権との衝突はその一例だ。
例えば,著作物である花瓶が存在するとする。その花瓶を購入して所有権を取得した所有者は,所有権の機能として,その花瓶を自由に使用・収益・処分することができるはずだ。だから,その花瓶の絵柄が気にいらないときは,元の絵柄をつぶしてペンキで全部塗り替えることだってできるはずだ。ところが,数年前に,松本教授とこの件に関して意見交換をしたところ,松本教授のご意見では,同一性保持権は所有権に優越するので,塗りつぶすことができないという見解だった。私は,もちろん反対だ。そこまで著作者の権利を及ぼすことは著作者の権利を過大に尊重しすぎる。もし松本教授のご意見が正しいとすれば,過失で絵柄を毀損した場合でも過失による同一性保持権の侵害が生ずることになり損害賠償責任が発生すると解さないと論理の一貫性を保てないことになるはずだ。もしそうであるとすれば,誤って花瓶を割ってしまうことが許されないことになる。そして,もしそうであるとすれば,とても怖くて美術品の購入など一切できない。オークションの価格においても,そのような法的リスクを考慮に入れ,相当大幅に減額して考えないと公正ではないことになってしまうだろう。このように,同一性保持権を所有権に優先させる考え方は常識に反する結果を招くことになる。だからといって,過失の場合と故意の場合とで分けて解するとすれば,論理の一貫性を保てないし,民法の基本原則に反する。なにしろ,損害賠償請求権の発生根拠となるのは,著作権法ではなく,基本的には民法709条だからだ(←ただし,民法を全く知らず,著作権法を学んだだけで法律をマスターしたとうぬぼれている「著作権法オタク」のような人々には理解できないことかもしれない。)。
この例のように,著作権法上の権利だけを異常に保護しすぎると,絶対的な権利であるはずの所有権を極めて小さな権利にしてしまう危険性がある。
さて,岡村先生の『著作権法』の話題に戻る。
この書籍で最も注目したのは,第9章「権利侵害と救済」だった。
類書の中で最も適切な解説がなされていると思う。とりわけ,著作権を含む知的財産権侵害にかかる訴訟では,その審理等において特別の配慮が必要となり,特殊な手続が用意されていることがあるから,民法及び民事訴訟法の基本原則を正しく理解した上で,民法及び民事訴訟法の特別法としての著作権法における「差分」のような部分を正確に理解することが必要となる。そのために,わかりやすくコンパクトにまとめられている書籍が待ち望まれていた。本書は,そのような意味で,現時点で最も注目すべきものではないかと思う。
一読をお勧めする。
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コメント
岡村先生 ありがとうございます。
やっとのことで読了できました。お贈りいただいてすぐに紹介記事にしようかとも考えたのですが,それではあまりにも失礼と考え精読いたしました。感想は本文に書いたとおりであり,類書とは全く比較にならない秀逸な作品だと考えております。とりわけ訴訟法的観点を無視してわけのわからないことを書いている評論家のような人々のことを日々苦々しく思っていたこともあり,私としては,「正しく考えるとはどういうことなのか」を世間に知らしめるという意味でも,本書は非常に大きな意義を有する書籍だと思います。
大変遅くなってしまいましたが,ご出版おめでとうございます。
同一性保持権の点に関するご教示もありがとうございました。どうも日本の「通説」なるものは条約からも相当ずれてしまった「いびつなもの」となってしまっているというのが偽らざる実感です。その点でも本書の冒頭部分にある権利の衝突に関するご指摘は,同じところにある「インセンティブ論」に対する批判と併せ,非常に示唆に富むものと考えております。
私のほうは,公私ともにいろいろあって疲弊し尽くしている感があります。しかし,まだ社会のために役立つことができるのではないかと考え,残されたわずかな力を振り絞り,現時点で可能なことをコツコツと続けております。
また機会がありましたら,美味しいお酒をご一緒させてください。
ありがとうございました。
投稿: 夏井高人 | 2010年12月28日 (火曜日) 16時56分
夏井先生
岡村久道、本人です。
すっかりご無沙汰しております。
「一読をお勧めする。」とお褒めいただき、たいへん有り難うございます。
思い返せば、金井重彦・小倉秀夫編『著作権法コンメンタール〔下〕』(2002)東京布井出版に、「権利侵害」部分を執筆した際、執筆段階で夏井先生と意見交換させていただいてから、たいへん長い歳月が流れてしまいました。
上記著書を改訂するかのようなつもりで、今回の著書の、該当部分を書きました。
著作権法関係の一部書籍で、残念ながら訴訟実務が半ば無視されていることへの、私なりの回答のつもりなのです。
さて、ご指摘の同一性保持権の部分ですが、ご存じのようにベルヌ条約では、同一性保持権は「切除その他の改変又は著作物に対するその他の侵害で自己の名誉又は声望を害するおそれのあるもの」に限定されています。
それを用件とせず、単に「意に反する改変」とする本法には、著作者人格権を過剰保護の傾向があるわけです。
例えば芸術性の高い裸婦像の油絵に、勝手に筆を加えてポルノまがいのものに改変した上公表して、はじめて「自己の名誉又は声望を害するおそれのあるもの」となることと比べると、単に「意に反する改変」とする本法の姿勢には疑問を感じます。
それゆえ、今回の著書中でも、「意に反する」を、当該著作者の主観ではなく、一般人を基準にして判断する判例を支持するなど、解釈で何とか正常化できないか、様々な工夫をしたつもりです。
また、それらの点を含めて、お会いして意見交換できる機会を楽しみにしております。
追伸
上記書籍も一息つきましたので、いまさらながら、こっそりと私もブログを始めました。
http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/
投稿: 岡村久道 | 2010年12月28日 (火曜日) 15時02分